専属契約における恋愛禁止条項(2)

恋愛禁止条項に関する裁判例(2)東京地裁平成28年1月18日判決・判例時報2316号63頁

(1)原告の請求について

 事案は、芸能事務所(以下、原告といいます。)が、専属契約を結んでいた女性アイドル(以下、被告アイドルといいます)及びその交際相手のファン(以下、被告ファンといい、被告アイドルとあわせて被告といいます。)に対し、逸失利益等の損害賠償を求めたものです。なお、逸失利益とは、将来において本来であれば得られたはずの利益のことをいいます。原告は被告に対して、主位的には専属契約の債務不履行又は不法行為に基づいて、また予備的には、不利な時期に専属契約を被告が解除したとして民法651条2項に基づく損害賠償請求をしています。
 主位的請求・予備的請求の関係は、「まず主位的請求を判断してください。主位的請求が認められない場合には、予備的請求を判断してください。」と原告が自ら請求の順序付けをするものです。つまり、「被告に専属契約の債務不履行(約束違反)または不法行為があります。それが認められないとしても、専属契約は委任契約であって、民法651条1項は当事者がいつでも委任契約を解除できると定めているところ、同2項が『相手方に不利な時期に委任を解除したとき』には相手方の損害を賠償しなければならないと定めており、被告アイドルが原告の不利な時期に専属契約を解除しているので、損害が生じています。」との請求をしていることになります。
 このほか、原告は被告に対し交通費を詐取したとしてその損害賠償を、被告アイドルの両親に対し、監督義務違反に基づく損害賠償を請求していますが、テーマと少しずれるので今回は割愛します。

(2)原告が請求をするまでの経緯

 原告と被告アイドルは平成24年に専属契約を締結したところ、平成25年に被告アイドルと被告ファンが交際を開始し、男女関係を持ったようです。
 その後、平成26年に、被告アイドルが原告にアイドルをやめたい旨伝え、ライブ等を無断で欠席するようになりました(ただし、ライブは中止されることなく開催され、チケットの払い戻し等もありませんでした。)。
 さらに、被告アイドルから原告に対し、民法651条1項に基づいて、専属契約を解除するとの通知がなされたようです。
 これを受けて原告が、被告アイドルの所属するグループのライブ会場において、ファンに対し、被告アイドルがグループから脱退したこと、被告アイドルがファンと交際していたことが重大な契約違反であり、これが脱退の理由であることを説明しています。

(3)恋愛禁止条項?(専属契約の定め)

 さて、原告が重大な契約違反としている被告ファンとの交際ですが、原告と被告の間の専属契約には、厳密には平成27年裁判例のような恋愛禁止条項はなかったものの、「ファンと性的な関係をもった場合」、「あらゆる状況下においても原告の指示に従わず進行上影響を出した場合」、「その他、原告がふさわしくないと判断した場合」であって、原告が損害を負った場合は、原告が損害賠償請求できる旨の定めがありました。

(4)争点と当事者の主張

 今回も争点は複数ありますが、主位的請求に絞ってご紹介します。
 まず、原告の主張はおおむね次のとおりです。
・被告は交際を継続し、ライブ等に無断欠席したことで専属契約の上記定めに違反しているため、債務不履行にあたる。
・ファンとの交際やライブの欠席は被告アイドルの明確な故意によるもので、原告の業務妨害にあたり、不法行為にもあたる。
 次に、被告の主張はおおむね次のとおりです。
・ファンと交際していたことは認めるが、原告に損害を与えようとの故意はない。
 たしかに、原告の主張するとおり、被告アイドルは専属契約の定めに反してファンと交際したり、ライブを欠席していることから、平成27年とパラレルに考えると、主位的請求は認められるようにも思われます。

(5)裁判所の判断

 しかしながら、裁判所は、結論として、原告の主位的請求を認めませんでした。その理由は次のとおりです。
 まず、裁判所は、被告アイドルの被告ファンとの交際やライブの欠席については、形式的には専属契約に違反すると判断しつつも、それが債務不履行又は不法行為にあたり、被告が損害賠償義務を負うかについてはなお考慮すべき事項があるとしました。
 その上で、以下のように判断しています。
・ファンはタレントに清廉さを求める傾向があり、アイドルがファンと性的関係を持ったことが発覚した場合に、ファンが離れていくことも知られている。事務所側が、アイドルの価値を維持するために、異性との性的関係ないしその事実の発覚を避けたいと考えることも当然といえる。
・そのため、芸能事務所が専属契約において異性との性的な関係を制限する規定を設けることも、芸能事務所の立場に立てば一定の合理性があると理解できないわけではない。
・しかし、他人に対する感情は人としての本質の一つであり、恋愛感情もその重要な一つである。恋愛感情の具体的現れとしての異性との交際、さらには異性との性的な関係を持つことは大切な自己決定権そのものであり、異性との合意に基づく交際(性的関係も含む。)を妨げられない自由は、幸福を追求する自由の一内容をなす。
・損害賠償という制裁をもって交際を禁ずるのはアイドルという職業上の特性を考慮しても行き過ぎな感が否めず、芸能事務所が、専属契約に基づき、所属アイドルが異性と性的な関係を持ったことを理由に損害賠償を請求することは、上記自由を著しく制約する。
・また、異性との性的関係を持ったか否かは通常他人に知られることを欲しない私生活上の秘密である。
・そのため、原告が被告アイドルに対し、ファンと性的な関係を持ったことを原因に損害賠償請求できるのは、被告アイドルが原告に積極的に損害を生じさせようとの意図を持って殊更これを公にしたなど、原告への害意がある場合に限ると限定して解釈すべきである。
・実際に交際の事実を公表したのは原告であり、被告アイドルには害意はないことから、原告の被告に対する債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償は認められない。
 なお、裁判所が予備的請求について、専属契約は、雇用契約類似であると評価しており、この点も興味深いのですが、今回のテーマとは少し離れるので、別途コラムを設けることとします。

今回のまとめ

 今回ご紹介した裁判例は、前回のものと異なり、専属契約の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求を認めませんでした。その理由として、アイドルの「異性との合意に基づく交際(性的関係も含む。)を妨げられない自由」を持ち出し、アイドルに害意がある場合に限定して損害賠償請求ができるとの規範を定立したことが非常に興味深い点です。
 さて、次回は、両裁判例を振り返り、恋愛禁止条項についての総まとめとします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?