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美談におさまるつもりは

 家を出る段になって、気がつきました。アクセサリー、どうしよう。

 襟が詰まった服なので、ネックレスはいらないかな。そのかわりイヤリングはちょっと華やかなものを。さて、手もとは。しばし迷い、やっぱりこれかな、と右手の薬指に通しました。

 同窓会へは、ひとりで向かいました。学生のときは、かならず誰かと待ち合わせて一緒に行ったものだけど。総勢100人を超すサークルに入っていたなんて、さぞ社交的で活発なタイプなんだろうと思われてしまいがちですが、私はそのへんはさっぱりなのです。飲み会がはじまる前、まだ来ないメンバーを待つあの手持ち無沙汰な時間が苦手。だから同じような友だちと示しあわせて、同じタイミングで入店、着席、なんとなくその場をやりすごす…というのが私の定番スタイルでした。

 ただ、もう社会人も2年め。わざわざ前日に「明日の同窓会、一緒に行ってくれる?」みたいな連絡を取るのもなんだか気恥ずかしく、また妙な克己心のようなものもあり、結局ひとりで行ったわけですが、

 わあー、ひさしぶりー!いつぶりかなあ!卒業以来じゃない?元気してた?元気だよー!今どこだっけ?

 会場はすでにほぼ満員。当然見知った顔ばかりとはいえ、この喧騒。この再会の嵐。大丈夫かしらん、と若干不安になりつつ、とりあえず鞄を置いてコートを掛けて、

「久しぶり!元気してた?」

 ふりむくと、卒業以来の同期の女の子。とりあえず久しぶりー、元気だよとこたえると、

「○○ちゃん結婚したんだってね!△△ちゃんもだって!□□ちゃんももうすぐなんでしょ?」

 間髪入れず飛び出す○○ちゃん、△△ちゃん、□□ちゃんの結婚情報。そうらしいねー、と相槌をうつと、彼女は華やいだ声で、歌うように軽やかに続けました。

「そらちゃんは?結婚するのー?」

 おもわず、右手の薬指を見下ろしました。

 大学1年生の夏、彼とつきあいはじめました。いわゆるサークル内恋愛で、仲間うちでのカップル第一号ということもあって、自分でいうのも妙な話ですが、それなりの関心と注目を買っていたと思います。彼も私も派手なタイプではなく、不慣れなおつきあいは皆からつっつかれ、冷やかされ、ただ、それは決していやなものではなかった。見守られていた、とさえ思っていました。おこがましいかもしれないけれど。

 その後もサークル内カップルは次々に生まれ、でも次々に終わりました。社会人になってからもおつきあいをつづけているところもあったけれど、でもその人たちはそろそろ結婚という新しいステージに向かって進みはじめていました。

 私たちは惰性でやってきたというわけでもなく、きちんと、誠実に向きあっておつきあいをしてきたと思います。ただ、6年という歳月は、どうしても次のステージへ人の目を向けさせる。

 3年半の記念日に彼が贈ってくれたペアの指輪。3年半って妙な節目、といぶかしむ私に「ペアのものは重いかな、と思ってなかなか言い出せなかった」と笑う彼の、その控えめさ、慎重さがいとおしかった。冗談でも左手につけてみせることはしませんでした。私たちは、それを冗談にして笑う器用さを持ち合わせていないから。

 「うーん、どうかなあ。まあ、なかなかねえ、って感じ」

 「えー、そうなの?そらちゃんとこ長いのに!そんな話出てないの?」

 彼女の言いたいことはわかります。そらちゃんとこ長いのに、将来の話も出てないなんて、彼は大丈夫なの?そらちゃんとこ長いのに、どんどん友だちに先越されちゃっていいの?そらちゃんとこ長いのに、結婚しないの?

 彼女に悪気はありません。それはわかっているけれど、でも私はかなしかった。彼女にとって、私たちの結婚はあくまでも好奇の対象で、「長年つきあってきたカップルが結婚に至るまでの物語」を見てみたいという期待が透けて見えました。そんなふうに消費してほしくなかった。わかりやすい美談におさまるつもりはないのです。

 そうだねー、もうそんな年なんだね、と軽く答えながら、私は同期の女の子の右手薬指に目を留めました。ラブリー系のファッションが好きな彼女にしてはシンプルな、装飾のない銀色の輪っか。そして彼女の恋人である、1つ上の先輩を思い浮かべました。おそらく彼とのペアリングなのでしょう。

 きっと結婚した〇〇ちゃんや△△ちゃんは、結婚指輪をつけてくるでしょうし、先日プロポーズされたという□□ちゃんからは、婚約指輪のお披露目があるかもしれません。だけど彼がいて、でもまだそれがかなわない子たちは、せめてもの思いで、彼とのペアリングを右手の薬指につけてくるでしょう。
 私もそうすればよかったのかもしれません。でも、私がつけてきたのは、友達との沖縄旅行で買った珊瑚の指輪でした。もう、未婚か既婚か、恋人がいるかいないか、そんなものさしではかられるのは疲れてしまった。私は何のアピールでもなく、何の意味も持たせず、自分の気に入った指輪をしたい。

 ふと見ると、ちょうど彼が来たところでした。彼の指にもペアリングがないことを確認してすこし安心します。ごめんね。後ろめたいことは何もないおつきあいなのにね。
 これから約2時間弱のあいだ、彼も私も、無遠慮な質問を向けられることでしょう。〇〇ちゃんと△△ちゃんと□□ちゃんの結婚報告の影に隠れておきたいところだけど、まあ、そういうわけにもいかないかな。

 「わあ、そらちゃん久しぶりー!元気だった?ねえ△△ちゃんと〇〇ちゃん結婚したって聞いた?めっちゃびっくりしたんだけど!」

 グラス片手に、別の同期が話しかけてきました。私はやわらかいピンクの光をたずさえた右手で、久しぶり、とグラスを合わせました。


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