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【音楽】作詞/作曲/音楽作品まとめ


前回、自身の20代のメインの創作活動であった詩についてまとめました。

はじめに

今回、自身が音楽に関わった創作活動(作詞/作曲・プロ/アマとも)について個人的まとめをしておきます。
これまで、自身がクリエイターの仕事として行った創作活動の中で音楽がメインとなったことはないのですが、20代(半ば)に詩に創作活動のメインを移すまでは(何も結果に残るものはなかったけど)音楽を創作活動のメインとしていた時期もあって、また、詩からゲームに創作活動のメインが移り変わっていった際も最初にフリーゲームを制作した際には自身でゲーム音楽を作曲、ゲーム会社に就職してからは、(20代の頃に音楽をしていた時からしたら思いもよらないことだけど)エロゲソングの作詞を担当する等、創作活動のどこかで音楽と関わってきたことになります。

今回のまとめは前回と違って性質上、最初の方であまり具体的な作品に触れることがない自分史的な内容も含むところとなります。記事を読まれる方は適度に読み飛ばされるのがよいかと思います。


1997-1999|作詞

私にとって高校から大学入学にかけての時期。地元の進学校から地元の地方国立大に入り地元の地方公務員になるコースを歩んでいたが道を踏み外し、密かに音楽で生計を立てたいと思い描くようになった。そう思った一つのきっかけとして高校時代の失恋をきっかけに自身の感情を作詞にしてみたところ思いのほか上手く書けて、自身の失恋を歌詞にすることやその才能に酔って次々書くようになったということがある。当時はMr.ChildrenやSpitz、GLAY、L'Arc〜en〜Ciel等が流行っていた時期。自分はミスチル(桜井)信者だったが、歌詞だとSpitzの歌詞にも深く傾倒していて、それを混ぜたようなそんな感じの歌詞だった。

Passage-way(作詞 1998, 作曲 2002, リリース 2006)
高校時代の作詞に、後述するが00年以降に作曲をするようになって曲を付け、これも後述するが…2002年にはバンド活動や音楽スクールでレコーディング等もするようになって、レコーディングした時期としては2006年と音楽活動のほぼ終わり頃となるが1998年の時の作詞作品として。原題では「Passage-way~擦れ違いの回廊~」っていうふうにいかにも当時っぽく「~~」とかが入っていた。

この作品の初出について、もう入手ができないので記録としてのみだが、06~07年頃にまだ色々試行錯誤で応募していた時、『Presenter』という雑誌の主催するオーディションに応募して『Presenter Vol.3』(2006年5月)のインディーズアーティストのオムニバスCDに収録されたのが初出。

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ネット上にはもう情報もほぼ残っていないので、旧家に残っていた雑誌の書影とレビュー掲載ページを撮影した。

前回述べたように今年は自身の作品データの整理もしてしまおうと思っているので、若い頃の作品だから云々は抜きにしてディストリビューターのTuneCoreに登録・Apple,Sporty等に配信もしてみた次第。

他、この時期の作詞の記録としては、これも06~07年頃にまだ色々試行錯誤で応募していた時、音楽の詩コンテスト(創英社主催)に高校時代の作詞を応募して入選した一編が『音楽の詩 Vol.2』に掲載されている。それが1997年の作詞なので掲載されている作詞作品として、作詞時期としては最も早い時期の作品になると思う。手元に書籍がなく「In Myself~自分自身の中に~」みたいなタイトルだったと思う。

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2000-2002|作詞/作曲(DTM/弾き語り)

大学に入学してある時期から引き籠もってほとんど講義に出ないようになり、1999年の終わりか2000年の初めにDTMを購入して作曲を始めている。思い付いたメロディを鼻歌でテープに録音したり、DTMも楽しくて色々作っていた。1999年の6月頃にはボーカル、7月頃にはギターを習い始めている。

当時リアルタイムでは、記録としては残っているものではないが、ボーカルスクールの発表会や、地元でNPOの音楽スクールとして活動していたエイムミュージックスクールに参加してそこでの発表会・障害者施設への訪問等で、自作曲の「修学旅行に置き忘れた恋」を弾き語りしていた。

修学旅行に置き忘れた恋(作詞/作曲 2000, リリース 2004)※当時の自主制作盤CDジャケットを再現したものになります…

この頃のそれ以外の作詞/作曲作品については当時発表することはなく、2008年に初音ミクが出てしばらくしてからだが2011年頃にボカロ曲として公開を始めて何曲かをニコニコ動画・Youtube等に公開した。

