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耳鼻科キッズ

近頃どうも耳がボワンボワンして、気になってしょうがない。
両耳ではなく、右耳。
ボワンボワンというのは、突然高い所に行った時や、山の中にいる時になるアレ。
それが日常生活の中で、常になっているような状態。
言っておくが山暮らしではない。

そんな状態が1週間程続くもんだから、そろそろ耳鼻科に行った方がいいだろうと。
幸いにも家からチャリで3分くらいの場所に耳鼻科がある。
前に一度受診した際、そんなに悪い印象を持たなかったのでそこに行くことにした。

予約制ではなく、完全に来た順。
最終受付が18時10分で、俺は在宅ワーク18時終わり。
18時になるとすぐさまPCをシャットダウンして、ほぼ部屋着のままチャリに跨った。

病院に着き、渡された番号札は78番。
今呼び出された番号を見ると56番。
多分1時間はかかるなぁと思い待合席に座る。
俺の後には1組だけ母と子供が受付したが、それで最後だった。

何なら一旦家に帰れるんじゃないかとまで思ったが、待合室の本棚にたくさん本があったので読書でもして時間を潰すことにした。
しかし本棚の中を見ると子供向けの本ばかり。ここ小児科だっけと一度病院名を確かめるくらいだった。
しかし周りを見て納得。子供連れがたくさん座っていた。

子供向けの本を見ると、久しぶりに読みたくなる。特にかいけつゾロリとか、昆虫図鑑など、昔の自分の部屋にあったような本を見ると、久しぶりにあの日の感覚に戻してくれそうな気がするからだ。

しかし待合室にはたくさんの人がいる。大人も子供もたくさんいる。この中では俺は大の大人な訳なのに、かいけつゾロリや昆虫図鑑を読んで、時々ニヤニヤしていたら怖すぎる。
付け加えると2日くらい風呂に入ってない。
髪が風呂に入ってない人のそれになっている。
そんな不潔極まりない俺が子供向けの本を読んでいた所で、変に子供達の興味を注いでしまい親に「あんまり見ないの」という言葉を発しさせてしまうオチまで読めてしまった。

何とか俺が読んでてもおかしくない本はないだろうかと、本棚の端から端へ目を運んでいた際に、楽器の世界 という本を見つけた。

今更こんなの俺が読んでも、という気持ちはあるが、俺がいつまでも本棚でじっとしてるのも怖いのでそれを手に取り席に戻った。

本を開くと、まずは打楽器のコーナーからだ。
ページを開くと一瞬心臓が止まりかけた。
目の前に打楽器が現れた。
目の前というのは、目の前(3D)だ。

分かるだろうか。
御伽話とかの絵本でよくある、あの飛び出してくるタイプの本だ。
お城とかケーキが、3Dみたいに本を開くと出てくるあのタイプ。
あのノリで打楽器が出てきたのだ。

完全にチョイスをミスった。
俺がそのページを開いた途端、周りの視線がこちらに向かれたのを感じて、すぐ本を閉じた。
恥ずかしすぎる。
かいけつゾロリの方が全然マシだった。
飛び出すタイプ、そえばそんなのあった、完全に忘れてた、死角だった。

再び本棚に戻り、楽器の世界とはオサラバした。
次は慎重に決めねばと真剣に選んでいると、さくらももこの「もものかんづめ」を見つけたのでそれに決めた。

ほぼほぼ活字オンリーの本なので、呼ばれるまでその本で時間を潰すことにした。

読み始めてからは本の世界に入る事ができていたが、時々現実世界の子供達の泣き声によってこちら側に戻された。

まだ小学校に入る前か、今年から1年生か、そんな子供達がよく泣いていた。
確かに、子供にとって病院って怖いよなぁと思いながら再び本の世界に入り、また泣き声で戻されて。

さすがにうるさくないか、とまで最低ながら思ってしまったがしばらくして、ちょっとした違和感に気づいた。
「耳鼻科ってそんな怖い?」
という点だ。

耳と鼻を少し覗かれるくらいなのではないのか。俺が前行った時はそんだけだったし。
あと先生も優しい口調だし、コワモテでもない。
歯医者とかなら分かるけど、耳鼻科ってそんな泣く要素あるのか。

でも子供達にとって、〜科とかは一切関係ないのかもしれない。
病院は病院。それ以上も以下もなく、みんな同じなのかもしれない。
病院というだけで子供にとっては厄介な存在なのだ。

