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【ホラー小説】Fall down 15 現地報告”問い”

 マツリを見終わり、車に戻った時には雨が降り出し始めていた。
 僕は車の中で今までに収集した資料を見つめながら、佐久間老人の言葉を思い出していた。
 聞き取りをした際、彼はこう言っている。

 『そんどぎは喋んねぇでずっとジャラジャラ回すのよ。すっとジャラジャラ数珠の音だけすんべした、でっけえ音鳴らせば鳴らすほど龍神様喜ぶんだど』

 無言で大きな音を出しながら数珠を回す。これは数珠が擦れあう音だけを際立たせるためだ。
 この数珠の立てる音が豪雨の際の音を模倣しているために声を出さずに鳴らし続けなければならないのだ。
  他の事例で言えば、雷鳴を模した和太鼓の音、降雨の音を模したペルーのレインスティックが挙げられる。
 また、ノミコ数珠回しに使用する数珠玉は水晶製で、かつ水滴の形をしている。
 数珠の保管方法も龍神像の周りに何重にも重ねて天井から吊り下げていた。
 これらは雨と雨雲を模している。
 つまり、これらの模倣性から「ノミコ数珠回しとは類感呪術であり雨乞いを目的とした呪術」であると考えられる。

 記録に残っている限りでノミコ数珠回しが行われた時期を眺めながら、僕は彼女に電話をかけることにした。
 彼女とは同じ大学に通っていて、生物学、特に昆虫類の研究をしている。
 彼女はアウトドアショップでアルバイトをしていて、僕が初めてのフィールドワークに出かけるときに履くための靴を選びに行ったときに知り合った。
 主に文献研究をして図書館に籠っている僕と違い、彼女は野外で調査することが非常に多く、アウトドアの知識は間違いなく僕よりも豊富だった。
 この夏に彼女もクワガタムシの調査のため、四国の山中へ行っている。
 彼女のことだからいつものように真っ黒に日焼けして野山を駆け回っているだろう。

 電話に出た彼女とお互いの研究進捗状況を話し、電話を切った。
 彼女の方も雨が降り続いていて、なかなか思うように調査が進んでいないらしい。僕がノミコ数珠回しと類感呪術の話をしたところ、彼女はぽつっと疑問を投げかけていた。

 『その土地って、地盤が弱くて何度も土砂崩れを起こしてるんだよね。なんでそんな土地で雨乞いの儀式なんかするの?』

 瀧来集落の産業は主に林業だ。
 山に入っているときに雨が降ることは時として危険な状態になる。なおかつ、この土地は非常に地盤が弱い。雨が降れば、家屋や人すらも土砂崩れに巻き込まれる危険に晒される可能性がある。
 このような環境で雨乞いをするということは、自ら積極的に危険へと向かう行為でもあるのだ。
 また、この土地は痩せているためそもそも農業には向かない。
 普通雨乞いをするのは水不足で農作物に被害が出たり、飲料水が無くなるために行うことが殆どだ。
 なおかつ瀧来集落は水源である川も近く、水不足にはそもそもなりにくい立地である。
 雨乞いをする必要がないのだ。
 なにより、かつてノミコ数珠回しを行った時期と照らし合わせても、その時期に水不足になっている記録が存在しない。
 時期も問わず、雪が降り積もる真冬にすらノミコ数珠回しを行っている記録がある。真夏に干上がるならばまだしも、真冬に旱魃で水不足になっているためにノミコ数珠回しを行っているとは到底思えないのだ。
 ならば、ノミコ数珠回しとは一体何のための雨乞いなのか。
 何故このような独自性を保ったまま、現代まで引き継がれているのか。
 僕はこの問いに対する答えに気が付きつつあった。

 僕は集めた資料の中から新聞の切り抜きを一枚手に取った。
【橋本舞ちゃん(当時10歳)いまだ帰らず】
彼女との電話が終わると、僕はしばらくこの記事を見つめていた。
 分かっただけでこれで八件。
 記事をファイルに戻すと車のエンジンキーを回した。セルがけたたましい音を立てる。
 ボンネットに当たる音が激しくなっている。
 雨が、強くなってきていた。

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