いまっちが看護師を目指すきっかけとなったもの


中学2年生の時に親の離婚〜看護師を志す


父親のDV、虐待を経験しPTSD発症。
離婚のきっかけとなった夜に父から母へのDVが始まり私は、妹2人を連れて2階へ逃げ込んだ。
しかし、私のみ父親にリビングへ呼び出されて父からDVの現場を見せつけられた。その時の父は母親の浮気を疑っており、その嫉妬心からの暴力に発展いていたのだと思う。その光景は自分は何も悪くなく、浮気をしている母が悪いと決めつけ制裁をしているかのようだった。
私は母ともよく話をしており、当時母はスナックを経営しており、仕事用の携帯でお客さんとの営業メールを行っていただけである。私はよく自分のバイト終わりに店の手伝いを行いに行っていたため、お客さんと色恋などが一切ないことを知っていた。
父のDV事件の後家族は散り散りになりました。
そして、母はASDとなり、恐怖で実家のある地域に近づくことすらできなくなりました。
私たち兄弟は祖母にお世話になりながら学校へ通っていましたが、中学、高校と不登校になり高校を中退することになりました。
父が実家から出ていき、家族がまた家に集まることになりましたが、家計を支えていた父を失ったことにより家計は逼迫し、私と姉と母3人で家計を支えていました。
その頃、妹も自律神経失調症により喘息発作を頻発するようになりました。
このままではダメだ、と思い私は飲食店で働きながら通信制の高校へ通い高卒認定を取ることに決めました。
自分が苦しんでいた時、理解をしてもらえない社会、周りに支えてくれる人がいないしんどさ、母・妹が苦しんでいるときに何もできない自分が嫌になり医療職を目指すことに決めました。
しかし、今までまともに勉強してこなかったつけが回ってき、付け焼き刃の勉強では簡単に試験に通ることはできませんでした。そんな諦めていた頃、母の知人が看護学校の資料請求をしてくださり看護師への道を提案してくださいました。
最初はあまり乗り気ではなかったですが、最後のチャンスと思い今の大阪医専に入学しました。
大阪医専も最終試験だったため一度は不合格を言い渡され絶望に打ちひしがれていたところ、学校から電話があり、辞退者が出たことで空きが一つできたという連絡でした。
一度はダメだったところで、いただいたチャンスを必ず生かすと意気込み看護師への道のりが始まりました。

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