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【小説】異能者たちの最終決戦【#2】

一章 特殊能力保持者の悩み

人は他人に言えない恥ずかしい秘密を持っている。そして、自分は秘密を持ったと自覚すると、とたんに自身が弱くなってしまったように感じてしまう。

 坂の浦高校二年三組、今泉東都、5月4日生まれ、男、身長174センチ、体重61キロ、彼女なし、常に勃起している。
これが誰にも知られたくない秘密を抱えた男の名前だ。彼の日常生活とはまさに秘密を隠し続けることである。

「おいこっちだ!」
東都は叫び、すぐさまボールをもらうと、スリーポイントラインから内に走りこんでいく吉田が視界に入った。東都の前方には相手ガードが立ちはだかる。東都は反射的にフェイントをいれる。相手ガードはつられて両手を挙げた。間髪なくその脇をワンバウンドでパスを通す。バスケットゴールに走りこんでゆく吉田。タイミングは完璧だ。東都からのボールを吉田はそのままスピードを落とさずもらうと、ノードリブルで悠々と、そして鮮やかにレイアップでリングに放りこむ。
「ポソッ」
とボールが網をゆらす。
「おお」
と歓声が漏れる。
吉田は次のゲームを待つクラスメイトにおどけたガッツポーズを見せ、得意げな顔を披露する。
「いまのすごくね?俺すごくね?」
と吉田。
陽気な笑いが体育館に響く。
「バーカ、東都のパスがすごかったんだよ」
と誰かが言う。
賞賛された東都はぎこちない表情。
「東都やるじゃん!(パンッ!)」
「はは…」
友達に肩を叩かれ愛想笑いをする東都。今の彼は冷や汗をかいていた。
(くそっ目立ってしまった…。これじゃ俺にボールが回ってくるぞ)
東都はついバスケに熱くなってしまった。内向的でインドア派の彼だが、時として集中するとこのように鮮やかなプレーを本能的にしてしまうことが彼にはあった。恒常的な勃起症状が発症する前の中学生の頃では、体育でサッカーやバスケとなると味方チームによく重宝がられた。だが、今の彼にはそれがあだとなっている。
「ピーッ」
笛が鳴り試合が再開されるとやはり東都にボールが回ってきた。特に運動が苦手の味方からのパスが多くなった。
(おいおい、かんべんしてくれよー)
何度でも言うが、彼は勃起している。もちろん走りにくい。彼は市販のスポーツ用のサポーターを改造したのをはいているが、これは彼にとって女子におけるスポブラのような意味を持っていた。それにくわえ、ふくらみが目立たない機能も備えているので彼の通常装備となっている。しかし、この装備でもバスケのような短いダッシュを繰り返す競技には彼のムスコはどうしても悲鳴を上げることになる。
(…ヤバイ、痛みが増してきたぞ)
彼は青ざめた表情をしながらバックパスをした。
まるで、彼の人生を暗示するかのように。

この日の体育の授業は雨のせいでサッカーからバスケに変更されていた。彼はとにかく接触プレイだけは避けることを望んだ。なるべくセンターライン辺りにいて、パスまわしに終始する。ときどきスリーポイントを狙い、一生懸命なのをアピール。と心に決める。とにかくゴール下だけは絶対に行くもんか!と教室の窓から雨に向かって誓っていた。

再び東都にボールが回ってくる。ボールをつかむとじっとりと手に嫌な汗をかいているのがわかった。

彼は一年の時の最悪な事故を回顧する。あの日のバスケの試合を思い出すと今でも寒気が走る。あの時、何を血迷ったか彼はリバウンドを取ろうと高くジャンプしたのだ。3人がせめぎあったが反応は一番彼が早かった。ボールに先に触れるのに成功するが着地時にバランスを崩し、相手の上にかぶさった。その時彼は相手のひざに「竿」を強打してしまう。顔面蒼白になる東都。頭も真っ白になった。体中からどっと吹き出る油汗。何とか意識だけはと、激しい痛みの中で懸命になった。かろうじて立ち上がる。体育館の壁まで魂を失った人間のように歩いた。壁まではるか数キロのように感じた。
「東都がキンタマ打ったぞーっ!」
と無邪気な笑い声が陽炎のように聞こえる。
だが、さすがに東都の表情を見て心配した何人かが寄ってくる。東都にはそれが誰かさえ判別つかないくらい重い激痛を感じていたし、視界もまどろんでいた。彼はとにかくほっといてもらいたかった。そして、自分のアソコが今どんな状態なのかパンツの中をいますぐ確かめたかった。折れているかもしれないと暗い想像が働く。
「…大丈夫。…外で空気にあたってる」
とだけ彼は付き添っている誰かになんとか言うことが出来た。彼らが離れると、東都は体育館と校舎をつなぐ外廊下にでる。そこにあるトイレに壁伝いに朦朧と進んだ。時間がたったからなのか、痛みがよりクリアに刺激し始めた。呼吸も苦しい。トイレに入り便座に座わると、10分ぐらいかけてパンツをなんとかおろした。竿が健全なのをなんとか確認すると彼は意識を失った。

(もうあんなのは嫌だ!)

東都は敵陣に走りながら体育館正面の時計を見た。ゲームはまだ3分も残っている。もちろんゴール下なんか行くもんか。出来るだけボールを長く持たないようにしよう。ファールして逃げるのもありだ。悪夢はもう繰り返したくなかった。

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