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【ホラー小説】Fall down 最終話 現地報告"雨の降る村"

 瀧来集落での調査を終え、山のような資料と、聞き取り調査の音源を抱えて僕は久しぶりに大学に戻った。
 夏は調査の季節である。
 調査のため各地に散らばった学生たちが食堂のあちこちで再集結していた。
 僕は彼女と再会した。彼女は真っ黒に日焼けしていて、普通の人が見ればまるでひと夏を海で遊び通した学生だと思うかもしれない。しかし、彼女の場合は四国の山中で昆虫をずっと追いかけていたのだ。
 そんな彼女は先ほどから僕の集めた資料と現地報告を真剣な顔で読んでいる。
 僕の方も彼女から手渡された昆虫の写真やデータを読んでいるが、専門的な情報が多く、理解するのは基礎知識が必要だなと改めて思っていた。
 資料を読みふけっていた彼女がふと顔を上げる。
 「ねぇ、生物の角ってどうしてついていると思う?」
 いきなりの質問に僕は咄嗟に答えられなかった。
 困惑した僕の様子を見た彼女は得意そうに口角を上げた。
 「じゃあ、角のついている生物を言ってみて」
 サイ、シカ、ウシ……カブトムシもそうか。
 思い浮かんだ生物を何種か口に出したところ、彼女は満足そうだった。
 「その動物の共通点は何?」
 少し考え込んで、思いついた。
 「全て植物食の生物だ」
 「当たり。よく小説とかゲームに出てくるモンスターって恐ろしげな顔をして凶暴なのに、角が生えてるよね。でも実際の生物は違う。角が生えているのはほぼ植物食の生物なんだよ。だから、ほとんどの生物において角の意味は敵対する捕食者に対する防御手段なんだ。いくつか例外はあるけど」
 確かに言われてみればそうだ。
 創作の世界に登場する怪物たちは、肉食であるかのように描写されていても角の生えている。
 ここで、彼女が僕の現地報告から何が言いたいのかはっと気づいた。
 「龍も角が生えているよね」
 彼女はまた得意そうに笑って続けた。
 「瀧来集落では、龍神が雨を降らすという大きな信仰の流れからその象徴として龍が祀られているのであって、本当に雨を降らす存在が何か、本当のファフロツキーズの神が何かは見たことがないんでしょ。それに雨を降らせて殺された龍の伝説が日本各地にある」
 彼女の言う通り、瀧来の龍神は雨の象徴としての龍神なのかもしれない。
 そしてまた言う通り、日本の各地に龍神が殺された話が伝わっている。
 龍神たちは雨を降らせた後、バラバラにされて地上に死体を降り注がせている。
 「雨の代わりに龍神たちの死体が降ることも、ファフロツキーズの定義に入るよね。雨の代わりに瀧来集落の子供たちを犠牲にする構図と全く同じじゃない? もしかして、ノミコの代わりに龍神すらも”何か”に天に連れていかれたことを物語っているのかもね。天に昇った後に帰りたい、帰りたいって泣いてバラバラに食い荒らされて落とされたのかもよ。龍神が姿を現すのは神主さんの夢の中だけだよね。それも"何か”が代理として龍神にさせているのかもしれない」
 彼女が言う、龍神に生えた角の考察とはこういう意味だ。
 角とは、生物が捕食者に対して備えた防御手段。
 つまり、龍神すらも凌ぐ強大な捕食者として、真のファフロツキーズの神が天空にいるのではないか。

 龍を喰う”何か”が、空の上にいるのかもね。
 
 そう言って、彼女は再び資料に目を落とした。

イスラエルの人々はそれを見て互いに言った。 
「これは何であろう」
彼らはそれが何か知らなかったのである。
モーセは彼らに言った。
「主が貴方達の食物として賜るパンである」
――旧約聖書 出エジプト記 


 瀧来集落の帰還から、数週間経った頃である。
 僕のもとに佐久間老人から一本の電話があった。
 通話ボタンを押すと、電話の向こうから嗚咽が聞こえた。
 こちらからの言葉に対して、嗚咽の向こうから途切れ途切れに聞こえた言葉。
 三日前から孫の行方が分からなくなっている。
 そう佐久間老人は告げた。

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