専属契約における恋愛禁止条項(3)

両裁判例の相違点

(1)芸能事務所と所属アイドルの関係性

 前々回、前回と、恋愛禁止条項に関する裁判例をご紹介してきましたが、今回は両事案が結論を異にした背景を探るために、事実関係と裁判所の判断の相違点を見ていこうと思います。
 まず、芸能事務所と所属アイドルの間では専属契約が締結されていますが、両者の力関係について考えていきます。なお、両事案は、いずれも専属契約締結時、所属アイドルは未成年でした。
 東京地裁平成27年9月18日判決(以下、「27年判決」といいます。)では、専属契約については、所属アイドルが自ら署名押印していること、規約については芸能事務所が所属アイドルと読み合わせを行っていることを認定したうえで、交際禁止条項について所属アイドルが認識していたと判断しています。このように、27年判決では、裁判所は、芸能事務所と所属アイドルが対等な力関係にあることを前提にしていると考えられそうです。
 他方、東京地裁平成28年1月18日判決(以下、「28年判決」といいます。)では、芸能事務所側が被告アイドル以外にも多数の女性アイドルをマネジメントしてきている一方、被告アイドルは19歳9ヶ月であることや、専属契約において、被告アイドルの得られる具体的な報酬基準が定められていないことから、専属契約が、被告アイドルが主体となった契約ではなく、芸能事務所の具体的な指揮命令下で、芸能事務所が定めた業務に被告アイドルを従事させることを内容とする雇用類似の契約であると評価しています。これは、芸能事務所と所属アイドルには力関係が存在していることを前提とした判断であると考えられます。

(2)恋愛禁止条項の有無

 27年判決の事案では、「ファンとの親密な交流・交際が発覚した場合」に芸能事務所が専属契約を解除して損害賠償を請求できるという恋愛禁止条項が明文で定められていました。他方、28年判決の事案では、「ファンと性的な関係を持った場合」であって、芸能事務所が損害を負った場合に損害賠償を請求できるという定めはあったものの、交際を禁止するという明文の規定はありませんでした。

(3)発覚の経緯

 27年判決では、アイドルとファンの交際が他のファンに発覚したのは、交際相手の撮影した写真が他のファンを経由してアイドルグループの他のメンバーに渡ったことに起因しています。他方、28年判決では、被告アイドルの契約解除通知を受けて、芸能事務所が他のファンに交際の事実を公表したという違いがあります。特に28年判決では、ライブ会場において、交際の事実を公にしたのは芸能事務所側であり、被告アイドルではないことを、損害賠償が認められない根拠の一つとしており、28年判決は発覚の経緯を重要視しているようにも思われます。

(4)損害の認識

 27年判決では、不法行為の成否について、「異性とホテルに行った行為自体が直ちに違法な行為とならないことは、被告らが指摘するとおりである。しかし、被告アイドルは当時専属契約等を締結してアイドルとして活動しており、交際が発覚するなどすれば、本件グループの活動に影響が生じ、原告ら(芸能事務所)に損害が生じうることは容易に認識可能であったと認めるのが相当である。」として、被告アイドルの故意又は過失を認定しています。他方、28年判決では、前回ご紹介した異性との合意に基づく交際を妨げられない自由及びアイドルの私生活上の秘密を踏まえ、「原告(芸能事務所)が被告アイドルに対し、被告アイドルが異性と性的な関係を持ったことを理由に損害賠償を請求できるのは、被告アイドルが原告に積極的に損害を生じさせようとの意図を持って殊更これを公にしたなど、原告に対する害意が認められる場合に限定して解釈すべきである」と判断しました。すなわち、アイドルが芸能事務所に損害が生じうることを認識可能であったことでは足りず、積極的な害意まで要求したものです。
 所属するアイドルとしては、交際の事実は隠すものと思われますし、わざわざ自ら積極的に芸能事務所に損害を生じさせるような意図をもって、交際の事実を公にすることはほとんど考えられないように思います。すなわち、28年判決の考え方によれば、損害賠償請求ができる可能性はかなり限られるのではないかと考えられます。

本当にアイドルの恋愛が発覚すると、ファンは離れていくのか?

