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時々交わる人生について

生まれ育った街で旧友と酒を飲もうということになった。彼からは何度かありがたいことにお誘いをいただいていたが、その頃は何故か気分が乗らず様々なお誘いを不義理しているところだった。何度目かのお誘いを頂き、ふと手段としてのお酒で心身を浪費するのではなく、美味いお酒を飲むこと自体に目的をおいて、彼と飲みたいと思った。つまりいつもの気まぐれである。

なるべく静かで、穏やかで、ロックグラスの氷が溶けだす様子を眺められる、そんな条件を頭に浮かべた。それであればあまり口を開かなくていい。良く通る道に、ひっそりと存在を主張する、入りづらそうなバーがあることを思い返し、僕はそこでの待ち合わせを彼に提案したのだった。

シックで簡素な内装を想像していたのだが、重厚感のある扉を開けると、思いのほかこだわりを感じさせるデザインが施されており、様々な銘柄のボトルと様々な形のグラスが壁面に所狭しと並べられていた。店内はカウンターのみで、奥の方には細長い観葉植物が青の冷たい色でライトアップされ、ばらばらの個性が不思議な統一感で醸されるその雰囲気を「オーセンティック」と表現してよいのか僕にはわかりかねた。あるいは「オーセンティックバー研究所」といういかにもアカデミックな団体が存在するとしたらそのうちの一人くらいは「下品」と表現するのではないか、というような絶妙なバランス感覚の上に存在していた。

僕らが入ると店主は値踏みするかのような目つきで、カウンター越しに端の席を身振りで案内した。この店主は20代の僕らを歓迎していないのだろうな、という直感を得た。先にいた声の大きい常連とみられる中年男性は店主との会話に夢中で、我々には一瞥もくれなかった。

最初にジントニック、そしてギムレット、ダイキリ、バーボンをロックで順にゆっくりと楽しんだ。店主とは酒を注文する時だけ短い会話をした。

2時間くらいはその場にいただろうか。声の大きい常連男性が去り、今度は口数の少ない別の常連男性が入店し、一杯飲んで店主と静かに会話をして去っていった。そして僕ら二人がその店主の作り出す奇妙で重厚な空間に取り残された。話し相手を失った店主は何をするでもなく、空間と溶け合うように目を閉じ、その場に佇んでいた。彼は何を考えていたのだろうか?当初僕は、「早く帰ってほしい」と思われているのではないか、とも考えた。しかしながら、どうも一切の居心地の悪さを彼からは感じられなかった。なんとなく、この空間は彼無しでは決して成り立たず、そして彼はこの場所の演出に徹しているのだなと思った。僕は初めて彼のことを素敵だな、と感じた。

最後にお手洗いに、と僕が席を立ち、また戻ってくると、連れと店主が静かに会話をしていた。どうやら僕らがこの辺に住んでいるのか、という質問を店主がしたようだった。

「実は娘もこの辺に住んでてね」と彼が話した。「僕らもこの辺でバスケットクラブに所属していて幼馴染なのです」と伝えると、彼は「自分の娘も近くの小学校でバスケットクラブに入っていた」と言った。年齢を訊ねると、26歳だ、と答えた。なんと僕と同い年だ。名前を聞くと、良く知っている懐かしい名前を彼が口にした。彼女は美人で評判だった。

「この店一本に絞る前は都内でもいくつかお店を持っていて、中々家に帰れなかった。その頃家で娘に時たま会うと、そのたびに毎回泣かれてね…今ではゆっくり家族と過ごせるようになって、娘も時々ここに来るんだ」と、彼は遠くを眺めるような優しい目つきでそう語った。

僕は最後にバーボンをもう一杯頼み、夜がまた一層更けていった。

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