専属契約における恋愛禁止条項(1)

はじめに

 今回から全3回にわたり、恋愛禁止条項に関する裁判例をご紹介します。
 アイドル、声優等の芸能人は、通常、芸能事務所との間で専属契約(マネジメント契約ともいいます。)を締結することとなります。これにより、芸能人はその芸能事務所の専属となる一方、芸能事務所が芸能人に代わり、その出演を番組制作会社等に営業していくことになります。芸能事務所への所属により、芸能人は芸能事務所の営業力を利用することができ、自らは芸能活動に集中できるという大きなメリットが存在します。
 ところで、芸能事務所は、専属契約をした芸能人に対し、宣伝・広告等の初期投資を行い、芸能人の人気が上昇して売上げが伸びた段階で投資を回収するというビジネスモデルをとっています。そこで、専属契約においては、芸能事務所が考えるその芸能人の理想像を前提とした条項が盛り込まれることが多く、ときにそれは芸能人の自己決定や行動を制限することになります。たしかに、アイドルには交際相手がいてほしくないと思うファンが一定数いることは否定できないものと思われます。しかしながら、アイドルと芸能事務所の間の専属契約において、アイドルの恋愛を禁止するような条項があった場合、そのような条項は常に有効なものとなるのでしょうか。 

恋愛禁止条項に関する裁判例(1)東京地裁平成27年9月18日判決・判例時報2310号126頁

(1)事案の説明

 事案は、芸能事務所等の2社(以下、あわせて原告といいます)が、アイドルグループの一員として活動を行っていた方(以下、被告といいます)に対して、債務不履行又は不法行為に基づいて損害賠償請求をしたというものです。
 この事案をもう少し詳細に説明すると、後記(2)の恋愛禁止条項が原告と被告の間の専属契約や規約に定められていたところ、被告がファンと二人でラブホテルに入り、その後その事実が発覚したため、原告が、アイドルグループを解散させたうえで、被告に損害賠償請求をしたというものです。
 なお、債務不履行とは、おおまかにいえば、契約で決めた事柄を守らなかったということを意味します。また、原告は、債務不履行又は不法行為という請求の立て方をしています。これもおおまかにいえば、「被告は契約で決めた事柄に違反したので損害賠償を請求します。また、被告の行為によって原告の権利が侵害され、損害が生じたので損害賠償を請求します。」という意味になります。

(2)恋愛禁止条項

 さて、それでは原告のいう、契約で決めた事柄とはなんだったのでしょうか。原告と被告の間の専属契約と原告が被告に交付した規約(以下、あわせて専属契約等といいます。)には、それぞれ次のような規定がありました。
・ファンとの親密な交流・交際等が発覚した場合に、原告が専属契約を解除し、損害賠償請求ができること
・私生活において男友達と二人きりで遊ぶこと、写真を撮ること(プリクラ)を一切禁止し、発覚した場合は即刻芸能活動の中止及び解雇とすること
・CDリリースをしている場合,残っている商品を被告が買い取ること
・異性の交際は禁止であること

(3)争点と当事者の主張

 争点は複数ありますが、ここでは、恋愛禁止条項に関する点のみ記載していきます。
まず、原告の言い分は次のとおりです。
・専属契約等には恋愛禁止条項が定められており、被告は、恋愛禁止条項があることを知りながらファンとホテルに入っているため、債務不履行及び不法行為にあたる。
 これに対して、被告の言い分は次のとおりです。
・規約に署名押印したのは被告の母親であって、自らは説明を受けていないため、恋愛禁止条項の認識がない。
・被告の所属するアイドルグループの他のメンバーも異性との交際をしていたが、他のメンバーは処分を受けていないため、恋愛禁止条項は死文化しているうえ、公知の事実になっていない以上は異性との交際は黙認されていた。いまだホテルに入った事実が世間に知れ渡っていない以上、原告に損害賠償請求権は生じていない。
・被告がファンとホテルに入ること自体は違法なものといえず、原告の権利は侵害されていないため、不法行為にもあたらない。

(4)裁判所の判断

 まず、裁判所は、被告の言い分の一つ目(恋愛禁止条項を認識していなかったという点)について、被告は専属契約には自ら署名押印していること、規約については、被告と原告が読み合わせを行っていることを認定し、被告は恋愛禁止条項を認識していたと判断しました。
 次に、被告の言い分の二つ目(恋愛禁止条項の効力)について、裁判所は、アイドルグループの活動開始にあたり、原告が各メンバーに交際相手と別れるよう通告し、交際相手がいたメンバーが交際相手と別れた旨の申告をしたという事実、活動開始後も交際を続けていたメンバーがいたものの、当該メンバーは交際を原告に隠していた事実、原告は他のメンバーに対し処分をしていないものの、他のメンバーの事案がファンからの性被害であったことや、他のメンバーが原告に協力的であったことから処分をしなかったにすぎない事実を認定した上で、恋愛禁止条項は死文化していないと判断しています。
 そのうえで、被告がファンとホテルに入った事実が他のファンや原告に発覚していることから、被告の行為は恋愛禁止条項の違反にあたることは明らかと判断しました。
 さらに、被告の言い分の三つ目(不法行為の成否)については、一般に異性とホテルに行った行為自体は直ちに違法な行為とはならないものの、被告は当時専属契約等を締結してアイドルとして活動しており、交際が発覚するとアイドルグループの活動に影響が生じ、原告に影響が生じることは容易に認識できたとして、不法行為の成立も認めています。
 以上のとおり、裁判所は、被告は原告に対して、恋愛禁止条項が有効であることを前提に、債務不履行責任及び不法行為責任を負うと結論づけました。

今回のまとめ

 さて、本裁判例をみると、原告と被告の契約関係を重視し、恋愛禁止条項が有効であることを当然の前提として被告の債務不履行責任や不法行為責任を認めているように思われます。
 しかしながら、恋愛禁止条項は、アイドルの人権を過度に制限するものとして、問題がありそうです。およそどのような場合であっても、恋愛禁止条項に反した場合には専属契約の解除や所属事務所側側からの損害賠償請求が認められるのでしょうか。次回は、恋愛禁止条項に関するもう一つの裁判例をご紹介します。

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