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普通の言葉が素敵な言葉⑤     「とりあえず」

かつて、夏目漱石は「Ⅰ LOVE YOU」を
「月が綺麗ですねとでも訳しておきなさい」と語ったことがある
という有名な逸話。
「好き」や「愛してる」といった直接的な言葉に
負けないくらい思いが伝わる言葉、多々存在する気がします。

普通の言葉が素敵な言葉だなぁと感じます。

「とりあえず生。みゆきは?」
 
庄平は、ネクタイを緩めながら通された座席に腰を下ろした。
みゆきも「私、レモン杯お願いします。濃いめとかできますか?」
とメニューを見ずに続いた。
付けて来たピアスを失くさないようにいようにケースに仕舞いながら、
向かいの丸椅子に座る。
 
「久々に酔っぱらった~。てかまだ5時って早くね?」
「結婚式始まったの昼だったからそりゃそうでしょ。」
「そか」
「てか駿と優。高校ん時から付き合って‥ってホント尊敬する」
「まぁね。とりあえず乾杯」
 
直ぐに届いたグラスを庄平が「乾杯に」とみゆきの方へ向ける。
みゆきもそれに合わせたが「乾杯」とは言わずに、若干呆れた顔を見せた。
 
「庄平さ『とりあえず』って言いながら、
 結婚式ん時からずっとビール飲んでない?」
「まぁね」
「他のも飲めばよかったのに」
「ビールが何かラクなんだよ」
「あと『とりあえず』『とりあえず』っておっさんくさいよ」
「まだ35だわ。同じ年だわ」
「当たり前じゃん、同級生なんだからさ」
「てか‥なんで『とりあえず』っていうか知ってる?」
 
みゆきからは何の返答もなかったが、酔いもあってか庄平は気にせず
うんちくを語り始めた。
 
「昭和の名残りらしいよ。戦後、居酒屋が流行り始めた時って、
 外で飲む酒は日本酒の熱燗がメインだったんだって。
 で‥注文した日本酒が温まるまでの間『とりあえずビールで繋ぐ』
 っていうところから『とりあえず』が流行ったんだって」
「‥‥」
 
やはり、みゆきはノーリアクションのままレモン杯の中のレモンを1個、
口に含んでいる。庄平は慌てて会話を戻す。
 
「俊と優って結局、何年付き合って結婚したってこと?」
「高3からだから17年?18年?すごくない?」
「そう?」
「すごいよ。俊が優に何回も告白して‥優も好きになったんでしょ?」
「そうそう。俺、2,3回段取りしたもん。
 優に『俊が話あるから、とりあえず教室残ってて。って言ってたよ』って   
 繋いだことあった。俺だけで2,3回だからね?
 他の男子も多分、繋いでるから俊、10回以上告白してると思うよ」
「それギリギリ!優がOK出なかったら犯罪ギリギリじゃん」
 
みゆきは笑いながら、
グラスの中から1個取り出したレモンを庄平の顔に向けて絞った。
 
「冷たっ!」
 
庄平のリアクションも気にせず、みゆきは続ける。
 
「でもアオハル感じる~。
 私達ん時、アオハルとかそんな言葉なかったけど。
 てか何回も告白って俊、勇気あるじゃん。今さら尊敬した」
「俺も高校時代、みゆきに4回告白したけどね」
「‥ん?」
「『ん?』じゃねぇよ、『ん?』じゃ。流石に忘れられてたら切ないわ」
「あ~はい。告白されたねぇ」
 
不思議なもので中学・高校時代の恋愛の思い出は、
その倍も生きると「あの時、好きだった」と手品のネタバラシのように
何の照れもなく話せる。
 
「あの時さ、何で駄目やったねんな」
 
庄平は使ったこともない大阪弁でネタバラシの先の答えを求めた。
 
「ん?」
「だから『ん?』じゃなくてさ。」
「あ~。駄目じゃなかったよ?」
「じゃあなんで俺、断られた?」
「あ~。なんとなく」
「なんだそれ」
 
庄平はグラスの残りを飲み干すと、店員さんを探す。
 
「すみませーん。おかわりください。とりあえず生で」
「その『とりあえず』はおかしいって」
「で‥みゆき、高校時代誰かと付き合ってたんだっけ?」
「あ~。後藤君。バスケ部の。卒業してすぐに別れたんだけどね」
「なんで付き合ったの?」
「何回も告白されたんだよ。3回かな?告白されて‥なんとなくね」
「それよ!俺が4回でダメで、なんであいつは3回でアリだったの。
 なんで?」
「あ~。なんとなく」
「なんだそれ」
 
庄平は届いたビールを多めに口に含んで、みゆきに吹っ掛けるふりをする。
 
「やめなって。そういうの嫌われるよ?」
「いいよ。元々好かれてないし」
「うざ」
 
みゆきは、沈殿したレモン杯を回しながら続けた。
 
「庄平さ、いろんな人好きだったじゃん?」
「ん?」
「有名だったよ?」
「女子の間で
 『サッカー部の庄平は惚れやすい。好きな女が多過ぎる』って」
「ん?」
「あんたさ。高校時代、私の他に誰に告白した?」
「直美と‥加奈子、テニス部の。あと、演劇部のさやかと…」
「ほら多いじゃん!」
「それはみゆきに振られたからですよ。みゆきが1位だったんだって。」
「順位付けしてる時点でないから。アイドルのランキングかって話」
「本当に1位だったんだけどなぁ」
「だから1位ってランク付けしてんのが違うんだって」
「なるほど。まぁ大丈夫だわ。今は1人だけだし」
「お。いいじゃん。成長してんじゃん」
「そりゃ成長してるよ。まぁ2位、3位とかが全部消えて…
 1位が残ったみたいな感じだけどね」
「だから、その順位付けがダメだって」
「あ。」
「ま、いいか。で、今の1位はどんな人?」
「とりあえず‥18年前から好きな感じかな」
「おー長い。一途でいいじゃん」
「でしょ?」
「‥ん?18年?」
「とりあえずね、とりあえずやねん」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「私‥彼氏いるよ?」
「ん?」
 
 
 
 
 
 
 
「すみませーん。おかわりください。とりあえず生で」
「あ。私も。2つ。とりあえず生2つでお願いします」


あなたは‥同じ人に何度も告白したことがありますか?

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懐かしい話です。
同級生で、何度も同じ子に告白してた子がいました。
告白されていたのは僕の幼なじみの男の子。

僕は間を取り持つポジションでした。
何度告白しても振られていた子に、
最初の頃は「もうあきらめなよ」と諭していました。

でも、彼女はあきらめなかった。
気づけば僕も途中から「1回付き合ってみたら?」と
彼女側について幼なじみを口説く方に回っていました。

結果的にその恋は実りませんでしたが、
大人になってその2人とお酒を飲むと‥
とても微笑ましい思い出として花が咲きます。

「何回も告白しておけばよかった」と
ちょっと思う時があります。

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