『イセカン《異世界帰還者管理局員サーディアの背信》』愛夢ラノベP|第13回GA文庫大賞(後期)2次落選晒し|【ファンタジー】【異世界】
第零部 令和時代のあるブログ
タイトル 『神々廻メフィス別天地事件まとめ』
【はじめに】
ここに一枚の新聞の切り抜きがある。
これは二千年代初頭に書かれた毎朝新聞の記事だ。記事には世界の縮図が記載されている。
――神々廻(ししば)メフィス別天地事件。
この令和九年に起きた事件を機に、世界の歴史は二分された。時代区分がメフィス再臨以前と以後に明確に峻別された。
ただ、そもそも神々廻メフィス別天地事件とは何だったのか? まずは事件の全容を確認したい。
【事件の背景】
二千年初頭に異世界転生ブームが起きた。分かりやすいテンプレートにストレスフリーなストーリーが読者に受けた。しかも、誰もが簡単に真似できるため、ネットには色んな作品が溢れた。
そんな時代にある噂が流れた。年間何万人も消える行方不明者は何処に逝ったのか?
そう、答えは簡単である。異世界転生または転移をしているわけだ。こんな噂が千里を駆け巡った。
もちろん、良識ある大人はフンッと鼻で笑った。
ただ、ある宗教団体だけは、この噂を信じた。その宗教団体は、青地に二つの球体とその球体を繋ぐ矢印を旗印にしていた。
そして、サンタクロースのような白髭を生やした教祖は、異世界転生や転移をした人々を連れ戻す事が神童の務めだと主張し始めた。
【神々廻メフィス別天地事件】
中二病に冒された身勝手な信者たちは、神童たる神々廻メフィスを人柱にして、異世界にいる人々を帰還させる計画を発表した。
話は簡単だ――異世界転移をさせるために、神々廻メフィスに服毒自殺をさせ、彼女を祈祷で甦らせるだけである。もちろん、49日までに戻らなければ、お葬式をする算段だったらしい。
令和9年1月1日、紫の長髪で真っ白な死装束姿の神々廻メフィスが動画投稿サイトをジャックした。当時九歳の少女が服毒自殺をするシーンが全世界に配信された。
大量の薬を飲んだ彼女はベッドに横たわり、最初は寝息をたてていた。コメント欄はヤラセだのウソだのと荒らしが大量に発生した。
投稿サイトの管理会社は、衝撃的で残虐な映像だと判断して、何度も動画を削除をした。しかし、宗教団体の関係者が別のアカウントで配信を続けた。
翌日もメフィスは目覚めない。この頃からテレビで取り上げられ、生死に関する論争が起きる。
――2日後、この一連の騒動に『神々廻メフィス別天地事件』と名称が付けられるや否や、この儀式が瞬く間に世界に広まる。
物事は名前によって、それが認識可能になるということが示された瞬間でもある。騒動に名前が付けられ、世界は事件を認知した。
――3日が経った頃、警察が捜査を開始した。何日も食事を採らないのは不自然だというのが理由である。そう思うなら初日に動けよ、いつも事件になるまで動かないなと世間は呆れた。
――そして、1週間が経ったある日、警察官がメフィスの寝床に入ってきた。宗教団体の人間と警官が取っ組み合いの喧嘩をする映像を最後に配信は打ち切られた。
【後日談】
神々廻メフィスは死んでいたらしい。これで事件は終わった……そう、誰もが思った。
しかし、むしろここからが本題であった事は容易に想像が付くだろう。
録画された動画が毎日のように投稿されていった。警察は配信者を特定しては捕まえるが、模倣犯は後を断たない。結局、騒動が収まるまでに二週間を要した。
やがて人々の記憶から、この事件が忘れられていく。まるで事件が無かったかのような日常が戻った頃、その記憶が呼び覚まされる事態が起こる。
――騒動から40日が経過した頃、死んだはずの神々廻メフィス本人が1本の動画を投稿した。
薄暗い祭壇に9歳の少女が座していた。白装束に紫の長髪は顕在である。ただ、蝋燭の灯りでは表情までは分からない。
映像は10秒足らずの短い内容だ。
「今宵より、私の能力によって異世界に誘われた人々を地球に帰還させましょう」
えっマジで――世界はメフィスの言動に色んな意味で震え上がった。
そして、メフィスの発表の通り、現代社会に異世界転生者や転移者が帰還するようになった。しかも、最悪な事に彼ら彼女らは、この世でも無双を始めた。
この事態を治めるために、メフィスが結成した組織こそ、皆さんもご存じの異世界帰還者管理局――通称イセカンである。
【最後に】
もしかしたら、あなたがブログを読む頃には私は死んでいるかもしれない。
ただ、信じてほしい。今まさに触れた事件は、実際に起きた出来事のまとめだ。
後世のために、私が知る限りの事実を、嘘偽りなく、その一部始終を記載した。
だから、閲覧者は事実から目を背けるな。この事件はヤラセでも捏造でもない――これが正真正銘の現実なのだ!
