日本の夏フェスのジェンダーバランスをチェックしてみる
前置きとかどうでもいいから調査結果にショートカットしたい、という人は「目次」から「調査結果のまとめ――男女比1~2:7の法則?」へジャンプだぜ! 調査結果と考察は無料で読めます。
はじめに
FUJI ROCK FESTIVALの開始から20年以上が経ち、「夏フェス」を始めとした音楽フェスティバルはここ日本でもすっかりお馴染みのイベントになった。いわゆる「4大フェス」といわれるFUJI ROCK FESTIVAL、SUMMER SONIC、ROCK IN JAPAN FESTIVAL、RISING SUN ROCK FESTIVALを筆頭に、いまやあらゆる地域・あらゆるシーズンにフェスが開催されている。筆者もちょうど先日、地元である山形で開催された「岩壁音楽祭」にDJで出演してきたところ。ど田舎の石切場跡地に全国から若者が押し寄せて来る様には圧倒された。
フェスのラインナップは音楽好きが一喜一憂する定番ネタとして注目度が高く、海外のフェスのスケジュールをめざとくチェックしながら「このバンドは今年は来ないな……」「この人は来る可能性がある!」などと予想したりする人も数多い。フジやサマソニといった海外アクトを数多く招聘するフェスをめぐっては、いわゆる「洋楽離れ」を背景としてファンがああだこうだと議論を展開することも多く、とりわけ三日間開催に踏み切ったサマーソニックのブッキングにはさまざまな反応がみられた。
けれども、「ラインナップが音楽好きをうならせるかいなか」は話題になっても、いまひとつ認知度の上がっていない問題がある。ラインナップにおけるジェンダーバランスだ。
とりわけ #MeToo ムーブメント以降、フェミニズムの新たな波がミュージシャンのみならず音楽産業にもおしよせており、フェスもまたその関心のただなかにある。たとえば2018年初頭、ヨーロッパを中心とする音楽フェスが集まり、2022年までにラインナップのジェンダーバランスを平等にする取り組みを開始。
また、同年5月には米Pitchforkが欧米の主要なフェスのラインナップを調査し、ジェンダーバランスをはじめとしたデータを可視化する記事を発表した。
日本ではまだこの問題に言及する人多いとはいえない(っつったって海外でだってまだ議論が始まったばかりだから致し方ない部分もあるのだが)。Rolling Stone日本版に掲載されたROCK IN JAPAN FESTIVALをめぐる山崎洋一郎へのインタビューでは、ジェンダーバランスをめぐるトピックがすこし登場していたりするんだけれど、明確なデータは管見ながらウェブ上にはないようだったので、できる範囲で確かめてみた。
調査範囲とその方法、及び注意点
まず、調査範囲について。冒頭で述べたいわゆる「4大フェス」、すなわちFUJI ROCK FESTIVAL、SUMMER SONIC、ROCK IN JAPAN FESTIVAL、RISING SUN ROCK FESTIVALの、2016年から2018年までのラインナップを調査する。できればもっと長い期間の変遷を調査してみたかったが、慣れない作業ということもあってまずは3年に絞った。
次に、方法。各フェスのオフィシャルウェブサイトからPythonでスクレイピングし、ラインナップを抽出。そのうえで、重複などを目視で省き、各アクトの出演当時の正式メンバー(ツアーメンバー、サポートメンバーは除く)を確認し、「男性/女性/混合/不明」に分類した。
最後に、注意点。スクレイピングしたデータに加えた加工は最低限であり、欠落や重複が残っている可能性もある。そうしたデータの責任は作成者である筆者が負う。分類にあたってグループ・ソロの区別は考慮していない。すなわち、男性ソロも男性だけのグループも「男性」に分類し、女性ソロも女性だけのグループも「女性」に分類。トランスジェンダーであることが公表されている場合、「現在の性」のみを考慮した。ジェンダーの判断は基本的に筆者の独断だが、代名詞の性などを調査して可能な限り裏付けはとるように心がけた。
調査結果のまとめ――男女比1~2:7の法則?
