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06 貧困の再生産を止めるために

「生活保護を受けている人は、ギャンブルに金を使うろくでもない人ばかりだ。だから、あんな制度に甘えずに、頑張るべきだ」―これは、私の友人の親が言い放った言葉です。当時、私はひとり親家庭で暮らす中学3年生でした。中学時代の一時期は「両親ともにいない」家で、洗濯機の裏などに落ちている小銭を探しては、ポテトチップスを買って空腹をしのいでいました。電気やガスは日常的によく止まり、「親はいつ帰ってくるのか?」と見知らぬ大人が借金の取り立てに来たこともありました。
 「移民」と「女性」。日本社会のなかで、二重の周縁性を抱える母は、仕事をひとりで頑張り続けてきました。その果てに、疲弊しきった母が放った「お前なんか産まなきゃよかった」という言葉は、いまも私の意識のなかで横たわり続けています。

▶労働市場の柔軟化が強いる貧困と社会的排除

 「日本社会で暮らす子どもの7人に1人は貧困状態にある」とメディアで紹介される時代になりました。しかし、子どもの貧困の背景には、親が不安定な仕事に就かざるをえないことや、低賃金、失業などの要因があります。そうした親の不安定な雇用状態は、20世紀末以降進められてきた労働市場の柔軟化に影響されています。具体的には、労働者全体に占める非正規労働者の割合は約37%(2020年)に上っており、1990年と比較するとほぼ2倍に増加しました。
 日本では雇用形態やジェンダーによって賃金差が大きく、特に非正規雇用女性の賃金は低く留められています。この構造が、女性が稼ぎ主役割を担う母子世帯の貧困を生み出しています。移民の母子世帯の場合、この構造のなかでより脆弱な位置におかれがちです。DVが原因で離別する移住女性も少なくないのですが、そこからの回復には時間や安心できる場所が必要です。しかし、離別後は自ら生計を維持しなければならず、多くが非正規雇用の彼女たちにとって、それは非常に困難です。こうして、たとえばフィリピン人を世帯主とする生活保護世帯の53%が母子世帯です(2019年)。くわえて、シングルマザーに限らず、非正規雇用が多い移民の場合、失業は即貧困に結びつきます。こうした親の雇用の不安定性は、子どもの進学や成長に影響し、貧困の再生産につながる可能性もあります。
 もちろん、貧困に対応する制度として生活保護があります。ただし、①冒頭に記したような偏見=「スティグマ(烙印)」、②行政窓口による「水際作戦」、③保護世帯の子どもの大学等の進学は「世帯分離」となり、子どもは「自立」して進学しなければならないハードルにくわえ、外国籍者には、④権利ではなく「準用」としての扱い、⑤在留資格による生活保護の適用範囲の限定、⑥在留資格変更・更新に課される自立生計要件があります。これらは、生活保護申請を阻害し社会的排除として機能しています。

▶「ひとりで抱え込まなくてもいい」と言える仕組みを

 貧困の再生産を止めるためには、どうすればよいのでしょうか?一つは、生活保障の制度を充実させることです。行政に対し、①生活保護周知・広報義務、②偏見解消に向けた啓発義務、③口頭での申請受理を求めること、さらに、④「生活保護一歩手前の生活困窮」を射程にした積極的な公的支援、⑤生活保障法へ改正することが必要です(日本弁護士連合会「生活保護改正要綱」2019年)。
 次に、労働者が抱える課題への包括的な取り組みです。たとえば、「柔軟」な働き方である非正規雇用は、企業福祉や社会保険制度から排除され、低賃金・過労・失業などのリスクにさらされ続ける犠牲に成り立っています。①最低賃金の大幅引き上げ、②多様な雇用形態・育児・介護・失業・転退職に対応する公的な所得・就業・教育支援の拡充、③労働者の権利行使そのものを担保するアプローチなどが必要です。
 最後に、1979年に日本政府が批准した国際人権規約に定められた、内外人平等原則の履行です。外国籍者の生活保護「準用」や在留資格による制限をなくし、国籍や在留資格でわけ隔てることなく社会保障制度を適用することが必要です。社会保障は「人間として無条件に生きられること」を実質的に担保する仕組みです。ひとりで抱え込んでしまうようなしんどさや不安を、「ひとりで抱え込まなくていいんだよ」と、自分にもほかの人にも言える仕組みです。誰もが、自分もほかの人も、大切に思える社会になることを、切に願っています。


(イラスト:金明和)

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