ブログ管理者 リセマラ梟
最終更新日 122年前
第一部 カグヤヒメ作戦
第一章 サーディアは忙しい
――メフィス再臨から122年が経った。
私の乗る水上バイクが紫の海を切り開く。毒々しい水飛沫を立てながら、私は荷物を本部に運ぶ。通りすぎた後には漣しか残らない。
「バタちゃん、あと何分で本部に着く?」
私はバタフライ・トランシーバーに尋ねる。通称はバタちゃんである。
髪飾りのように頭に付く七色に煌めく蝶を模した小型の送受信機――それすなわち、バタフライ・トランシーバー。
イセカン所属のメフィス親衛隊は、このトランシーバーから指示を受ける。
「すまない、もう一度はっきりと言ってくれ!」
「なぜ一度で聞き取れないの! 本部まで何分よ?」
バタちゃんは不思議だ。よく喋る。しかも、電子音ではなくて爺さんの声がする。そして、耳が遠い。
メフィスに交換をお願いしたが、代替機がないと却下された。たぶん嘘である。
「サーディア……いつも言っておるが、冷酷な仏頂面は止めよ。笑顔で明るく話せば、お前も可愛い女の子に見えるぞい」
カワイイ……この言葉の意味がよく分からない。私はカワイイのだろうか?
紫の海面に映る私の横顔を眺める。色白の肌、アーモンド型の眼、高い鼻、プルんとした唇と顔のパーツは整っている。
それにブルーベリーシャーベットを想起させる淡藤色のショートヘアーもちょっぴり自慢である。体型は細身で、胸は少しふくよかだ。
まぁ、ピッチリしたアーマースーツと厳つい電磁槍のせいで、カワイイが半減しているかも。
「うるさい、カワイイなんて私には関係ないわ。とにかく質問に答えて」
私は可愛げもなく淡々と質問をする。別にカワイイなど要らない。むしろ命懸けの戦闘では邪魔でさえある。
「あと数分だ。ほら、見えてきたぞ」
紫の海の彼方に見慣れた壁が現れた。天まで伸びる真っ白な壁は全てを拒む――まるでメフィスの心のように。
この辺りの海域は毒で汚染されている。帰還者とイセカンとの戦争の爪痕だ。それ故、色は紫に染まり、海洋生物はほぼ死滅している。それが名前の由来となり、ポイズンオーシャンやポイゾナ海なんて呼ばれている。
その時、後部座席の積み荷が動いた。私は背負っていた電磁槍をスパンと抜く。荷物の首元に槍を突き立てる。
「動くな。殺されたいの?」
私は電磁槍を少女に突きつける。今、1人の女子高校生をグルグル巻きにして、本部に連行している。
異世界帰還者を捕らえてメフィスの元に届ける。この21文字の簡単な説明からは想像を絶するような職務――それがイセカン所属のメフィス親衛隊の仕事。
ちなみに、妖艶に縛られたDカップの女子高生は口も縛られている。彼女は「ウンウン」と喘ぐ。しかし、諸般の事情で拘束は解けない。
「惨めな能力者ね。メフィスに会うまでの命よ。大人しく待ってなさい」
芋虫みたいな制服姿を見ていると、やはりカワイイは要らないと再確認する。
乱れた制服にも、涎を垂らす口元にも、時々みせる白い肌にも、のたうち回る細い足にもエロさを微塵も感じない。まぁ、私が人間ではないからかもしれないが……。
――ポイゾナ海を渡ること数分、船は本部がある埋立て地に到着する。
「すみません、身分証とお名前を!」
ヒューマンベルトの大門で、警備員が私に声をかける。千人の選ばれた人間が住む地域――それすなわち、ヒューマンベルト。
ヒューマンベルトは、太平洋の真ん中に作られた水上都市とカオスゾーンの緩衝地帯として存在している。
水上都市とヒューマンベルト以外の地域――それすなわち、カオスゾーン。
「イセカン所属のサーディアです。異世界帰りの女子高校生を捕獲しました」
「おぉ、あなたが第3位のサーディア様ですか。お疲れ様です。ちなみに、そちらの女の子のお名前は?」
「おい、止めろ。死ぬぞ」と制止する私を無視して、警備員は女子高生の猿轡を外した。
あっ、こいつは死んだな!
