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脚本「2xxx年 快楽の園へ」

「2xxx年 快楽の園へ」  

●時●1503年 春、深夜

●場所●
ネーデルラントの、ス・ヘルトーヘンボス
ヒエロニムス・ボス(本名 イェルーン・ファン・アーケン)の自宅、彼の寝室

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   男は震える手で、ロウソクに火をつける。
   火の中を、じっと見つめて。

あなた、そこにいらっしゃいますか?
1500年、最後の審判が訪れると、誰もがひそかに信じていた、けれど何事もないままに、あれからもう3年も過ぎました。この3年をかけて、取り組んだ作品を、きょう、ついに、描き終えてしまった。あれは祭壇画なんです。3枚の板が、三面鏡のようになっていて、天地創造にはじまり、両方のパネルを開くと、まずは神がアダムとイブを出会わせる姿、そして中央には・・・・いえ、説明するまでもありませんね、あなたはすべてご覧になっていたのでしょう。あなた、いらっしゃいますか、あなた

   ノックの音。音楽は途切れて。

はい!ようこそ
・・・え、ああ、メルヴェンヌか、驚いた。いや。眠れないのかい?
ああ、今戻ったところだったんだ。描き終えたよ、ようやくだ。どんな?そうだな、とても恐ろしい・・・恐ろしいほど、美しいと、私は思うよ。ありがとう、君にも気に入ってもらえるといいけれどね。長い間、ろくに話もできずに、ひとりにして悪かったね。明日は散歩に出ようか。川沿いの緑がきれいだろう
え?・・・・ありがとう。でも、僕は自分のベッドで眠るよ。ええ?どうした、若い娘じゃあるまいし。君のベッドで眠ったことなんて、数えるほどもなかっただろう?・・・そうだな、一度も、なかった。・・・そうか、生まれたのか。君もこれでおばさん、というわけだな。元気な子が?そうか。そうか。それはよかった。メルヴェンヌ、君は子どもが・・・・ほしかったな。申し訳なかった、僕の、その、僕の問題で。
・・・メルヴェンヌ。僕らが結婚したころ、君はたった今咲いた花の様に美しかったし、今も変わらず、一枚の花びらも落ちていないまま、美しいよ。僕は何度も君に、今だからいうけどね、欲望した。本当だよ、ただ私が・・・。そこは冷えるかな?そう、なら少しだけ、昔話をいいかい。
幼いころ、まだ君が生まれるか生まれないかの頃だ、街に人形のようにかわいらしい少女がいてね、僕はその子に、名前もしらなかったけれど、恋をしていた。いや、恋というのかな、未知なるものへの憧れのような。一度、その少女が僕の目の前で、すてんと転んだんだ、それを僕は助け起こしてやった、その時、笑わないでくれよ・・・

   ♪M1「目覚めの音楽」 

甘い香り 舌の先に
指先が芽吹く 「あっ」 
色彩が身体をめぐる 桃色の あ、あ、あ 疼き
大変だ まるで未知の生物が あ、足の先から あ、操るように 
ああ 味わうように
待って!まだ目覚めたくない

甘い熱が 喉の奥に
内臓が騒ぐ 「ああ」
快楽が身体を溶かす 春色の あ、あ、あ、ひらめき
大変だ まるで僕の体内に あ、熱い泉 あ、溢れるように 
ああ 朝日のように
待てない! 目覚めの悦びを

笑うな、ったら。あったんだよ、僕にだって、そんなときが。君にもあっただろう、まだつぼみの頃に。
あの頃、街で火事があったんだ。大きな火事だった。毛織物の工場から瞬く間に火が広がって、町中を焼いてしまうんじゃないかという勢いだった。みんな我先にと押し合って、人が人を突き飛ばして。これ幸いと盗みを働く連中までいた。怒鳴り声、奪い合い・・・そうだよ、あれはまるで、この世の終わりを見ているようだった

   ♪M2「最後の審判の音楽」

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