赤い服を着たあの娘に(作詞/作曲 2000, リリース 2011)
実際には初音ミクが登場して間もない2008年に、自主制作絵本の告知で一曲ボカロ曲を作っているのだが(後述)、その際に作ったアカウントで、過去の曲のボカロ曲を公開した一曲目。※この曲は自身の初期楽曲作品として現在リメイク中なのでまたお知らせします。

主人公のいない物語(作詞/作曲 2001, リリース 2011)
この曲がimayuiアカウントで公開した最初の曲。当時、蒼空のフロンティアのGMをやっていた時に、旧Twitterでボカロ曲作ってみたとして発表したのだった。

2002-2004|バンド活動Ⅰ期

2002年には大学を休学して、ようやく集まったメンバーでバンド活動を開始。この時、9つ程年が離れているKAZUさんという方が自分の詞曲を見込んでドラムで加入することを申し出てくれて、KAZUさん宅にある自宅スタジオや更には近くの知人の工場を改造してスタジオを作って練習場所として提供してくれて、音楽のことも(他にも)色々教えてもらい、ライブハウスへの出演を組んでくれたりお客さんもほとんどKAZUさんが呼んでくれたりと大変お世話になった。当時学生でお金もなかった自分達にご飯を奢ってくれたりKAZUさん宅で奥さんが作ってくれたり、色んなバイトを紹介してくれたりもした。KAZUさんがいなければその後の自分はなかったと言えるだろう。

バンド名のQUESTはベースのYouheiが提案した名前。※配信サイトでQUEST(Japan)になっているのは配信で他の各国のアーティストのQUEST様とかぶってしまわないよう(Japan)を付けています。

この時期、バンドレコーディングした曲は3曲「You May Dream」(作詞/作曲 2001, リリース 2004 ※原題は「夢★ドリーム You May Dream」)、「廻れ!メリーゴーランド」(作詞/作曲 2001, リリース 2004)、「I'll Be Back Someday~失くした宝物を探す旅~」(作詞/作曲 2003, リリース 2004)(いずれも自身の作詞/作曲)。
KAZUさんの伝手で、Sonyの関係者にも見てもらったがとにかく歌と演奏がまずどうにもならなくてどうにもならなかった。
KAZUさんが関わってくれた時期のQUESTは、2004年で活動休止するが、残ってくれたメンバーと再起を望んで、バンドのデモCDとして音楽スクールの方でのレコーディングを続けた。
音楽スクールでレコーディングしたのは、バンド以前に弾き語りもしていた「修学旅行に置き忘れた恋」、新曲の「失くした夏にCarnivalは行く」(作詞/作曲 2004, リリース 2005)、「冷たい屍~僕のユートピア幻想~」(作詞 2003/作曲 2005, リリース 2005)、先述の「Passage-way」の4曲。

※↓こちら(Fan’s Music)で歌詞表示およびフル視聴できます。

「失くした夏にCarnivalは行く」は「Passage-way」の前号『Presenter Vol.2』(2006年3月)のインディーズアーティストのオムニバスCDに収録されたのが初出。(「冷たい屍~僕のユートピア幻想~」はc/wでこちらは、これも前出の『音楽の詩』の第1巻に歌詞が掲載。)

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この号も入手不可だが、旧家に残っていたので旧家に残っていた雑誌の書影とレビュー掲載ページ。

そんなQUESTだが、2004年の暮れには、最後まで残ってくれたメンバーもバンド脱退を表明しているので、最後の「Passage-way」は自分一人になってからレコーディングしている(アレンジは全て、音楽スクールの先生※KURE MUSIC SCHOOL・紅林洋一氏。名古屋の高岳にある個人スクールだった。通い始めた時期から20年後に一度、高岳(泉)に8ヵ月程住んだのだが現在スクールは閉業となっている)。
バンドの休止後には、音楽活動もまだ続ける一方で、自身で詩や童話塾に通って童話も書き始めて自身の道を探っていた時期でもあった。

2006-2009|バンド活動Ⅱ期とその後

2006-2007

2006年になって、一度はバンドを脱退していた旧友のguitar.Hとバンドを再始動する話になり、ベース・Youheiにも声をかけ、新しくドラムを募集して活動を再開した。
この時はまだ、童話塾では童話作家デビューを目指す卵で、詩の投稿も現代詩手帖で選外佳作止まり、色んな賞や媒体に応募したりと試行錯誤、くすぶっていて、音楽活動が再開できるなら再び音楽で、という思いもあった。

