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諦めなかった味

お酒だけではないけれど、何かを作る時に重要なのは素材と技術。ワインの場合はそれはブドウ栽培と醸造にあたります。
ブドウと言っても世界中には何百種類とブドウの種類があり、それぞれ特徴が異なるので、どのブドウを使うかによって醸造方法も変わる。その組み合わせをどう選ぶかによってどんなワインになるかが決まります。

日本で作られているワインの特徴の1つは「ヴィティス・ラブルスカ」という種類のブドウを使ったワインが多く作られていること。
「ヴィティス・ラブルスカ」とは、通常食用として消費されることが多いデラウェアやナイアガラ、キャンベル・アーリーなどの品種で、北陸大陸原産、湿気に強く耐病性があり、日本で栽培するのに向いています。(巨峰は「ヴィティス・ラブルスカ」とワイン用の品種「ヴィティス・ヴィニフェラ」を掛け合わせています)

食用品種は、そのまま食べて美味しいことが一番の条件なので、甘みがあり、水分が多く瑞々しいのが特徴。
ピノ・ノワールやシャルドネ、カベルネ・ソーヴィニョンといったワイン用のブドウを食べたことがある方はお分かりだと思うのですが、ワイン用の品種というのはそのまま食べても皮が厚くて酸味が強く、そして果肉部分も少ないためあまり美味しくありませんが、それ故に凝縮感のあるワインになります。
では、食用品種でワインを作るとどうなるかというと、ワイン用品種よりも水分が多いため、醸造するとワインも凝縮感はあまりなくワイン用品種と比べると薄く感じてしまいます。
そして、食用品種の香りは独特の華やかさがあり、欧米のワイン好きの方からは「フォクシー・フレーバー」と言われ嫌われることが多いです。
日本では「狐臭」と言われていますが、ワイン自体に狐の匂いがある訳ではなく、これらのブドウを狐や鹿が好んで食べたことからこの名が付いたそう。
北米では、「フォックス」という人がヴィティス・ラブルスカの香りについて指摘したと言われており、そのため「フォクシー・フレーバー」という名が付いたとも言われています。

欧米では嫌われることの多い「ヴィティス・ラブルスカ」のワインですが、日本ではその特徴をむしろ魅力と捉え、多くのワイナリーでヴィティス・ラブルスカ種を使ったワインを作っています。
悪く言えば薄く感じてしまう味も、日々食べる家での食事とはちょうどいいバランスで、気兼ねなく普段飲むのにぴったりの味です。
と、私も今までヴィティス・ラブルスカ種のワインに対してそのくらいの認識しかなかったのですが、こちらのワインを飲んで、それが大きく変わりました。

「ドメーヌ・ユイ」は、北海道・余市にある杉山哲哉さん、彩さんご夫妻によるワイナリー。
「ユイ」という名前には、「結:人が集まり、協力しあって農業などを進めること」という気持ちが込められています。
杉山さんご夫妻は元々東京で働いていましたが、ワイン造りをするために北海道のワイナリー(さっぽろ藤野ワイナリー)で働きながら余市町で自分たちのブドウを栽培し、2019年に独立。
余市は長い日照時間と昼夜の寒暖差、風通りの良さなどから果樹栽培に適した気候であり、杉山さんはそれを生かし、無農薬、無施肥でブドウ栽培を行い、醸造においても、酸化防止剤は不使用、他にも人工的なものは使用していません。

ドメーヌ・ユイのワインの特徴は、樹齢の古いラブルスカ種からワインを造っていること。キャンベル・アーリー、ナイアガラ、デラウェア、ポートランドを栽培しており、平均樹齢はなんと30年以上。
杉山さんご夫妻はラブルスカ種を使って、エレガントなワインを造ることをモットーとしており、ラブルスカ種の一番の特徴であるフォクシー香をできるだけ抑え、味わい重視のワインを造っています。
この「フォクシー香を抑える」というのが醸造の技術の見せどころで、毎回ワインをリリースする度にどのように醸造したのかが書かれているデータをいただくのですが、それを読んでいると、とても緻密な醸造方法で読んでいるだけで気が遠くなるよう…
自分たちで工夫しながら今までにない醸造方法を行っているため、うまくいかない時もあるので、それを含めると相当な労力を掛けていることが想像できます。

私が初めてドメーヌ・ユイのワインを飲んだ時に、「ラブルスカ種でこんなに落ち着いた、深みのある味のワインが造れるんだ!」と、とても驚いたのですが、その驚きはお二人の努力の積み重ねがあるから。
ラブルスカ種のワインは軽いのが当たり前で、美味しいけどこれくらいのものだろうと飲む側も造る側も諦めていたけれど、ドメーヌ・ユイのお二人はそれを諦めずに、やり切ったからこそここまでの驚きのあるワインができたのだなと感じました。

ご夫婦お二人のワイナリーなのであまり沢山の本数は造れませんが、できるだけ多くの方に、ぜひこの驚きを知って欲しいです。

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