挨拶をしたあとだからうつ向いて会話なしでも許されるはず

先日就職の面接を受けた。面接者控え室に入ると先客が二人いる。先客二人は隣り合って座っていた。「こんにちは、あ、おはようございますか」人の姿を確認すると私はさっそく緊張しはじめる。

私は二人の対面に座った。先にいた二人は会話をしていた。話している内容は嫌でも耳に入ってくる。知人同士でする会話だ。なんだこいつら。いい大人が知り合い同士で面接に来るなんて気持ち悪いな。

採用人数は一人だと聞いていた。三人だけの部屋で二人は会話を続けている。身の処し方に困った私はタブレットを取り出しスキャンした電子書籍を読もうとするのだが二人への不安と緊張で内容が入ってこない。

時間になり担当者が一人目を呼びにきた。一人が出て部屋には二人きりになる。何か話しかけるべきか。以前の私なら不安に負けて話しかけていたはずだ。しかし今は知っている。不安に負けて話しかけても疲れるだけだ。

私はタブレットから目を離さず沈黙を守った。緊張と不安が相手にバレないよう唾を飲み込む際には咳払いをして音をたてた。無理やり会話をする虚しさに比べたらよっぽど楽な無言空間の緊張感を味わう。

部屋を出てから二〇分も経たず一人目は戻ってきた。面接時間は一人当たり三〇分程度を予定しているので三番目である私の面接開始時間は一時間後くらいになるとの説明を担当者から聞いていた。私は思う。一人目の彼は面接官と話が弾まなかったのだな。彼の合格はないな。

「それでは後ほど」一人目は戻ってすぐに二人目にそう言って控室を出ていった。少ししてから二人目が呼ばれた。二人目も二〇分足らずで戻ってきたらいいのに。控室に一人になった私はやっと人心地ついた。同時に面接への緊張が高まる。

面接官は何人いるのだろうか……　何を聞かれるのだろうか……　うまく受け答えができなかったらどうしよう……　ちゃんと相手の目を見ながら話せるだろうか……　胡散臭いと思われてしまったらどうしよう……　緊張すると身振りが多くなるから気をつけなくては……　面接官はきっと私を否定しにかかるはずだ……　私の粗を探そうとしてくるだろう……　そもそも書類審査の段階で私の不合格は決まっているのではないか……　万が一の逸材を期待して面接の場を設けてくれただけで平凡な人間だとわかったらその時点で面接官の私への興味は失われ冷たい態度をとられるのではないか……　そうならないために何か奇をてらった受け答えをした方がいいのかな……　いやでも狙い過ぎだと思われたら逆効果だ……　だったらどの程度のテンションで受け答えすれば狙い過ぎず狙えるのだろうか……　いやいや小細工などせず普通に誠意を持って受け答えをすればいいだけだ……　でも普通ってなんだ……　私は普通に生きてきたつもりなのに周囲とうまく付き合えずに引きこもり人生になってしまったのだからそもそも私の普通はおかしいのではないか……　だとしたらやっぱり奇をてらうか……　いやでもそれをして外したときが地獄だ……　とにかく緊張せず力を抜け……　力を抜きたいけど力を抜いた経験がないから抜き方がわからない……　だめだ考えれば考えるほどわからなくなる……　考えるのをやめないと面接前に疲れてしまう……　でもどうしよう……　

悶々とした二〇分が経過した。二人目はまだ戻らない。そうか。考えてみれば控室に戻ってくる必要はないわけだ。緊張から逃れるために私はポジティブな思考を心がける。二人目も面接官と話しが弾まないだろう。だとしたらもうすぐ私が呼び出されるはずだ。

三〇分が過ぎた。呼び出しはこない。そこからまた五分。もうプラス五分が過ぎた。そして当初予告されていた通りの開始から一時間後に私は呼び出された。二人目は四〇分近く面接官と話したのか。これは負けていられない。緊張を忘れようと私は自分を鼓舞した。

面接会場に入ると面接官は六人おり一人一人が私に質問をした。どの質問にも丁寧に答えたつもりだ。私の受け答えに対して新たな質問をする面接官はいなかった。進行係の人が「もう質問はありませんか」と面接官それぞれに都度聞いてくれた。全ての面接官が「ありません」と答えた。

結果、私の面接時間は十五分だった。会場をあとにして落ち着きを取り戻しはじめて気づいた。「採用となった場合いつから仕事をはじめられますか」「何か希望はありますか」「何か聞いておきたいことはありますか」そういった本来であれば先方が私に問うてくれるはずの質問が一切なかった。

勇気を振り絞って久しぶりに受けた面接がこれだ。私に興味を示さなかった面接官なんて大嫌いだ。誰よりも面接官に興味をもってもらえない何の取り柄もない自分が一番嫌いだ。結果は十日後くらいに郵送されてくる。

万が一で受かってないかなあ……　無理だろうなあ……　受かってたとしてまだ働けるメンタルじゃないかもしれないからなあ……　だったら受かってもこちらから断ろうかなあ……　心配しなくても受かってないよなあ……　いやでも万が一というのもあるかも……

ー　終わり　ー