この時期は自分以外のメンバーの詞曲や共作した詞曲を演奏したりそれが楽しくもあったが、一年程で活動は終了して、平井は別のバンド、自身は詩の投稿へ活動を移していく。

この時期、バンドレコーディングした曲は「灯」1曲(いずれも自身の作詞/作曲*作詞はYouheiと共作。他に「ステラ」という曲があったがレコーディングが未完成)。
この時期の他の曲はLIVEレコーディング等を翌年にバンドが終了した後にニコニコ動画にアップロードしている(何故か写真はKAZUさんもいない頃の初期メンバーの写真になっている)。「GHOST」(作詞: 久米一晃/作曲:  IMAYUI 2006, リリース 2007)「MIKENEKO,HOMES(みけねこホームズ)」「夜汽車のチケット」(作詞/作曲: guitar.H 2006, リリース 2007)4曲が記録に残っている。

Youtubeの方にもう一曲「ギンモクセイ」(作詞: Youhei/作曲:  IMAYUI 2006, リリース 2007)という曲もこの時期の曲として残っていたので追加。

一方、2007年にRPGツクール2000でRPG「ペペロンチーノ」(後にPLiCy・Freemに未完成作として公開)を作っており、そのゲームBGMをDTMで作っていたが当時は未発表(これが最初に作ったゲームBGMになる)。

2008

この年は「ユリイカ」はじめ3詩誌への投稿がメインになっているのだが(前記事のまとめ参照)、2007年に初音ミクが登場した翌年で、自身もDTMに初音ミクを導入して、2007年から08年にかけてミズタニジュンと共同制作した絵本『アリハック沙漠の旅』のテーマを初音ミク歌唱で作り、ニコニコ動画に初投稿している。(上述のQUESTの曲をニコニコ動画に投稿したのがこの後。)

アリハック沙漠の旅(作詞/作曲 2008, リリース 2008)

他、詩のボクシング三重大会にも出場しており、そこで知り合った佐藤貴宜氏と大会後にQUEST3期を始動準備したが実現しなかった・デモ曲3曲(詞曲: 佐藤貴宜)のみが現存。

ゲームBGMの未公開習作もデータが残っている。(ゲームに関しては中学校の頃からRPGツクールが出る度に買って遊んでいるのだがこの頃はまだ作品を公開したり応募したりということもなく、ただ自分で合間に作っていただけ。)

2009

1月、一年間の詩誌への投稿を経てユリイカの新人に選出。その後は自身の同人誌を立ち上げたり、六本木詩人会に誘って頂き六本木詩人会WEBで詩を発表したり、クリエイティブRPG『蒼空のフロンティア』のシナリオライターとして活動を開始したり、次の活動を模索。

旧QUESTのguitar.Hのプロデュースで自身の「夜汽車のチケット(リメイク)」と、この年、メリーゴーランド童話塾に新人で入った(現)爆乳ショップ店員に平井と共同で「My Place To Die」(作詞: IMAYUI/作曲: guitar.H)を書きおろして収録・PV撮影。当時のmixi動画(現在は終了)に投稿。

My spaceにも投稿していた。

2010

旧QUESTのguitar.Hのプロデュースでバンド時代にリリースできなかった「チークダンス」(作詞/作曲: guitar.H, リリース 2010)を収録してmixi動画(現在は終了)に投稿。これがQUESTの最後のシングル曲となっている。
Youtubeに映像が残っていたので追加。※この映像は2016年に療養していた先の施設の企画で同入所者にいたドラマーの方とスタッフさんとで即席にバンド演奏+施設で撮ったPV映像になっています。

他に、かつてのギター講師Y氏のバンド・キズグスリにボーカル/ギターとして参加して作詞を担当した。2012年まで活動。

2010-2016|ゲーム音楽,ボカロ曲

RPG『Liberation From...』BGM(作曲 2010~2011, リリース 2010~2011)
最初に作ったフリーゲームで、ゲームBGMとしても初めて公開したゲームBGMになった。

