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指をソーセージに例える先輩

「足の爪長いねん」
そうツッコまれてしまった。

ぼくたちは今、NTC(ナショナルトレーニングセンター)の廊下を歩いて食堂に向かっている。横にいるのは田中佑典さん。リオデジャネイロ五輪の金メダリストでロンドン五輪の銀メダリストでもあるすごい人だ。ゆうすけさんは優しい。同じ大学出身だけど在学中は被ってない。4コ違いなので入れ違いの大先輩なんだけれど、もっと上の先輩経由で知り合い、それ以来すごく仲良くしてもらっている。

昨日もサッカーの代表戦(日本対パラグアイ)が夜テレビで行われていて、サッカーが好きなぼくは一人で観るのはつまらなかったため、誰かと一緒に観戦しようと思いゆうすけさんの部屋をノックした。

コンコン

「はーい」と声がしてドアを開けるとゆうすけさんはiPadで映画を観ているところだった。

「何やってんすか、ゆうすけさん」

「映画観てんねん」

「なんの映画すか?」

「アリー!レディーガガのやつ。知ってる?」

「あー、ぼく観たことありますよ!あれ最後レディーガガが…」

「おー!ちょいちょい!待てい!結末言おうとすな!まだ観始めて10分しかたってないねん」

「そんなことより代表戦ですよ!今やってるんで一緒に観ましょうよ!アリーなんていつでも観れるんですから!」

「あ、そうなん?ほな観よか。」

そうやってゆうすけさんをリビングスペースに引きづり出し、一緒にサッカー観戦をした。全然興味なさそうだった。テレビ画面のボールを追いながら、彼の頭の中では「Born this way」が流れていたに違いない。レディーガガ脳が抜けきれていない、そんな顔をしていた。しょうもない後輩に誘われたあまり興味ないことでも嫌な顔ひとつ見せず付き合ってくれる優しい先輩なのである。

話を戻そう。
そんなゆうすけさんと食堂へと向かう道中、ぼくは3回つまづいた。何もない平坦な道で。3回目につまづいたときにゆうすけさんから言われたのが冒頭のツッコミである。つまづいたのには言い訳がある。

「いや、このサンダル新しくて!ちょっと大きいんですよー」

「そうなん?でも爪も長いで?」

「爪はね。あんまり切らないようにしてるんですよ!力入らなくなるから!」

「お前あん馬しかせぇへんやん!」

ごもっともである。あん馬で足の踏ん張りはいらない。でもぼくが爪を残すようになったのには理由がある。

4年前、2015年の韓国で行われたユニバーシアードの時のことだ。その当時のぼくは爪切りをして爪をあえて残すなんて選択肢はなかった。ひとたび爪を切れば白い部分すべてを切っていた。それは試合当日も関係なく、爪長いなぁと思ったぼくは試合直前の待機時間にサブアリーナでガンガン爪を切っていた。その時はむしろ試合直前に爪の身だしなみまで整えてるなんて余裕を感じさせてかっこいいんじゃないか?とまで思っていた。そこにコーチがやってきて、爪切りをしているぼくを見て「お前、試合直前に爪切ってんのか?」と聞いてきた。

「いや、伸びてたんで。」余裕を感じさせるテンションで言った。もはや余裕を感じさせ過ぎて褒められるのではないか?とも思っていた。すると、

「爪切ると力が入らなくないか?おれが現役のときは絶対直前には切らないようにしてたけどな。」



戸惑いを隠し切れなかった。
(爪を切ると力が入らないだと?そんなこと聞いたことなかったぞ…)

「え、そうなんすか?しょうごはどう思う?」

たまらず側にいた同期の野々村笙吾に助けを求めた。
(ガサツなお前なら『そんなん気にしたことねーな』って笑ってくれるだろう?)

「おれも試合前は切らないな。」

裏切られた気分だった。そこからはあまり覚えていない。
ゆかで吹っ飛び、あん馬では落下した。あんなに余裕ぶってたのにめちゃくちゃ緊張もした。全部、爪切ったせいにした。
それ以来、ぼくは爪を残すようになって試合前は絶対に切らないようになった。(ついでに足の爪もそうした)

ゆうすけさんにもこの一連の話を聞いてもらった。すると

「あー、おれも切らへん。」

「やっぱゆうすけさんもですか。でもなんで爪切ると力が入らなくなるんですかね?」

「それはあれやで。ソーセージと一緒や。ソーセージをそのまま押し付けたら折れてまうやろ?でもソーセージの上になんか固いものがあったらそれが支えになって折れにくくなる、それが爪の役割やと思うで。」

目から鱗だった。長年の謎が解けた。妄信的に信じていた爪を切ると力が入らなくなるということにこんな説得力のある理由があったなんて!あまりにも説得力がありすぎて何も反応できずに変な顔してななめ上の方を見ていると

「なんちゅう顔してんねん!全然ピンときてけぇへん顔やな。例えが悪かったんかな?」

ゆうすけさんは優しい。






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