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【ホラー小説】Fall down 20 現地報告”神意と真意”

 玄関戸の向こう、一人の老人が座っていた。
 彼の風貌や家についての描写は彼との約束を守る事を目的としてあえて書かない。
 締め切った窓、灯りの乏しい部屋の中で、絶対に身元を明かさないこと、集落の人には決して内容を口外しないことを条件として、彼は祖父から聞いたという話を語り出した。

 ノミコはな、目印なんだ。
 数珠回しのノミコはこうやれって教えらっちやっから、真似するだけだげんじょも、本物のノミコは本当に水飲めんだど。
 その水がたまんなくうめぇんだど。
 うめぇ、うめぇつって。
 本当のノミコいっとこさ、そごさ雨降んだど。
 そこ目印でノミコめがけで龍神様は雨降らすんだど。
 俺はジサマがらそう言わっちゃよ。
 でも、本当のノミコ出来っつまうど本当に雨降る。
 ノミコめがけで雨降る。
 そんどぎな、雨降せる前に龍神様が自分のとごさ、こめらこ一人連れてっちまうんだど。
 ほんで可愛がんだげんじょも、龍神様はヒトと違って気が荒れぇがらよ、カミサマだがんな、気に入らねぇどが、そいつが「下さ帰っちぃ」どが騒ぐど「ほいじゃおめぇが降れ」ど雨の代わりさ、こめらこ降らすんだど。
 まぁみんなこめらこは騒ぐべな、おっかあいる下さ帰っちぃどよ。
 だがらよ、普通の雨降った時なんかねぇんだど。
 雨降らすのが龍神様だげんじょも、こめらこ騒ぐがら、結局雨なんか降らねぇ。
 雨降らすためのやり方が数珠回しなんだげんじょもな、最後にどうなっか分かっててやってんだ。
 降ったこめらこは身体残ってっとまだ幸せなんだ。
 龍神様が食っちまうがらよ。
 まだ頭だの、手だの、人の身体残ってれば幸せなんだ。
 龍神様がホントに怒っと、人の身体さ残さねぇで人だがなんだか分かんなぐしつまって下さ降らすんだど。
 ドロドロにしっつまうんだど。
 おめぇ、見てきたべ、マツリの煮凝り。
 あの煮凝り、最後どうした?
 もう、言わなくてもわがんな。

 これは言わんにだぞって、数珠回しは本当はただの雨乞いでねえんだぞって。
 でもこれやんねぇと村、駄目になっちまうんだぞってジサマ達から聞いでんだ。
 だから、村のために食い物ねぇがらノミコ数珠回しやんなんねだど。
 ただな、ノミコやって龍神様が降らせたもんは何が何でも食わんなんねぇんだ。
 何が何でも、な。
 そうでねぇとみんな食うもんなぐなって、死ぬ。
 でもそれやっかどうか決めんのは龍神様だ。
 龍神様が「おめだぢ食うもんねぇべや」ってタリサマの夢さ出てくんだど。
 そうすっとタリサマも龍神様おっかねえからノミコやるしかねえんだ。
 だって、カミサマだ、何されっかわかんねえべした。

 ノミコでよ、降るのは雨じゃねえ。
 降らせっちいのは雨じゃねぇ。
 こめらこ、龍神様んどごさ行かせんのは、こめらこはどのみち下さ帰りっちぃど騒ぐがらだ。
 龍神様も全部、分かってんだべな。
 だってよ、そうでねぇと夢に「おめだぢ食うもんねぇべや」って出てくんのおがしいべした。
 龍神様も、喰いっちぃのよ。
 龍神様がそう言ったら、止めたくても止めらんねぇのよ、おっかねぇべした。
 龍神様は、ヒト喰うカミサマなのよ。
 やるしか、ノミコやるしかねぇのよ。
 もう、おめぇには全部言わなぐってもわがっぺな。
 ノミコの後さこめらこいなぐなんの、わがったべ。

 人体降雨。
 空から降る肉塊、血液、人髪。
 旧約聖書に記されたマナ。
 中国古来の伝説、甘露。
 古来より世界中からファフロツキーズ現象で度々目撃されている、およそ生物だったもののなれの果て、そして白いゼリー状の物質。
 僕はマツリの時、龍神像に捧げた川魚の煮凝りのゼリー状の部分だけを泣きながら「うまい、うまい」と食べていた老人たちの姿を思い出していた。
 雨が屋根を叩く音が聞こえている。

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