褐色の積荷(1)

 帝国艦隊第47高速輸送隊――僕が配属された先は、大仰な名前に対して船は小さな輸送艦一隻のみ、兵士は自分を含めて4人だけの名ばかり部隊だった。
 この部隊の仕事は帝都の産業塔で生産された軍需品を南パンノニア戦線に運ぶ、類型的なピストン輸送だ。だが、それは表向きの話だ。この「アジュメール」という小さな輸送艦は、員数外の民生品も運んでいるのだ。例を挙げるなら、大物貴族の低俗なスキャンダルが書かれた地下出版のゴシック誌、密造酒、軍支給品のタバコなどだ。これをカルタグの闇市場で売りさばき、帰りの船倉に詰め込まれるアーキルのポルノ雑誌、パンノニアハーブ、クルカ人形を購入する資金に充てる。当然これは違法行為であり、バレればただでは済まない。もちろん配属されたばかりの頃には彼らを密告しようとも考えたが、配属歓迎会で飲まされた酒が北パンノニア産のもの(当然違法品だ)だったと知らされて諦めた。共犯関係とみなされてしょっぴかれたくなかったからだ。
 こうして僕は密輸業の片棒を担ぐことになってしまった。もっとも利益は山分け、密輸品のおこぼれも貰えるので、そう悪くもない待遇ではある。

「おい、シュリヤ!積み込みの手が止まってるぞ!さっさと酒瓶を運べ!」
 長身で銀髪の男が僕に指示を出す。彼がアジュメールの艦長にして密輸業者のボス、ブロイアー少佐だ。貴族然としたその見た目は、粗野な言動と深刻なミスマッチを引き起こしている。名前からしていいとこの貴族の出のようだが、どうしてこんな閑職に回されているのかは分からない。
「よっと……こっちは終わったぜ、艦長!シュリヤ、酒は俺が運ぶから、お前はそこのクルカ人形運んでくれ!」
「それじゃあワシは一足先にフネに戻るわい。あまり遅くなるなよ?」
 声をかけてきたのは、筋骨隆々で大男のシウール准尉と、小柄な老人のホフマン少尉だ。シウール准尉はパンノニア系で、ケンカ相手の士官が有力貴族の息子だったために左遷されてきたらしい。ホフマン少尉は機械いじりが趣味の変人で、鹵獲品のアーキル製腕時計をパクって捕まったそうだ。この隊で左遷されて来ていないのは僕だけのようだ。
「おい、第47高速輸送隊はここか?」
 クルカ人形の入った袋を担いで運んでいると、女性士官に後ろから声をかけられた。一分の隙もない完璧な軍服の着方で、帝都郊外のこの軍港、ましてやこの輸送艦には似つかわしくない。すぐに階級章を見ると大佐とある。急いで袋を置いて敬礼をした。
「は、はい!何か御用でしょうか!」
「指揮官に用がある。どこにいる?」
 アジュメールを振り返ると、艦長は貨物室で酒瓶の入った箱を並べ直していた。……それにしても、こんな部隊に何の用だろうか?ひょっとして彼女は憲兵か目耳省の人間で、密輸行為を知って捕まえに来たのか?だが、そうだとしても僕に出来ることは皆無だ。素直に案内する他ない。
「そこです、積み込み口のそばにいます!」
「分かった」
 その一言だけを残して、女士官はそそくさと歩いていってしまった。

