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【#30】異能者たちの最終決戦 四章【能力 】


今の彼女はサインなんかより、より多くのものを手に入れられる環境にいた。そして今その代償に苦しんでいる。彼女は能力を使い彼のプライベートに侵入できた。そして彼の日記を見ることができた。ファンの間では有名な日記だ。小学生の頃からの良き習慣だった。彼が大好きな祖父からプレゼントされた美しい革張りの日記帳がきっかけだった。興味本位で開いた彼の日記を読み、相馬カオルのことを知れば知るほど、その不幸と苦しみ、葛藤を知ることとなった。彼はビーダッシュの社長谷本幹江の性奴隷だった。仕事を得るためと身をゆだねたが、そこにはドラッグが必ずついて回った。反応しにくい彼の下半身に谷本はドラッグを用い彼の体をもてあそんだ。最初それは気の乗らぬSEXの為だと思っていた。谷本からプライベート用といくつか渡されても最初は使おうとはしなかった。しかし、カオルはドラッグが仕事にうまく作用するのを発見してしまった。不安と緊張がなくなり演技に集中できた。メディア、制作陣からの評価が上がり、大きい仕事が来るようにもなった。彼は谷本にもっと多くのドラッグを求めるようになった。ドラッグの為に体を谷本にささげた。そして気づいてしまった。ああこれが谷本の策略なんだと。最初からこうなるように、泥沼にはまるようにすべて計算づくだったのだと。地獄の底に落とされたと自覚し、酒と薬におぼれた。それがあの事件を引き起こした。彼は死ななかったが、娼婦が死んだ。


さなえは追い込まれていくカオルを見ていたが何もできなかった。怒りよりも絶望が勝った。カオルは死を望んでいた。ある日、自殺をほのめかす日記を書いた文の最後に彼女は一文を加えた。死なないでと。それ以降、カオルは疑心暗鬼になり日記を書かなくなってしまった。


彼女は自分の能力の欠陥を呪った。もしこの能力が使い勝手の良いものだったら彼を救えるかもしれないのに。その欠陥は相馬カオルに関係する場所にしか瞬間移動できないというものだった。最初のコンビニへの移動は彼が出演したアイスのCMが関係していた。彼女は毎日のようにそこのコンビニでそのアイスを購入していた。死体を埋めた森は「真夜中のカフェで」でのロケ地のキャンプ場の森であった。自分の部屋は彼のポスターで埋め尽くされていた。


そして、彼女は死体遺棄という犯罪に手を染めた。相馬カオルを守る為だった。彼のためにやった日記に一文を添えたのに次いでの二つ目の具体的な行動であった。正しいことしたと信じた。だが、社会の常識が観念が彼女を茨の縄で縛り付け、苦しめた。反対にこの不幸を生んだ谷本幹江は罪悪感など少しも持たずに、のうのうと生きていた。世界は平和な顔を見せて存在していた。この世界との乖離の違和感が彼女の能力の拡張を促した。ささいな事だったが、使いやすくなったのは間違いない。瞬間移動する際にわずかな間がある事に気付いた。ほんの一瞬、体が細かく粒子状になり霧のようになる。そして移動先で粒子から実体に変化する。彼女はその時間をもっと長くできないかと試行錯誤した。努力の甲斐あって、その粒子の状態を自分の意志でコントロールすることができるようになった。瞬間移動後もすぐに実体化せずに、透明人間のような状態で移動して、人目に触れない場所で体を現出させた。何とか伸ばしても10秒に満たない時間であったが、安全に実体化できるのは好都合であった。

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