堀部未知

誰かに届けとそおっと海面に浮かべてみます。ものがたり。短文。あるいは。野良です。

堀部未知

誰かに届けとそおっと海面に浮かべてみます。ものがたり。短文。あるいは。野良です。

最近の記事

のり〜パンチ力の愛〜

仕事が忙しくてなかなか家に帰ることができず、一旦帰っても簡単なダンスと睡眠だけで洗濯する時間もないまま出かける日々。下着には半割りのアボカドや手編みの春菊を使い、玄関には種や茎が転がっている。そんなわたしの息抜きは銅像の自由な配置。誰かの見慣れた風景に違和感と無秩序を少しだけ。 じゃあはじめるね。 わたしには「パンチ力」がないの。 そう書くと「かよわい」みたいで「力よわい」感じがするけれど、よくよく見ると「ぱんちか」って書いてある可能性に気がついて「ああ、パンの地下か」って

    • しかしかわたりの完熟にしみて

      「鹿鹿渡さんは道場破りのほかにライフワークってありますか」 ゆうべ道場破りに出向いた相撲道場で知り合った「しめじ山」という名の高校生力士からそんな質問を受けたから「わたしは噴火口から海にいたる扇状地のゆるやかな坂が尽きて平地とされるはじまりの場所に朝どれのロマネスコを立ててまわる活動をしているんですよ」と彼のまわしをじっと見つめて言いきることでまだあどけなく青くさい春菊の汁みたいな困惑を引き出すことに成功したように思う。 初対面の緊張から困惑をすぎて相撲をとりギャフンと勝っ

      • カサンドラテキサスジュース

        スーパーマーケットで妻の持つ買い物カゴにお菓子を入れたつもりがそれはまったく違うひとの買い物カゴで、まちがえて恥ずかしかったよ、と話しかけたひともまた妻とは違うひとで、考えてみればもともと妻など存在していなかった、という婚姻記憶障害によるお買い物トラブルは例年一月と九月に多発することから、スーパーマーケットで働くひとのあいだでは「まるでアメリカの入学式だね」という言い方があります。 その言葉の本当の意味は使っているひとたちも知らぬままであることがほとんどで、今さらひとに聞くの

        • そして耳たぶに触れる

          ばりばりと音を立てて世界が裂けたそのとき、わたしはブックオフの料理本が並ぶコーナーにいて店の前でわたしを待つ桜庭という名の犬と引き離されてしまった。上流では大きなダムが決壊してその水がこちらに向かっていると元カレからLINEが入り、PayPayでお金が送られてきた。つきあっていた頃から気配りはスピードとサプライズだと言っていた涙目ユウジ。このまま人生が終わるとしたら彼が最後のユウジになる。板本雄二、根府川裕次、陶山優司、桃追分ゆうじ、そして涙目ユウジ。これでわたしのユウジが終

        のり〜パンチ力の愛〜

           国境のモールス

           このところ。このところ。  まちのあちこち。まちのあちこち。  このところ。このところ。  まちのあちらこちら。まちのあちらこちら。  このところ。このところ。  まちのほうぼう。まちのほうぼう。  ちょうど一年前、雪が解けて季節が鹿になったころ、わたしは国境フェンスを抜けてくる青白い風のなかに、どれだけ待っても本題に入ろうとしない、しかし気持ちのよいポエムのようなモールス信号を傍受した。向こう側からのメッセージがよくわからないものだから、まずはこちら側から自己紹介をする

           国境のモールス

          確かめない姿勢で

           これは自己紹介としての物語です。  老婆のような顔をした柴犬が通りの向こう側で信号を待っている。隣にはバスローブ姿の裸足の女が立っていてその女がトイレのバッコンで柴犬の頭を固定しているから、印象としては女が犬の飼い主であるような感じがこの風景にはある。犬の表情はバッコンの圧力で頭皮にシワが寄りそのせいで老婆のように見えるのだけど、やっぱり犬は犬だから老婆ではないはずで、しかしそのことを確かめるには距離がある。女が犬を支配しているように見えて犬が女を支配していることはよくあ

          確かめない姿勢で