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●稽古が始まる前に エゴを捨てる儀式のはなし●

皆様こんにちは!今井夢子です。

私が現在働いているカンパニーSENNSAでは、稽古が始まる前にちょっとした儀式があります。

それは「エゴを捨てる」ためのもの。

稽古場の一か所には、壁にたくさんの小さな額縁がかけられた場所があります。
その額縁の中には、スタニスラフスキーやベケット、ラバン、ピーターブルック、グロトフスキーなど、演出家がリスペクトしている偉大な演劇人たちの写真と、名言が飾られています。

私たちは毎日、各々その額縁たちの前に立って、自分の身体を手でさすります。
まるで身体についた埃を払うような動きです。
これが儀式。
それは、稽古場に持ち込まなくてもよい余計なものを身体から捨て去る、ということを意味しています。

私はこの考え方がすごく好きです。

私たちは普段、俳優で在る前にひとりの人間として生活をしています。
時には、リハーサルとは別の仕事をしなければならずに、思考が切り替わらない日もある。
なんとなく体調のすぐれないときもある。
恋人と喧嘩をして気分がくしゃくしゃになっているときもあるし。
離れて暮らす家族のことが急に心配になって不安な日もあります。
カンパニーの仲間や演出家に対して、イライラしているときもあるかもしれません。

そういった「個人の事情」は、身体の在り方に、とっても大きく影響します。
しかし、稽古場は当たり前だけれど、稽古をする場所。
稽古に不必要な「個人の事情」は、どこかに置いてくるべきなのです。

「個人の事情」という言葉をもう少し置き換えてみると、「私情」「エゴ」「自意識」「余計な緊張」なんて言葉にもあてはまるかもしれません。

「稽古場にエゴを持ち込むな!!」
なんだか一昔前の演出家がタバコをモクモクさせながら言っていそうなセリフです。
もちろん私たち俳優は皆、そんなことはわかっているのです。
自ら好んで、稽古場に「よっしゃー!今日も私のエゴを持ち込んでぶちまけてやるわい!」と思っている俳優なんていないと思います。
けれど、自分の身体と精神を道具にして作品を創っている以上、やっぱり私情と自分とを切り離すことは、すごくすごく難しいことだと思うのです。

この儀式は、偉人たちの写真が見ている前で、彼らの築いていた歴史の先を目指してより良い稽古をするために、自分の意志でエゴをいったん置き去る、ということが出来る魔法なのです。
でも、決まったやり方はありません。
決まっているのは、身体をさする、という方法だけ。具体的なやり方を決めるのは、その日の自分自身です。
自分自身が納得をして、「ここに今自分のエゴを置き去ったぞ」と信じられればそれでいいのです。

嘘みたいですが、これをやると、とてもすっきりと稽古に入っていくことが出来ます。
また、他のメンバーも同じく儀式を済ませてから稽古に入るので、稽古場の空気感はとてもクリアで、建設的な集中力に満ちています。

自分のエゴ、ちゃんと稽古場の外に置いてこれてますか?
騙されたと思って、「エゴを置いていくぞ」と決めて、そして実際に身体でそれを行ってから稽古に臨んでみてください。
少しだけ、空気の感じ方が変わってくるかもしれません。

ちなみ私が抱えている最も大きなエゴは「私はスペイン語が喋れない」という自意識と劣等感。
最初は仲間に英語で説明しなおしてもらうことに、仕方がないとわかっていても気が引けてしまい、なかなか稽古場で言語の問題を切り離しきれずに、集中がぶれてしまうこともありました。最近は、通訳が必要なところとそうでないところが、私も演出家も分かって来たので、ずいぶんそういう乱れも減りましたが・・・新しいエクササイズを始めるときは、テンパったりわからないことにイライラ、してしまうときもまだまだ。

稽古場でのエゴとの向き合い方は、探求が始まったばかりです。


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