私は警備員の寿命を悟りながら、自動開閉する耳の防音シャッターを下ろす。
女子高生は、可愛い見た目に反して「八つ裂きになって死にやがれ!」みたいな暴言を吐いたと妄想する。
本当にそう言ったかは定かではない。というのも、私は遮音していて彼女の声が聞こえない。
でも、たぶん彼女はそんな事を言ったはずである。
なぜそれが分かるのか?
そんなのは簡単な考察だ。彼女が口を動かした直後、周囲五メートル以内の人たちがサイコロステーキのように血飛沫を上げて切り刻まれたからである。
「だから、止めろと言ったのよ。異世界帰還者に無能力者が手を出すべきではない」
私は即座に女子高生に猿轡をつける。そして、耳のシャッターを開けながら、女子高生の耳元でこう囁く。
「次に《有言実行》の能力を使ったら、頭を銃で撃ち抜くわ」
私は左手をピストルに変形させ、彼女の頭に突きつけた。
しかし、彼女は動じない。私を睨み付け、ほくそ笑んでいる。私が発砲するよりも速く、死ねと叫ぶ自信があるようだ。
「門番がいないから検問ができないわね。まぁ、ヒューマンベルトを通るくらい問題ないか」
私はヒューマンベルトに入る。選び抜かれた人間が私の姿を見てざわめく。ここの住人は、とある宗教団体の信者の末裔らしい。
「あれはサーディア。この百年で何万人もの首をはねたらしいわ」
「メフィスの犬め。命令とあらば、俺たちも殺すのだろう」
「ここに来るな」と幼女が私に石を投げ、母親が「止めなさい、殺されるわよ」と止める。
別に殺しはしない。ヒューマンベルトの人間に無許可で手を出せない。メフィス教典に反すれば、私がメフィスに消されてしまう。
それに、私は罵詈雑言や誹謗中傷も気にならない。傷つく心がないからだ。
――15分ほど歩いて、水上都市に入る。
太平洋の6割を占める埋め立て地に築かれたメフィス親衛隊の本拠地――それすなわち水上都市。
「やっと着いたわ。少し休憩を……」と私が道を反れると、バタちゃんが鳴る。
「メフィス様がお呼びだ。女子高生を連れて、メフィス邸に急げ」
メフィスは人使いが荒い。いや、厳密には私は人ではないが、激務が百年も続いている。
ちなみに、私は百歳ではない。稼働期間は百年だが、見た目はエターナルエイティーンだ。
マグネシウム超合金の骨格に、ヒドロゲル製の人工皮膚を装着しているから、ずっと若々しいままだ。
「ユグドラシルに乗って、メフィス邸にすぐ向かう」
私は本音を隠して通信する。ダルい……あれ、何だ、今の体にのし掛かる重圧は?
重い足取りのまま、水上都市の中央にあるユグドラシルに向かう。浮遊要塞メフィス邸と水上都市を結ぶ垂直のエレベーター――それすなわち、ユグドラシル。
水上都市のネオンは星のように瞬き、一面にコンクリートジャングルが広がる。発展した繁華街を抜けると、見覚えのあるエレベーターに辿り着く。
「どちらまで?」とエレベーターガールが声をかけてくる。
「行き先は一つしかないわ。メフィス邸よ」
この無意味なやり取りが鬱陶しい。ムカつく……うん、何だ今の刺々しいイライラは?
