見出し画像

#2 脱絶対自炊主義 ~Clean Banditの音楽から教えてもらったこと~

⇒「#1 通行人Aの徒歩20分」の続き

空っぽのお腹で眠ると血液が身体の隅々にまで行き渡ってくれる心地がする。おかげで目覚めが苦しくない。それに相まって、いい朝だった。窓から射しこむ柔らかい朝日が目覚まし時計の鳴る10分前に瞼を撫でて、僕をベッドから軽快に立ち上がらせてくれた。

ラズベリーを除いて、昨晩はなにも食べられなかったけど、空腹は感じない。ただ身体だけがいつもよりも軽くて、思わずジャンプでもしたい気分だった。そんな気持ちいい気分のままに、スマホとイヤホンだけ持ってランニングに駆け出した。

BGMはClean Banditの2019年の作品「What is Lone ?(Deluxe)」。聞いたことのない音楽を聴きたかったからApple Musicのリコメンドに出てきたこの作品を選んだ。Clean Banditはヒット曲を少しYou Tubeで聞いたことがあった程度で、作品として味わうのは初めてだ。

走り出して鼓動が早まりはじめたところでだった。一曲目の「Symphony」から”dancing in your heart beat”という詞が聞こえてきた。まさに僕はこの音楽の中で踊るように走っていて、僕の高鳴る心臓の音と一緒に音楽は耳元で奏でられていた。気持ちいい。あるべき音があるべきテンポとリズムの中に置かれ、ひとつの確立した調和の中にいるかのようだった。音楽と肉体運動がミックスする一体感は生きていくことのつらさを忘れさせてくれる。そしてサビパートが来た。

”I just wanna be part of your symphony”

だれかの一部になれたら。僕はいまこの曲の一部と融け合って、同じリズムとテンポで走っていた。それだけでもこんなに気持ちいいんだから、誰かの一部になれたらどんなに気持ちいいことか。

ひとりぐらしをはじめてからつくづく実感する。一人で暮らしているわけだから、家事も仕事も体調管理もすべて自分で管理して回さなければならない。手足を緩めればQOL(Quality Of Life)なんてすぐさま垂直落下する。自分の幸福度はすべて自分が死守しなければいけない。

こんなふうに「~しなければいけない」という考えがホント増えた。例えば料理。家計簿をつけてみると、食費にかかる割合の大きさに驚いた。外食やスーパーの総菜中心で食事を組み立てたら家計が圧迫するのは目に見えた。

だから自炊しなきゃと思い、料理をしている。料理をすることは嫌いじゃない。自分が作ったものがおいしかったら嬉しいし、色んなものを作るほど、味に対するイメージが濃くなって、レシピ無しでも、こういうふうに作ればこんな味に仕上げられるということが分かるようになっていく。

だけど、仕事が忙しくて、料理を作る暇がないときもある。そういうときは仕方なくインスタントのもので済ませるのだが、「料理を作らなければ」と決めた自分を裏切ったような気持ちになって、自分で自分の評価に×(落第点)をつけてしまう。要するに、自分はなんてダメな奴なんだろうって思い込んでしまう。もっとうまくやりくりできたかもしれないって思ったり、料理する時間を奪った仕事に恨みつらみを吐き出したりしてしまう。

「~しなければいけない」っていう考えは、僕にいままでしてこなかった大事なことを経験させてくれる反面、できなかったときに×を与える一種の呪いだ。

この呪いはどうしたら解けるのか。ずっと考えていて、ランニング中に聴いていたこの音楽からヒントをもらえた。

結局、誰かが誰かの一部となり合って、支え合うしかないんだ。

一人でできることなんて限りがあって、仮に一人ですべて完璧に完結できたとしたら、それは運よく環境に恵まれているだけだ。大抵の庶民にとって、忙しい毎日の中で完璧に自己管理するのは(特に僕のように理想が高くなってしまうタイプは)とても難しい。だから、人は誰かと一緒になって、そのために人は人を愛するという機能を持っているんじゃないだろうか。厨二的な発想かもしれないけど、恥ずかしながらも抱き続けたい。

それは妻が夫を支えるという意味じゃない。それは支え合いではなく、時代錯誤の性別役割分担に過ぎない。

きっと誰かと一つ屋根の下で暮らすことになっても、お互いに忙しくてバタバタした生活になるのかもしれない。早く帰宅したほうが食事を作って待っているなんてできれば最高だ。だけど、そんな理想は大抵叶わない

二人とも夜遅くくたくたになって、コンビニの袋を腕にぶら下げて各々別の食事をバラバラな時間に取るのが当たり前になるかもしれない。勿論できるかぎり頑張って料理を作りたい。だけど、たとえそんな食生活になっても、たまにはこういうのもいいよねって笑い合えれば、呪いが解けるんじゃないだろうか。

それが誰かの一部となって支え合うということで、きっと音楽と融け合って身体を踊るように動かす以上に心を安らかにさせてくれる。

I just wanna be part of your symphony.
(♪ただあなたのシンフォニーの一部になりたい)
Will you hold me tight and not let go?
(♪わたしを強くつなぎとめて離さないで)
Symphony
(♪シンフォニー)
Like a love song on the radio
(♪ラジオから流れるラブソングのように)
Will you hold me tight and not let go?
(♪わたしを強くつなぎとめて離さないで)

自分自身に×を付けてしまう呪い。
その呪いがいつの日か解けるのを妄想しながら、僕は朝に走り、その後の美味しい朝食に向かっていただきますと手を合わせる生活を送っていきたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?