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【ホラー小説】Fall down 18 現地報告”ノミコ数珠回し考”

 ノミコ数珠回しについて考えたことを整理していこうと思う。
 これまで見てきた通り、ノミコ数珠回しは雨乞いの類感呪術である。
 しかし、そう考えるといくつかの不都合な事実が浮上する。
 ノミコ数珠回しが伝わる瀧来集落は土地がとにかく痩せていて作物を育てるのに適していない。そのため林業が主な産業として成り立っている村であることから、旱魃による不作に起因する雨乞いであるとは考えにくい。
 なおかつ地盤が弱く、過去何度となく土砂崩れによる被害が起きている。
 また、瀧来集落は水源も近く水不足にはそもそもなりにくい土地柄でもある。
 ノミコ数珠回しを行っている時期を見ると夏以外にも真冬にすら行っている記録があり、積雪量が多い瀧来集落の環境から、集落が旱魃になるとは考えにくい時期である。

 それにも関わらず集落で古くから雨乞いを行ってるのは、なぜだろうか。
 その答えは、ノミコ数珠回しとはそもそも雨を降らせることを目的とした儀式ではないということだ。
 土地柄として行う必要がなく、行うことにより集落に危険が及ぶ可能性がある雨乞いを行うのは、別の目的があるとしか考えられないのだ。
 今では儀式自体が形骸化して雨乞いの儀式だと思われているが本来はそうではない。
 水滴を模した水晶製の数珠玉や、龍神像の周りに数珠を折り重ねて天井から吊り下げ、雨雲に模した固定方法、ジャラジャラと豪雨の音に模して数珠を鳴らす作法はおそらく集落の先人たちに雨乞いとして偽装された作法なのだ。
 こうすることによって、人々に「雨乞いだと思わせておきたいし、そう思っておきたい」という狙いのもとに作り直されたのだ。
 そのためいつの頃からかはもはや不明であるが、儀式を故意に組み立て直した過去があるはずだ。
 その裏付けか、神主である清野氏が瀧来神社を訪れた際、こう言っている。
 『ノミコ数珠回しの手順においては、口伝でのみ伝わっている』
 行った時期等、その他の情報については明確に資料が残っているにもかかわらず、手順だけが口伝でのみ伝わっているのは何故だろうか。
 一子相伝の秘術として、または集落の人間たちだけにしか見てはいけないような儀式であるならば、秘密を守るために口伝として伝わるならば理解できるが、この儀式はかつて大学生がVHSテープにも記録している通り、そのような秘術に類するような儀式ではない。開放された儀式である。
 では、なぜ手順や方法だけが口伝でのみ伝わっていたのか。
 その理由は、手順に関しては故意に途中から”口伝でのみ伝えることにした”のだ。
 手順を伝えた資料もおそらくかつては存在した。しかし、これを故意に破棄したのである。元から口伝でのみ伝わる儀式であったかのように見せかけたのだ。
 歴史上、どこかのタイミングで故意にノミコ数珠回しは、作法の歴史があたかも古来から雨乞いとして伝わっているかのように見せかけるため、それ以前の歴史を抹消し、作法と手順を組み直された、いわば雨乞いに偽装した儀式なのだ。
 本来のノミコ数珠回しの意図は雨乞いではない。

 瀧来集落は貧しいが故に「雨以外に落ちてくるモノに頼るしかなかった」のではないか。

 事実、瀧来集落でノミコ数珠回しが行われた歴史を調べれば、ある共通点が見えてくる。
 その時期は、すべて集落が困窮した状況になった時なのだ。
 VHSテープに記録された映像はバブル崩壊後に行われている。集落が飢えている状況でのみノミコ数珠回しが動き出すのだ。
 このノミコ数珠回しを生み出した集落に住む住人の先祖たちは恐らく知っていたのだ。
 雨以外の物質が、空から落下する不可解な現象が存在することを。
 それは時として人に幸をもたらすことを。
 世界各国で古来から記録されている「ファフロツキーズ現象」である。
 ノミコ数珠回しとは、雨以外の物質が落下する現象、ファフロツキーズ現象を人為的に起こすために祈願する儀式なのではないか。
 この意図を隠すため、後世の人々が雨乞いに見せかけるために数珠や儀式を作り替えた。
 得体の知れない空から降る何か、この現象への祈願を降雨を司る龍神への雨乞いであると後世の人に思わせるために。
 事例で見た通り、ファフロツキーズ現象は良いものも降るが、おぞましいものも降る。
 何が降るかは龍神、ファフロツキーズの神のみぞ知るのだろう。

 しかし、一体なぜファフロツキーズ現象への祈願であることを隠し、雨乞いに偽装する必要があったのだろうか。
 そもそも、なぜ僕がファフロツキーズ現象へと考えが行き着いたのか。
 これについては、ある老人が口を開いてくれた。
 絶対に身元を明かさないことを条件として。
 「これは俺しか知らねぇ、村の誰にも言わねえでくいよ」
 そう電話口で彼は言った。

 僕は雷鳴が響く中、玄関の戸を開けた。
 重く、ぎしぎしと軋む。

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