胸に違和感を覚えながら、エレベーターで一気に成層圏付近にあるメフィスの自宅へと向かう。
三百六十度ガラス張りのエレベーターからは変わり果てた地球が見下ろせる。
黄土色の靄に包まれた地域。
ぽっかりとくり貫かれた大地の臍。
真っ赤に燃える焔に覆われた紅蓮の焼野。
遥か彼方に見える未踏の山岳地帯。
天空を貫く垂直のムーンロード。
真紫に染められた毒々しいポイゾナ海。
砂嵐が何本も渦巻く生物なき砂漠。
荒れ狂う吹雪と乱立する氷柱の白銀世界。
「この百年で地球は、かつての面影を失った。天変地異が起きた後のようだ」
すべて異世界帰還者と我々イセカンの親衛隊が行った戦闘の爪痕である。
神々廻メフィス別天地事件以降、世界は混沌に包まれた。異世界帰還者は能力で世界を支配しようとし、それをメフィスが許さない構図ができた。
多くの人間が死に絶えていく中で、メフィスは科学技術と能力を駆使して、異世界帰還者を支配しようとしている。
そのまま視点を宇宙へと向ける。
月が落下している。月には月面基地ムーンが多数あった。しかし、今や基地は異世界帰還者の手中に落ちた。その一派を月面派と呼んでいる。
現在、月面派は月を地球に落として、メフィス抹殺を目論んでいるようだ。二年後には、ティアインパクトを起こして地球を消し去るらしい。
イセカンはムーンロードを使って月面に兵士を送っているが、ムーン奪還には至っていない。
「浮遊要塞メフィス邸です」とエレベーターガールが頭を下げる。
私はエレベーターガールを睨む。百年間も同じやり取りをしている。だから、一々説明せずとも分かるはずだろ。
「あら、サーディアじゃなーい」と耳障りな雑音を感知する。
真っ赤な長髪の隊員が私の行く手を塞ぐ。ルビーのような瞳が私を見下している。
「トゥワイ、そこに立つとエレベーターから降りられないわ。退いて!」
トゥワイ――メフィス親衛隊第二位、私の天敵、製造は五十年前、優越感が物凄い、気が強い、負けず嫌い、死ね。
注がれる赤ワインのような長髪を靡かせ、官能的なおっぱいが自慢の女兵士だ。
「あら、細身のサーディアなら、この隙間を通れるでしょ。私は引っ掛かるけど……」
トゥワイは豊満な豊胸を見せつけてくる。ウザイ……あれ何だ、このムカムカする感覚は?
「私たちにとって、胸なんて魅力でも何でもないわ。それは単なる人工皮膚の塊よ」
「あら、貧乳が強がっちゃって!」とトゥワイが嘲笑をみせる。
「トゥワイは戦果がないから、胸しか誇れないのでしょ」
「何ですって! 私は2番よ。2という数字は素晴らしいわ。偶数では唯一の素数、最小のソフィージェルマン素数……これほど美しい数字があるかしら」
「あらあら、2という数字は2番目の高度トーシェント数、2番目のベル数、2番目のカタラン数、2番目のレピュニット、2番目のハーシャッド数……2は永遠に1番にはなれないわね」
「そっそれは……私がエースに勝てないという意味かしら。3位ごときが私に喧嘩を売るのか?」
トゥワイが大剣をシャキーンと鞘から抜く。それを私の喉元に突き立てる。
「いいの? メフィス教典に反した戦闘をすれば、トゥワイが廃棄されるけど……」
メフィスとの決め事がまとめられた法律――それすなわち、メフィス教典。メフィス親衛隊は教典の絶対遵守を誓っている。
私は出来る限り冷酷な眼差しで睨み付ける。トゥワイは嫌い……あれ何だ、この人を遠ざけるような感覚は?
「まぁいいわ。サーディアに心が芽生えたら、殺しに行くのは私の仕事よ。その時は存分に痛ぶってから殺るわ!」
トゥワイは怒鳴りながら大剣を鞘に納め、私をエレベーターから放り出した。
「どちらに……」とエレベーターガールが声をかけると、トゥワイは「下よ」と怒髪天を衝く。
エレベーターの扉が閉まると、乗り場は静寂に包まれる。トゥワイがいないと平和である。
「私に心などあるはずない。トゥワイめ、ふざけた事を抜かすわね」
私は女子高校生の縄を握り締めて、メフィス邸に向かう。
浮遊要塞の中央で、ライトアップされた西洋風の白い建物がメフィス邸である。
「お待ち堂さま。メフィス邸よ、ここで貴女の処分が決まるわ」
暴れる女子高生に私は優しく教えて上げる。どんな罪人にも最期くらいは施しを与えなきゃね。
大理石でできた玄関を抜けて、螺旋階段を上がる。最上階の五階に着く。
穢れた血で染めたような深紅のカーペットを進んで、黄金で装飾された木製の扉を開ける。
「サーディア、お帰りなさい!」
神々廻メフィスは満面の笑みを見せた。いつも通り、ベッドの上でゴロゴロしている。
メフィスは、イセカンの創設者にして絶対的君主で、何よりも私のボスだ。
齢は僅か9歳。私が作られてから百年が経つが、全く老いることがない。紫の長髪が白い着物にかかっている。
「ただいま戻りました」
私は女子高校生を投げた。女子高生は、私とメフィスの中間地点にドスンと転がる。レースの白いパンツが露になった。
「サーディア、猿轡を外せ。声が聞きたい」
「彼女は言葉にした事を……」
「現実にする事ができる。その事を私が知らぬと思うのか? 私が有言実行に負けると思ったか!」
メフィスは私の話す内容を先取りして、侮る私に激怒した。私に向けられた大声で突風が吹き荒れる。一瞬、吹き飛びそうになった。
身震いがした。怖い……おや何だ、この体のビクビクは?
