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【ホラー小説】Fall down 6 現地報告”瀧来集落”

 瀧来集落は約30軒ほどしかない小さな山村集落である。
 集落は山肌に沿って建てられており、集落内の道路はとても狭く車のすれ違いがやっとである。
 僕が散策している間に通った車は極端に少なく、ごくたまに老人が運転する軽トラックを見かける程度だった。その交通量の少なさのため道路が狭いと問題視されること自体がないのだろう。
 集落の東側には小さな川が集落に沿って南北に流れており、農作物や飲み物などをここで冷やすという。
 僕が川を覗くと小魚が群れる姿が夏の光の下できらきらと見えた。この集落に子供がたくさんいた頃、この季節は格好の遊び場だっただろう。
 この川に途中から合流する流れが集落名の由来となった「瀧来」と呼ばれる滝からのものである。
 この瀧来集落は壇ノ浦の戦いから逃れた平家の落人たちが住み着いたことが始まりとして伝えられている。いわゆる落人伝説の里だ。
 落人伝説の残る里は東北各地にある。
 福島県においては南会津郡にある桧枝岐村が有名で、その証拠に桧枝岐村には京言葉のような方言が残っているとか、周囲と比べてこの村だけが訛り方が違うと語られていた。
 桧枝岐村は日本有数の豪雪地帯であり、四方を標高の高い山に囲まれている。
 瀧来集落も同じく周囲を高い山と針葉樹に囲まれているため、近くを通る国道からも見えない。木々に囲まれているためあまり光が差さず、ひっそりと家々が建つその姿は落人たちが追手から逃れて隠れ住んだ里と言われれば、なんだかそのような気もしてくる。

 かつての瀧来集落はとても貧しかったという。
 土地が瘦せているため、品質の良い米や農作物を作ることが出来ない。また、地盤も弱く頻繁に土砂崩れがある土地で、僕が集落を散策している際に土砂に埋もれた小屋も見かけた。
 住民に聞いたところ、かつて大雨の際に起った土砂崩れで飲まれた小屋なのだという。
 瀧来集落の主な産業は林業であったが、現在はそれを継ぐ若い世代も少ないため、近い将来姿を消す集落と言っても過言ではないだろう。
 それでもこの集落に住み続けるのは先祖から伝わった土地を手放したくないという住民たちの思いなのではないか。
 このひっそりとした集落で「ノミコ数珠回し」がその特殊性を保ったまま受け継がれてきたが、ここに彼らが住み続ける以上、いずれこの儀式が失われることも眼前に迫っているように感じていた。

 集落の中心を抜ける道路から外れ、僕は瀧来を目指した。
 黒々とした杉林を抜けて、落ちた杉の葉で敷き詰められた林道を200メートルも歩くと水しぶきの音が聞こえてきた。
 瀧来だ。
 落差は10メートルほどだろうか。それほど巨大な滝ではない。しかし岩を激しく叩きつけながら滝つぼへ吸い込まれていくその姿からしばらく目を離せずにいた。
 両脇には紅葉がまだ青い葉のままあり、しぶきが飛ぶ周囲にはシダや苔が生い茂っていて秋になればそのコントラストでさぞや美しい姿となるだろう。
 この流れが集落の脇を抜ける川と通じ、やがて竜宮があるという大きな川へとつながっていく。

 瀧来から少し離れた広場に瀧来神社がある。
 小さな石作りの鳥居を抜けた先に立つ神社は滝にならってかそれほど大きくはない。
 神主が常駐していない神社であり、住宅は離れたところにあると事前に聞いていた。
 神社を見るとひび割れた柱や割れた飛び石に生えた苔から、建てられてから長い年月が過ぎていることを感じる。真夏であったが滝の近くであるためか、あたりの木々で日が当たらないためかあたりは涼しかった。
 神社はそこかしこに龍の意匠が見え、ここが龍神を祀る神社であることを再確認する。
 神主はやはり不在であるらしい。
 正面の格子戸から中を覗く。古い畳と見覚えのある間取り。やはりここがVHSテープに記録されていた「ノミコ数珠回し」の場所である。
 そのまま顔を上げると祭壇の真上に何かの像が掲げられていることに気が付いた。
 とぐろを巻くように空を飛ぶ龍の木像であった。
 大きさは2メートルはあるだろうか。体を伸ばした全長はその3倍にも及ぶだろう。彩色されていない白木造りであった。
 獰猛な大型爬虫類を思わせる感情を察することが出来ない視線、その口を開け、鋭い牙を見せて祭壇に手を合わせる人間を品定めするかのような姿。
 陽の光も当たらない薄暗い境内の中で静かに、しかしぎらぎらとただ一つだけ生命力を持っているかのように生々しく感じて、僕は背筋に鳥肌を立てていた。
 これが瀧来の人々から畏敬を集め、この地に鎮座する異形の神。
 この神の下で連綿と「ノミコ数珠回し」は行われてきた。

 格子戸から顔を離すと瀧来の音がやけに遠く聞こえた。

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