ユリイカの新人としてデビューしたものの、詩の仕事もなく、同人誌も売れず、蒼空のフロンティアでは毎回シナリオが満員御礼になる人気GMになるもそれ一本では食べられず、フリーゲームに表現の可能性は感じたもののまだ公開一本目で技術的にも未熟でもどかしい時期ではあった。

2011

既出だが、この年から、過去の楽曲をボカロ曲としてニコニコ動画および、Youtubeには同人誌と同名の"ミルチァン"のチャンネルを開設して、投稿していく。試行錯誤で、チャンネルは複数作ってあり、imayui/DesignBasket(ミズタニジュンと絵本を共同制作した際の自主制作レーベル名)/ミルチァン/milcaks(ミルチァンの音楽チャンネルとして派生)のアカウントで投稿している(Youtubeでは全てミルチァンのチャンネルに投稿)。

2012

RPG『Liberation From...』OPテーマソング(作詞/作曲 2012, リリース 2012)
前出のRPG『Liberation From...』テーマソングとして『Liberation From...2』に使用。※この曲もリメイクを制作しているので、またお知らせします。

この他に後のRPG『ユトレピアの伝説』の原型になった短編RPG『ユメトツキ』のチップチューンBGMも制作。このBGMの一部は『ユトレピアの伝説』にも使用している。

2013

RPG『12亜神伝』BGM(作曲 2012~2013, リリース 2013)
二作目の長編RPG・フリーゲーム。全BGMを作曲・アレンジ。WOLF RPG エディターコンテストに出展・初公開。絵/音楽部門では上位に入っていないが、熱中度や物語/世界観部門で上位に入り、総合では15位だったが、この作品は幾つかのレビューサイトで採り上げられ、たくさんの感想をもらい、攻略サイトを作ってくれる方も現れ...とフリーゲームの可能性を感じた(がそれはゲームの方の話になるので今は割愛)。
また、音楽活動がメインでバンドをしていた頃は何にもならなかった自身の音楽が、このようにゲームを通して・ゲーム音楽としてプレイヤーの人達の耳に流れているというのも不思議というか、こういうこともあるんだなという思いもあったと思う。

AVG『ユカイナお遣い』BGM(作曲 2013, リリース 2013)

このゲームはニコニコ動画の実況(キヨ氏)によって30万回を超える再生数になった。実況を通して、実況のBGMとしても、30万人超がこのBGMを耳にしたのかと思うと、これもまた、不思議な思いにもなる。

2014

RPG『ユトレピアの伝説』BGM(作曲 2012~2014, リリース 2014)
三作目の長編RPG・フリーゲーム。WOLF RPG エディターコンテストに出展して初公開。この作品では、熱中度や物語部門よりも絵/音楽部門で5位と上位に上がり、その他部門で1位、総合グランプリ7位と上位入賞。
全BGMをチップチューンで作編曲して、ドット絵の世界観とマッチしていたのも評価につながったと思う。

物理版のサウンドトラックを2017年にイベントやBOOTHで販売。

ダウンロード版を2023年にDLsiteで販売。

2024年には、ディストリビューターのTuneCoreから、音楽配信を開始。※現在予約開始中です。

RPG※Rl8『Arayasiki Field~ウサギナ憂鬱~』BGM(作曲 2014, リリース 2014)
初めて作ったエロ同人RPGのBGMも全自作した。

AVG『ソラミミ×DIAMOND』OPテーマソング(作詞/作曲 2014, リリース 2014)
『ユトレピアの伝説』の次に制作したAVG『ソラミミ×DIAMOND』テーマソングとして書きおろした曲。唄は初音ミク。
最初の自分でのアレンジと、2017年パッケージ版を販売した際に、アレンジを外部依頼したバージョンが存在。
(この作品のエンディングテーマとBGMの一部はguitar.Hが担当。)

2015

AVG『レシオハーバーへようこそ』OPテーマソング(作詞/作曲 2003(補作詞 2015), リリース 2015)
短編ノベルゲーム。ウディフェスで公開。この曲は、過去曲をボカロ曲として公開する一連の続きとしても、ノベルゲームのOPとしても公開。タイトルそのものは2003年に作曲した時に浮かんでいたタイトル。それがゲームタイトルにもなった。

RPG『夢のお城』BGM(作曲 2015, リリース 2015)
短編RPG。3分ゲーコンテストで公開。

2016

RPG※Rl8『Moricica』BGM(作曲 2016, リリース 2016)
二作目のエロ同人RPGとして制作していたが、この後、ゲームメーカーへの就職が決まったため、未完成部分のRl8を抜いたバージョンをPLiCy(後にFreem)に公開。