「いえ、メフィス様が負けるはずなどありません。私の失態であります」
私は女子高校生に歩み寄ると、震える手で彼女の拘束を解く。メフィスは、その様子を満足気に眺めながら、両手を広げて女子高生に問うた。
「選べ! 制限ある自由か? 制限なき死没か?」
イセカンの領地内でのみ能力を使うか、ここで死ぬかを訊いている。
「このクソ餓鬼が……死ね! ハッハッハッハッ、言ってやった。死ねと言葉にしたわ!」
女子高校生が勝利を確信して高らかに笑う。豪邸に哀れな笑い声が反響する。無知が如何に愚かな事かを象徴していた。
もちろん、メフィスは死なない!
「はわあぁあー、他に言うべき事はないかしら? よく考えてね、貴女の最期の言葉よ」とメフィスは退屈そうに欠伸をした。
「なっなぜ、生きているの? 私の有言実行で2人とも死ぬはずよ。ほら、死ぬ! 死ね! 死ね死ね死ね死ね」
唾を吐き散らしながら喚く女子高校生が虚しい……何だ、このポッカリと胸に穴が空く感じは?
彼女の姿を見ていると、優しく教えてあげたくなった。
「無駄よ、浮遊要塞では能力を使えないわ」
どんな罪人にも最期くらいは施しを与えなきゃいけない。私は諭すように、女子高生に己の無力さを解らせた。
「サーディア、私は発言を認めていないわ」とメフィスに諌められ、私は「すみません」と頭を下げた。
女子高生は目を見開いて、「そんな馬鹿な」と絶句した。
浮遊要塞でメフィスを殺すことは不可能である。私の知る限り、メフィスには幾つかの加護がある。
第一に、自身の手足となって戦うメフィス親衛隊。
第二に、異能を封じ込めるアンチスキル。
第三に、自身の死を人間に転嫁する移し身。
第四に、テリトリー。これについては教えて貰えない。それゆえに知らない。ただ、メフィスの最後の切り札らしい。
最もメフィスの様子を見るからに、他にも能力や加護は隠されている。メフィスは用心深く慎重な人間だ。そう簡単に殺られはしない。
「退屈ね。もっと楽しめると思ったのに……」
メフィスが話を始めると、女子高生は逃げ出した。私には見向きもせず、入ってきた扉を出た。
まぁ、追わなくても逃げられない。私はメフィスが指示を出さないので、突っ立ったまま待つだけだ。
メフィスがパチンと指を鳴らす。すると、女子高校生は部屋の中央に戻された。
「呆気ない最後ね」とメフィスが空を両手で握り締める。
「なぜ戻った……うっ、ううっ苦し……離して!」
女子高生は自分の首を触る。誰も触れていないのに、メフィスの動きに合わせて、そのまま10メートルほど宙に浮く。何者かに首を絞められているようだ。まぁ、遠くにいるメフィスが犯人である。
女子高生は身悶える。死に抗おうと反発する。蜘蛛の巣に絡まった虫のように手足を無駄に動かしている。
「死にだぐなぃ。言うこと……聞ぐ。だずげで!」
遅い遅すぎる。メフィスに逆らう事は死を意味している。メフィスは世界のルールだ。彼女は、その理をもっと早く知るべきであった。
「憐れな帰還者に制限なき死没を! 地獄で自由に生きなさい」
メフィスは左手をスッと右から左にスライドさせた。
すると、宙に浮く女子高生の体が落下した。胴体に首は付いてない。首は依然として浮いていた。
首の切断面から真っ赤な血飛沫が床を赤く染める。カーペットが赤い理由は、これである。
「私に逆らうと命はないわ。輪廻転生しても忘れぬよう、その魂に痛みを刻み込んでおけ!」
メフィスは、ピッチャーの投球ホームのように右手を振り下ろす。
首が野球ボールのように私に飛んで来る。女子高生の瞳には、死神を見たときのような絶望の色しかなかった。
咄嗟に私は首を左に傾ける。右耳の横をブンッと首が掠めて、顔に生温かい血液が付着する。頭部はコロコロと廊下を転がっていた。
「きゃー、怖かった。能力を封印していなければ、私は間違いなく死んでいたわ……グスン」
メフィスは誰かの死には涙を流さない。ただ、怯えて涙を見せているだけだ。
