書評「TRICK」by エスター・ウォジスキー

本書の要約

NEWSPICKSなどのメディアでも取り上げられている話題の育児書「TRICK」その著者のエスター・ウォオジスキーはクレイジーなほど優秀な3人の娘を育てたただけでなく、教師としても多くの学生(優秀な学生からそうでない学生まで)に金言を与えた、自信を取り戻させ、素晴らしい人生の転機を授け、さらにその後の成功を導いた。まさにナチュラルボーンエデュケーターのような人物だ。

その原題は「How to Raise Successful People: Simple Lessons for Radical Results」(いかに成功する人間を育てるか:劇的な結果を導くシンプルなレッスン)

なんと言う単刀直入な題目であるが、我が子に成功を望んでやまぬ親としては喉から手が出るほど知りたいわけでもある。

エスターの育てた3人の娘、長女のスーザンはGoogleの16番目の社員にして、Youtubeの買収を決断し、現YoutubeのCEO。次女のジャネットは南アの危険地帯で医師として活躍し、現在はカリフォルニア大学医学部の准教授。三女のアンはGoogle創業者のセルゲイの元妻で、今をときめくバイオベンチャー23andmeの創業者でもある。

これだけ優秀な三人娘を育てあげられた家はどれほど裕福で名門なのだろうと訝しむが、エスターとその夫のスタンは戦乱と貧困を逃れるために東欧からやってきた移民の2世。極貧の中で育ち、一族の風習ではなく自分の信念に従って成功を入れた二人でもある。その二人は、子育てについてこのような法則を見出した:

Trust 信頼
Respect 尊重
Independence 自立
Collaboration 協力
Kindness 優しさ

簡単なようでとてつもなく難しいこの五つのキーワード。エスターがいかにそれを実践し、なぜそれが重要なのかを気づかせ、そして自分自身の育児に活かせるためのTIPSもふんだんにあった。

とりわけ大事だと思う言葉(引用)

本文は「信頼」にとりわけページを割いていた。

「もし親と違う子育てをするつもりなら、自分の子供時代にきちんと向き合わなければならないこと…何も考えず子育てをしていたら、親と同じやり方をしてしまう。」
「不安定な愛着から安定した愛着へと行動を帰ることができる。親以外の人とのいい関係(これまでと違う愛着の形に触れることができる)は一つの助けになる。…同じぐらい大切なのは、自分の幼少期を意識して見直すことだ。」(本文P54-55)
「でも本当に、今がいちばん安全な時代なのだ...大半の人間は信用できる。子どもたちにいちばんよくないのは、人を信用するなと教えたり、過保護になりすぎて自立を奪い、自分で自分を伸ばせない人間にしてしまうこと。…まずは、とにかくはじめてみなければならない。恐れに立ち向かい、自分への信頼を取り戻し、世界への信頼をふたたび築くことが必要である」(本書P.79-P80)

それは本文にもあったように、このTRICKと呼ばれる教育法のベースとして「信頼」は何よりも大切だからである。「子供への信頼」と説く育児書は多いければど、まずは自分への信頼、世界への信頼から始めなければならないと言う本書にまず目から鱗だった。孫子の兵法での有名な言葉に「敵を知り己を知れば百戦危うからず」と言うのがあるが、まさか子育てにおいてもこれほど大事だとは考えてもみなかった。自分の過去、子供時代の傷み、自身の親のについて振り返ることが必要だ。そうしなければ無意識に自分お親の育て方にポジティブにあるいはネガティブに影響されてしまう(同じ育て方になるか、正反対の育て方するかはともかく強く影響を受けてしまう)。

「世界中でただ一人だけでも自分を信頼し、自分の力を信じてくれる人がいれば、なんでもできる気持ちになれる。でも、残念ながら、そのひとりに恵まれない子供は多い」(本文P87)
「すべては信頼から始まる。成長の過程でうまくいかないことも、思いがけないことも、ややこしいことももちろんたくさんあるけれど、それでも子供の力を信じてほしい」(本文P90)


日本のことわざでも「可愛い子には旅をさせよ」とあるが、TRICKの信頼の章においてもその重要さを強く説いていた。子供には大人が思っている以上ポテンシャルがあるし、リスクを取らせて見守るべきであると。親がすべてかわりにやってあげたり、心配だから辞めさせたりすることなく、子供がやれるように見守ったり、子供がしたいことサポートしてあげるべきである。日々の子育ての中で、それがどれほど難しいことなのか私もとっても実感している。

たとえば我が家でも、2歳になったばかりの子供が自分で卵を割りたいと言い出した時、子供のために卵を用意をし、割る方法を教え、床一面に溢れたぬるぬるの卵の残骸を拭き、卵がいくつか無駄になることを覚悟し、そして作った物の中に殻が残ることを我慢しなければならない。自分が丸ごとやってあげるよりは余程時間と労力とコストが掛かるわけだ。子供に対する「信頼」というのは言わば「親の気持ちの余裕と許容能力」とリンクしているということだろう。