そう思うことにしたのだが、それにしてもちょっと変だ。
自分の番が近づくにつれて子供が泣き、呼ばれた瞬間に叫びに変わる。
しかもほぼ全員。
自分の足で病室へ向かう子供は1人もいない。
親が子供を持ち上げて診察室へ入っていく。

そんな病院見た事ないんですけど。
もちろん診察室からの泣き声もガンガン音漏れしているし、待合室の泣き声も向こうに音漏れしているんだろう。
ありきたりな言葉になってしまうが、まさにカオスなのだ。

泣き声に包まれている状態で、さくらももこの本にもいよいよ集中できなくなってきた。
一体あの診察室では何が行われているのか、そっちに興味を持っていかれてしまった。

大きな機械音が聞こえる訳でもない。
ならばどんな治療をしていて、それの何がこの耳鼻科キッズ達に恐怖心を与えているのか。

そしてこの後俺は、この目で真実を見る事になる。
そう思うと、こっちまで緊張してきたではないか。
しかし俺は自分の足で入っていかなければならない。誰も俺の事を持ち上げてはくれない。

息を飲み、顔の原型が分からない程くしゃくしゃになっている耳鼻科キッズ達が、1人、また1人と、診察室に放り込まれている様を、ただ見つめるしかなかった。

そうしているうちに、俺が診察室に入る番が回ってきた。
あの耳鼻科キッズ達が見た景色は、どんなものだったのだろうか。

診察室の椅子に座り、先生に症状を説明する。
やはり先生は以前と変わらない。

「とりあえず耳の中見ますね」
そう言い先生は耳の中を見てくれている。
痛くもかゆくもない。

次に先生は
「鼻の中も見ますね」
と言い、細長い棒を取り出した。

その瞬間に腹を括ろうとしたが、その隙もなく突っ込まれた。
インフルの検査の時にするアレだ。
やっぱ痛い。
片方の鼻がやり終わったら、すぐさまもう片方にも突っ込まれた。

そりゃ泣くよ、耳鼻科キッズ。
痛いの2連続は嫌だよ誰でも。

先生が言うには、耳がボワンボワンするのは、鼻水が溜まっており、それが影響しているのではないかと言う。
耳と鼻は繋がっており、その間に鼻水が入り込んでいるという事だ。

なるほどな、と思ったその瞬間、先生が予期せぬ言葉を口にした。

「という訳だから、耳と鼻を貫通させてみるね」

?!
何も言葉が出ず止まってしまった。
しかし俺が硬直している間に、先生と看護婦は長い管のような物を手に取り準備を進めている。

そんな治療ある?
今、令和ぞ?
耳鼻科キッズ、俺が悪かった。
少しでもうるさいと思った事を許してほしい。

耳と鼻を貫通させるといっても、鼻の奥から風を出し、耳からその風が出てくるようにする、という内容だった。

まず鼻に管のついた長い棒を突っ込む。
耳には管をちょっとだけ入れて待機。
鼻に突っ込んだ長い棒から、シュッと風が出るようになっている。
ただし、耳に風を送らなきゃいけないのでこの棒をかなりの所まで突っ込む。
もうインフルの検査なんてもんじゃない。

行く所まで行ってるため、勝手に口が開いてしまう。
当たり前だがむちゃくちゃ痛い。
どれくらい痛いかというと、我慢もできず笑うしかなかったくらい。

その棒から風が出て、耳まで行かず途中で止まる。
風が出て、また途中で止まる。
また途中で止まる。
地味に長い。
何回かやって、ようやく耳から風が抜けた。
その瞬間だけ、ちょっと気持ち良かったが、全然余裕で痛みもある。

情けないが半泣き状態だったと思う。
風が通ったので棒を鼻から抜いて、俺の表情を察したのか先生が
「よく頑張ったね、えらい、えらいね」
と、子供に普段かけているんであろう言葉を俺にもかけてくれた。

俺は今年で25歳になる。
しかしその瞬間から、俺も耳鼻科キッズの一員になったのであろう。

診察室を出ると、鼻と口の奥から鉄の風味がする。
やっぱ出血してんじゃねえかよ。
耳のボワンボワンはどうなったかというと、まだ痛くてそれどころじゃない。
痛すぎて何ならさらに悪くなってるような気もする。

病院の帰りに薬を受け取った。
謎に5つも。
しかし俺はこの5つの薬で、何としても治さなければならない。
もうこんな散々な思いをしたくないからだ。

家に着き、やっと一息つけると思いメンソールのタバコを吸うと、スッと爽やかに風が通っていった。

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