メフィスの強さの根源は紛れもなく恐怖である。
何かに怯える力が生への執着を生む。生きるために危機察知能力が格段に高まる。危険に対する対策を講じる。それでも不安は拭えず、ひたすら準備と管理を進める。そして、全てを支配することで自身への反逆の芽を殲滅する。
そう、メフィスは畏怖の念を抱くことで、あらゆる危害からも身を守っている。
その一つが我々メフィス親衛隊でもある。自分は安全地帯で指示を出し、我々を手足として使って帰還者を選別している。
「メフィス様、ご安心ください。驚異は去りました」
「サーディア、ご苦労であった。しかし、驚異は未だに残っておる。帰りにゴミを処分しろ!」
メフィスは黒いゴミ袋を投げた。ドスンと音がして袋から少女が顔だけを出す。14歳くらいだ。
「この子を焼却炉に捨てれば宜しいのですね?」
「さすが3位の子だ。察しがいいな。しかし、そやつは妊娠という病に冒されておる。危険だから火山の火口で焼き払い、焼失するところを撮影して来なさい」
おいおい、帰って来た私にまた仕事を課すのか……別の子に任せなさいよ。
そもそも、ニンシンってどんな病気よ。それに火山まで片道一週間はかかるじゃない。行きたくない、でも本音は漏らせない。
「あの……ニンシンという病気は私には感染しませんか?」
「サーディアは妊娠を知らぬのか。妊娠とは、人間の女性が子供を身籠ることよ。クローンの中に時たま発症する者がおる」
私にはよく分からないが、ニンシンというのは人間特有の繁殖方法らしい。
「なるほど、空気感染はしないという事ですね。安心しました」
「この世では人間は試験管から生まれる。私が必要とした数しか生ませない。だから、妊娠など認めるわけにはいかないのよ」
メフィスの考えは簡単だ。自分の知らないところで人が増えるのは怖い。そうだ、人数を管理しよう。ヒューマンベルトで産児制限を実施する。
それなのに、クローンにニンシンという病気が発症した。これは計画の邪魔だ。邪魔なら消せば良い。これがメフィスの決めたルールらしい。
「メフィス様、お言葉ですが……火山まではかなりの距離があります。他の任務もあり、すぐには行けせん」
「そうか……なら、1週間だけ待とう。必ずや捨て去れ。それと妊娠は貴重な病だ。それを狙う命知らずもおるから、容赦なく殺せ」
はぁ? 火山まで片道1週間もかかるのに、トータルで1週間だけ待つだと……お前が捨てにいけよ!
「どうした……はやく行け。それとも私に言いたい事でもあるのか?」
「メフィス様の仰せのままに」
満面の笑みを見せて、ゴミ袋を持ち上げる。
部屋を出て、木製の扉を締める。十分に距離を取ってから小声で愚痴を漏らす。
「なぜ私が火山に行かないといけないの? 焼却炉で燃えるでしょ。そこで他の死体も焼く。メフィスは人使いが荒いのよ」
何だ、このマグマのようにフツフツと煮えたぎる胸中の熱源は?
そのとき、私に投げつけられた頭部が見えた。普段は下品だからしないが、私は足を高く上げると、グシャッと頭部を踏み潰した。
「やれば良いのよね、ゴミを捨てるだけよ!」
今回の任務はニンシンという病に冒された女の子の殺処分だ。
「ゴミ、これを飲みなさい」と私はカプセルを少女の口に押し込む。ゴミは「うっううっゴクン」とそれを飲み込んだ。
今のは超小型位置情報発信装置である。これでゴミの位置はいつでも分かる。
最後に、大事なので、もう一度だけ確認する。少女の焼却という5文字が私の仕事だ。ゴミ捨てなんて簡単な仕事、さっさと終わらせたいわ。
――数分後、浮遊要塞のエレベーターガールと再会する。
「どちらまで?」と聞くので、私は「下!」と怒鳴る。このやり取りは本当に無駄だ。
右手に持った少女が重い。落ち着いて見てみると、黒い長髪が艶やかな和風美女だ。かぐや姫を何となく連想させる。
「1階です」と告げるエレベーターガールを睨む。
知っているわよ。このエレベーターは、一階と最上階以外にどこに行くというのか?