また本文でもあったように、子供が〇〇したい、と言い出したときに、親として心配する気持ち(失敗して欲しくない、怪我して欲しくない、泣いたりして欲しくない、嫌な思いをして欲しくない・・・)をぐっとこらえて、子供の背中を押して「行って来い」ということが言えるかどうか、あくまでも後方支援に徹することができるかどうか、がいかに大切かつ難しいか

「親は子どもを自分の分身のように思ってしまう」(本文P132)
「『娘は母親であるわたしのもの』と思ってしまう親もいる…子どもがどんな立派なことをしたか、どんな高級車に乗っているか、どれだけおカネを稼いだかで、自分の価値を図ろうとする親がいる。そんなものは『ペットのショー』と同じだ…うれしがっているのは親だけだ。子供は嬉しいのだろうか?」(本文P133)

 確かにこのいくつかの段落には身をつまされた。特に教育や子育てに力を入れていたり、子供にあらゆるリソースを集中させていた場合、本当にそうなってしまうだろう。「子供のため」と言ってやらせていることが、本当に子供のためなのか。周りに合わせて同じことをしないと馬鹿にされるから?親族や友人に褒められたいから?自分が若い頃にできなかったから?
そう言った理由で子供に無理に何をやらせている場合、子供の気持ちや能力よりも、自分の見栄やエゴが優先されるでしょう。その場合子供が「大してやりたくないこと」に多くの時間を使わなければならない以上、自分が本当にやりたいことを見つけるのに時間が使えない。

「教師として長年経験を積んできたが、思い通りにいかない時に癇癪を起こすのは子どもではなく親の方だ。」(本文P128)

子供がやりたいことをやらせてあげる、というのは簡単そうに聞こえるが実に難しい。そもそも子供が何をやりたいかなんて本人も分かっていない場合が多いし、まだ出会えていない場合も多い。だから親にできることは色いろな経験をいろいろなタイミングで体験させてあげられること、そして本人が夢中になるものに出会えることを助けるぐらいしかない。本文ではいわゆる「劣等生」というレッテルを貼られた黒人の子の話があった。お金持ちの子が多い地区で、貧困なシンママ家庭の出自に劣等感を抱えていた。それでもエスターは彼の得意・好きを見つけさせて、自信をつけさせることに成功した。「誰よりも詳しい分野」を見つけることによって、子供は自信を獲得し、輝くことができるというのだ。

本文はさらに「自立」「協力」そして「優しさ」に続いていく。本当にピックアップすべきポイントがあり過ぎるのだが、全部書き出してしまうと権利的にも問題なので私が特に感銘を部分の「信頼」と「尊重」の二章のみに筆をとどめておこうと思う。

感想

タイガーマザーとの比較

本文ではまた、タイガーマザーを取り上げていた。エスターの教育方針とはいわば真反対である。

ツイッターでも話したが、タイガーマザーはしかし、我々アジア人にはおなじみのスパルタ方式の教育方法であり、アメリカではこのような教育法が改めて語られたことはむしろ物珍しくもありだからこそベストセラーにもなったのだろう。実際にアジア諸国の学力テストの順位をみると、アメリカ人が頷くも納得する。ただ現代のアジア人の私たちにとって「教育虐待」などが話題に登るなど、スパルタ方式の教育法は語るに憚られる状況であった。エスターもこれでもかというくらい「タイガーマザー」ことエイミー・チュアの教育法に異論を唱えていた。

エスターも書いたように、子どもを信頼することはまず自分を信頼すること。自分の過去を振り返り、様々なわだかまりを解きながら自分自身と対峙していくこと。
では、自分自身を信じることはどのようにできるのか、子どもと同じように「やれたこと」つまり実績のみを持って自信は積み上がっていくのではないだろうか。その実績がなんであれ、自分が納得した経験、周りから認められた経験、社会で成功した経験、それを持たない限り自信はただの自大であり、砂上の楼閣である

わずかでもいいから、ニッチな分野でもいいから「これが好き、これをずっとやってきた」という自分が得意なもの、納得できる実績、を振り返り、見つけていくことが、子どもにも好影響を与える第一歩に繋がるかも知らないと思った。

まとめ

本書全体を振り返ると、子どもへの接し方としての指南書というだけでなく、仕事する上でも役に立つところが多々あり、ビジネス書と言っても過言ではない。実際に多くの企業がTRICKの手法を取り入れてはじめている。

もっと細かい「テクノロジーとの付き合い方10か条」や「子供に信頼が裏切られた時どのように対処するか」などすぐにでも役に立ちそうなTIPSも載っている。

特に最後の数ページに全てのヒントを箇条書きにしてくれていて、いつでも読み返せる。多くの育児書に書いてあることと共通する部分も多いが、これだけ優秀な娘たちと生徒たちを世に送り出したエスターにしかない言葉の重みの大いに感じる。

子供との接し方、諭し方、これは許すべきか、あれは許さないべきかなど、2歳の娘を持つ母としてこれから色々悩むことが尽きないと思うけれど、その時に立ちもどれるセーブポイントととして、我が家の書棚の隅に鎮座させておきたいと思う。


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