 さて、以上のとおり両判決の相違点を確認してきましたが、他方で、両判決は次のようにアイドルの交際発覚の影響について判断しているようです。

 「芸能プロダクションにとって、アイドルの交際が発覚することは、アイドルや芸能プロダクションに多大な社会的イメージの悪化をもたらすものであり、これを避ける必要性は相当高いことが認められる。」「そして、本件においては、本件写真が既に一部のファンに流出していたのであるから、本件写真がさらに流出するなどして本件交際が広く世間に発覚し、本件グループや他のアイドルユニット、ひいては原告らの社会的イメージが悪化する蓋然性は高かったと認めるのが相当である。」

(27年判決)

「確かに、タレントと呼ばれる職業は、同人に対するイメージがそのまま同人の(タレントとしての)価値に結びつく面があるといえる。その中でも殊にアイドルと呼ばれるタレントにおいては、それを支えるファンの側に当該アイドルに対する清廉さを求める傾向が強く、アイドルが異性と性的な関係を持ったことが発覚した場合に、アイドルには異性と性的な関係を持って欲しくないと考えるファンが離れ得ることは、世上知られていることである。」

(28年判決)

 このような考え方は本当に現代のアイドルに妥当するものでしょうか。たしかに、昨今でも、アイドルやVtuberに恋愛やその疑惑が生じた際に炎上する事例もよく観られます。しかしながら、従前のアイドルと異なり、昨今のアイドルはSNS等による自己ブランディングを多用する傾向にありますし、いわゆる地下アイドルなど、ライブ等におけるファンとの交流を活動のメインに据える場合も多いように見受けられ、いわゆるアイドルの「神秘性」のようなものが、現代のアイドルにまで妥当するのかは疑問があります。また、ファンの心情は理解できますが、「推し」が幸せになることを応援するのもまたファンではないかとも個人的には思います。したがって、交際それ自体が発覚しても、それがアイドルのイメージを必ず悪化させるかというとそうではなく、具体的な事案によって全く異なるのではないでしょうか。むしろ炎上は、恋愛の発覚それ自体ではなく、それ以外の契約違反による等の事情によることも多いように感じます。加えて、社会的イメージが悪化するとして、それがどの程度現実的な損害として生じ得るのかについても疑問があります。
 いずれにしても、ファンがどのようなアイドル像をそのアイドルに求めるのかという価値観は、今後のアイドルの活動範囲の変容により、並行して変わっていくものと思われます。

芸能事務所側の立場に立つと

芸能事務所側の立場に立つと 芸能事務所としては、所属アイドルの交際の事実を把握した場合には、27年判決に沿って、専属契約の恋愛禁止条項違反を端的に主張していくことになります。しかしながら、28年判決によって立つと、損害賠償請求ができる場合について慎重な判断がされることになります。また、恋愛禁止条項自体も、アイドルの自己決定権を過度に制約しないよう、その規定ぶりを慎重に検討すべきです。交際発覚を自ら公表するなどの対応も控えるべきでしょう。

所属アイドル側の立場に立つと

 所属アイドルとしては、芸能事務所側からの恋愛条項違反に基づく契約解除や損害賠償請求については、28年判決に沿った主張をしていくことになるでしょう。また、自ら交際していることを明らかにすることはリスクがあることに留意すべきだと思います。

まとめ

 今のところ、恋愛禁止条項に関する両裁判例の考え方は、アイドルだけではなく声優、YouTuber、Vtuberなどにも同様に妥当するように思われます。今のところ、他の裁判例は確認できていないですが、今後も類似裁判例が出た場合にはご紹介します。

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