というわけで、ざっくりと調査結果を見ていこう。まずは「4大フェス」の直近3年間をまとめたデータから。
4大フェス全体で見ると、この3年間で「男性」の比率は69%で横ばい。「女性」の比率も概ね横ばいだが、2018年は2ポイント下がっている。
フェスごとに割合を比較してみると、最も「男性」の割合が多いのはFUJI ROCK FESTIVALで72%。いきおい、同フェスが「女性」比率が最も低く、10%に留まる。SUMMER SONICとROCK IN JAPAN FESTIVALがともに「女性」が18%と相対的に高い。とはいえ、「男女比」は著しく偏っている。
SUMMER SONICとROCK IN JAPAN FESTIVALがやや「女性」比率を高めているのは、ポップアクトやアイドルグループを積極的に招聘する傾向にあることが関係しているのではないかと思う。女性メンバーのみのバンドや女性SSWは近年徐々にシーンにおける存在感を増してきているとはいえやはり少ない。
また、FUJI ROCK FESTIVALについては数多くのステージに多彩なジャンルのアクトを揃えているため、たとえば中小規模のステージで男性のデュオやトリオなどが多く見られるのが全体の比率に影響しているものと思われる。この点をデータに反映し、ホワイト・グリーン・レッドマーキーなどといったメイン格のステージに限定して分析すると異なる結果が出る可能性がある。
続いて、各フェスの3年間の推移を見てみよう。
3年という期間の短さから、明確に「このように推移している!」ということは難しいが、年によって各項目が数ポイント前後平気で動くのは見てとれると思う。SUMMER SONICを見てみると2016年と2017年では「女性」が5ポイントも上下しているし、RISING SUN ROCK FESTIVALを見てみると、2016年は「女性」が17%だった一方で、2018年は7%に落ち込んでいる。10ポイントの下落だ。
少なくとも、ジェンダーバランスについてなんらかのポリシーがあればこれほどの上下が短いスパンに起こることはないのではないか。4つのフェスの3年間のデータからは、ジャンルや洋邦の差を問わず「女性」と「男性」の比率がおおよそ1:7~2:7程度であまり動きがない、ととりあえず言えそうだ。
この「男女比1~2:7」なる傾向が20年ほどに及ぶ日本のフェスカルチャーにおいて徐々にかたちづくられてきたものなのか、それとも最初からこの比率が変わっていないのか。調査の範囲を変えて検証する必要があるだろう。
ジェンダーバランスを「数値目標」にするべきか?(個人的にはYES)
というわけで、手元にあるデータからは以上のようなことが見えてきた。こうした現状について、フェスがどのようなアクションを起こすかは議論が分かれるところだろう。
たとえば参考までに、現代アートの分野では、ジャーナリストの津田大介がディレクターを務める今年のあいちトリエンナーレがジェンダーイコリティを方針のひとつに掲げ、大きな議論を呼んだ。「ジェンダーバランスを考慮したキュレーション」を認めるか否か。質がおろそかになってしまうのでは、とか、数を合わせることが「本質的な解決」になるのか、といった批判が出たけれども、どちらもあまり的を射た意見とはあまり思えない。やってみる価値はある取り組みだろう。
「自然と男女が平等になったらいい、数値目標にしなくてもよいのでは」という楽観論もよくあるんだけれど、しかし、現在フェスがジャーナリズムや批評にも等しい価値づけの場となり、かつヒエラルキーの再生産装置となっていることを考えると、あたかもフェスを時代を映し出す鏡程度に捉える態度はナイーヴにもすぎるのではないか。
フェスは透明なプラットフォームではなく、多かれ少なかれ批評的な観点からキュレーションされる場であり、ビジネスの都合が如実に介入してくる場でもある。「やってくる人びとにどのような音楽を聴かせたいか」、「この場所でどんな音楽を鳴らしたいか」というヴィジョンなしのフェスなんてないだろう。そのヴィジョンに、ジェンダーであったり、セクシュアリティであったり、エスニシティであったりといった問題意識を反映してもなんらおかしいことはない。そのアティチュードの表明として、数値目標を掲げる意義はある。
おおげさな言い方をすると、権力を持つ者が、その権力をあたかも自然の鏡であるかのように無造作に行使することは求めたくない。上野千鶴子が東大の祝辞で述べたようなことを、でけぇビジネスの手綱を握っている人びとにも求めたいのだ。すなわち、「恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください」、と。
データはGoogle Spreadsheetに保管してあります。おおっぴらに公開しても特になんてこたないふつうのデータなんですが、3日ぶんくらい時間潰したし、なんかもったいないんで有料エリアにリンクはっておきます。奇特な方は見てみてください。苦笑。
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