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まいにちてがき絵日記 | No.386 | ある旅の記憶 「黒猫のいる湯治宿」

わたしの一風変わった旅の記憶を絵と供に。

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歳の暮れ、宿のお客はわたしひとりだった。
夕食後、玄関に向かう廊下の角を曲がったら、そこでばったり猫に会った。猫はこちらを見上げてにゃーと鳴いた。餌をくれといってるようだった。石油ストーブにのっかったやかんのお湯が沸く音が響いていた。

次の日はわたしをみるなり、逃げ出した。
また次の日はご飯も食べずに逃げ出した。
餌をくれといってきたのは気のせいだった。
宿の主人のおじさんにねこの名前を訊ねると
5秒くらい空をみてから
「...はちです。」と答えた。
一晩寝てから不意にわかった。旅館の頭文字をとったのだと。
「旅館の名前ですね?」と聞くとおじさんははにかみながら笑った。
おじさんの笑ったところをみたのはそれが初めてだった。
「餌付けしたら来るようになったんですけど、わたしにしか懐かなくてね」と猫のことを話すときは顔が生き生きする。
それから2年後再訪したとき、着いてそうそうおじさんに「はち、元気ですか?」と聞くときょとんとしてから、「ああ、元気ですよ」といった。


わたしはそのとき、おじさんが猫に名前をつけていなかったことを知ったのだった。

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まいにちてがき絵日記◼️ほんともうそも時間も場所もなんでもあり。とにかく1日1ページ。ありふれた道具で描く平凡な生活のひとコマ◼️

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