「ヤッホー、サーディアじゃん」と明るい声がする。
この声紋は親友のラニーニャだ。ブロンドのツインテールで、背が低いロリータである。何だ、このウキウキと弾む高揚は?
「ラニーニャ、久しぶりね」と私は右手の少女を持ち上げる。
「何よ、その和風美女は?」とラニーニャが訝しがる。
「いや、これは違うのよ。ゴミよ、ゴミ。メフィスに火山まで捨てて来いと言われたの。親友はラニーニャだけよ」
「フッフッ、私を親友と思っているのね。嬉しいわ。でも、火山に行くなら、また数日は会えないわね?」
ラニーニャは、最後に取って置いたショートケーキの苺を食べられた時のように、しょんぼりした。
「ラニーニャ、何か不安なことでもあるの?」
「えぇ、最近ね、体調が優れないのよ。ボーとするというか、心がザワザワするというか」
「ラニーニャ……それって有心症の症状じゃないの?」
メフィス親衛隊に所属するヒューマノイドが回路の不良などで心を有する病気――それすなわち有心症。
「うん、私ね、心が芽生えたかもしれないの」
「馬鹿を言わないで。キュンキュンハートが反応したら、あなたも廃棄処分よ」
私たちの左胸に付けられたハート型のピンクの警告ランプ――それすなわちキュンキュンハート。
「ラニーニャ、私たちに心はないわ。あれよ、接触不良で電気回路がショートを起こしたんじゃないの?」
「そうだと良いんだけど、ドクターに診てもらおうかな」
「それがいいわ。私がゴミ捨てを終えたら、ゆっくり話しましょう。それまでに故障を直すのよ」
私がラニーニャの肩を叩いたとき、ドカンと爆音が轟いた。空から数名の人が降ってくる。
「異世界帰還者だ!」と誰かが叫ぶ。
私は即座に電磁槍アースアクシィスを起動させる。真っ白な持ち手に、先端がライトグリーンに光る近代武器である。
「メフィスシステムにアクセス。電磁槍使用の許可を申請。許可を確認。ガンマ線バースト!」
槍の先端に高高度エネルギーを溜める。オレンジ色の球体が形成され、それを一気に放つ。
橙のレーザーが敵を焼き払っていく。しかし、ただ一人、その攻撃を交わして私に近づいてくる。屈強な大男だ。
「さすがサーディア、なかなかの手練れだな!」
彼は厳つい鎧を身に纏い、こちらの攻撃を意に介さずに接近してくる。そのまま私に剣を振り下ろした。それを槍で受けるも左腕で殴られる。
私は痛みを感じない。敵は、そんな私を怪力で地面に押し付ける。身動きが取れない私を剣で滅多刺しにした。
傷口からコンソメスープのようなオイルが垂れ流しになる。ただ、特に何も感じない。
「メフィスの犬め! ここで死ね」
「私は死なない。壊れるけど……」
相手のミスを訂正しながら、私は両目の標準を合わせる。男が武器を振り上げた時、目から赤いレーザービームを照射した。
その光線は男の額を貫き、彼は死出の旅を始めた。魂の抜けた体が私に倒れ込む。男の額からタラタラ流れる血液が私を赤く濡らす。
「サーディア、大丈夫?」
「えぇ、ラニーニャ。ちょうど私も壊れたから、ドクターの元に行きましょう」
敵の温もりも気持ち悪さも感じずに、遺体を押し退ける。道端に転がる少女を拾って、修繕所に向かう。
「メフィスシステムにアクセス。緊急事態につきプラズマレーザーの使用を事後報告する」
その直後だった。足が縺れた。そのまま地面に倒れ込む。体が動かない。意識が遠退く。
「サーディア、サーディア……電子回路が損傷しているじゃん」と泣き叫ぶラニーニャの声だけがぼんやりと聞こえた。
【筆者から一言】
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