2017-2023|ゲームソング作詞

2017

RPG※Rl8『超昂神騎エクシール』EDテーマソング「In Dream of You」(作詞: IMAYUI, 作曲: 水夏える, リリース 2017 アリスソフト)「夢が泣いてる」(作詞: IMAYUI, 作曲: PKタートルズ, リリース 2017 アリスソフト)

ゲームメーカーにディレクターとして採用されたが、最初の仕事として世に出たのがベテランのHIRO氏ディレクター作『超昂神騎エクシール』のEDテーマ。自身の経歴として詩人としての寄稿歴や音楽活動で作詞もしていたことから、作詞を担当させて頂けることになった(TRUEとBADの2曲)。

また一方でこの時期、ゲームメーカーに入社したことでフリーゲームの活動は休止しており、この間の自身の活動としては、過去の詩・童話作品に音楽を付けて動画にしたり、新たに詩作した詩に音楽を付けて電子ドラッグ作品にしたり、という試みをしています。(作曲は主に依頼)
電子ドラッグ作品"タコヤキたべたい"には、imayuiのニコニコ動画アカウントを使用。この活動に関しては、音楽(作詞/作曲)というより動画・映像作品の範疇になると思うので、今回の記事では省略。

2018

アリスソフト『SUMMER STRIKER☆★ -Flash Selection- -』「決戦前」(作詞: IMAYUI, 作曲: DJ C++, リリース 2018 アリスソフト)
ランス・シリーズBGMのボーカルコレクション。『ランス9』の名曲「決戦前」の作詞を担当させて頂いた。

2019年~2020年は自身のディレクター担当作の開発に専念。(主題歌はなかった。)2021年には次の企画に着手。

2022

2022年にゲームメーカーから独立して、個人ブランド(IMYUIC)としてゲーム開発を続行。開発資金を募るクラウドファンディングは目標を達成し、ストレッチゴールも達成、主題歌を制作することに決定。2018年以降は久しく作詞から離れていたこともあって、自身の作詞に改めて向き合うべくボカロPと組んで新曲制作。歌唱はIA。この企画は、プロジェクト的に何曲か作りたかったも仕事と開発の多忙が加速してこの一曲のみを公開。

「七色抽象街にナナイロコナユキの舞う日」(作詞: IMAYUI, 作曲: Jeter, リリース 2022)

2023

RPG『Terminus Historia|境界戦役』OPテーマソング「In the Terminus」(作詞: IMAYUI, 作曲: Shade, リリース 2023 IMYUIC)
アリスソフトからの独立後第一作『Terminus Historia|境界戦役』の主題歌を、元アリスソフトの作曲家Shade氏に担当頂けることとなり、作詞は私が担当させて頂いた。唄はPoston.さん。

サウンドトラックにフルバージョンを収録。

TuneCoreから各種音楽配信サービスへ配信中。

また、「In the Terminus」を音楽配信するにあたって、各種音楽配信サービスやディストリビューター等について色々調べたところから、自身の過去のデータ整理の一環で、自身の音源についても音楽配信サービスに配信することで整理を付けていくこととした。
この年から2024年にかけて、過去のバンド/音楽スクールレコーディングした楽曲をSoundCloudや音楽配信サービスに登録(本記事の一番最初の「Passage-way」等)。

おわりに

自身の音楽についてのまとめは、以上となります。
20代の初めは音楽活動をメインにしていて、それがいつしか、詩になり、ゲームになりと移り変わってきたけど、このように、作詞のみで、作曲のみで、作詞/作曲で、その後も音楽と様々に関わってきたんだなと思います。(歌と演奏は、ヘタだったけど…。)
いつも音楽は、私の創作と共にあったことになるとも言えるのだなと。

現在は、いよいよ音楽もAIで作れる時代となってきて、音楽制作や活動等にも様々な影響・変化が生じることになるだろうし、自身もまたAIが今後更に普及してくる時代に生きるクリエイターとして、今後も関わるであろう音楽についてもどう向き合うべきか、考え、試行や模索をしています。
その上でも、また、自身におけるタイミングとしても、一度こうして自身が作ってきた・関わってきた音楽作品についてまとめをしておきたいと思った次第でした。

今後もこのまとめは、またどこかの時点で更新して新記事として投稿したいと思います。


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