「第47高速輸送隊、ジークムント・オヴ・ブロイアー少佐以下4名。間違いないな?」
 彼女に艦長の居場所を教えた直後、僕たちアジュメールの船員たちに点呼がかけられた。今はブロイアー少佐を一番右に、階級順に並ばされている。今に罪状が読み上げられ銃殺されるのではないかと気が気でない僕をよそに、艦長が呑気な声で発言した。
「その通りですけど、一体俺たちに何の用があるんです?まだ物資の積み込みが終わってないんで、点呼させに来たならもう帰ってもらいたいんですがね」
「なっ……!よくも抜け抜けと……密輸業者風情が!」
 終わった。この女士官は僕たちの罪状を知っていて、今に銃殺するか、軍法会議にかけて銃殺するかを決めに来たのだ。この様子だと銃殺は今、ここでだろう。
「それで?我々を逮捕しにでも来たんです?あなたは憲兵でも、目耳省の役人でも無いでしょう?」
「ふん、口だけは達者だな。勿論ここで全員逮捕してもいいが、お前らには任せたい仕事があるのでな。」
「仕事?」
 艦長が疑問を口にすると、女士官と同じくかっちりと軍服を着た長身の軍人2人が、台車に乗った大きな物を運んできた。褐色の布で覆われていて、何なのか検討もつかない。
「お前たちに輸送任務を命じる。この”特殊機材”をギッザス軍港まで運べ。荷物について詮索するな。任務について部隊外の人間に話すな。破れば牢屋行きは免れないと思え。」
 箝口令に謎の荷物。明らかにまともな任務ではない。この部隊を選んだのも密輸をやっていて立場が弱く、脅しやすいからだろう。とはいえ銃殺を免れただけでも幸運だったというものだ。
「いきなり現れたと思ったら極秘の輸送任務ですか?せめて、あなたがどこの誰なのかくらい言ってからでもいいんじゃないですかね?」
 艦長の不遜な態度に顔をしかめた女士官だったが、それについては諦めたのか、艦長に向き直って言った。
「……いいだろう。私はアウグスタ・オヴ・ベルティル大佐。所属は本国艦隊だ。これからこの部隊を指揮下に置くのだから、自分の指揮官の名前と顔くらい覚えておくんだな。」

 僕たち船員は貨物室で荷物の固定をしながら出港許可を待つことになった。ベルティル大佐の連れてきた男2人は”特殊機材”の固定をしたきり、その隣で直立不動になって僕たちを手伝おうともしない。僕たちが余計な話をしたり、”特殊機材”に手を出したりしないように見張っているのだろう。ベルティル大佐本人はブリッジで艦長と2人きりだ。
「艦長が殺されたり船から放り出されたりしてないか心配じゃのう。ブロイアー少佐はああいうお高く止まった貴族軍人が大嫌いじゃから何かまずいことを言うとは思っとったが、まさかあれほどとはの!」
 ホフマン少尉は笑いながら他人事のように言った。
「ホフマン爺さん、笑ってる場合じゃないっすよ!俺たちだってヘマしたら殺されますよ!」
 そう言うシウール准尉も、室内にベルティル大佐の部下がいるのに声が大きい。悪い人ではないのだが、どうも短絡的というか特殊な状況への配慮ができないきらいのある人だ。
「なあ新人、お前はどう思う?この任務……」
「え?僕ですか……?まぁ、密輸がバレて縛り首になるよりマシとは思いますけど……」
「まぁ命を拾ったという考え方もあるわい。……あの大佐は気に食わんが……」
 自身の死を思うと気が重くなったのか、2人はそれきり黙ってしまった。ちょうど最後の荷物を固定し終えた頃、ブロイアー少佐の声で艦内放送が響いた。
「すまねぇ、時間が前倒しになった。各員今すぐ配置につけ、これより出港する!」

 アジュメールに限らずほとんどの船には、艦橋の左右には小さなデッキがある。僕とシウール准尉は出港時に見張りをする係なので、左右のデッキに分かれて配置についた。
「ベルティル大佐、出港許可はまだ出ないんです?」
 艦長が訝しんで聞くと、ベルティル大佐は前を見据えながら答えた。
「本来の出港時間より前だからな。だが、出港許可が出ようが出まいが、この船は時間通りに港を出なければならん。この任務は極秘任務にして期限必着だからな。」
 出港許可なしに港を出れば多かれ少なかれ騒ぎになるが、ベルティル大佐はそれを分かって言っているのだろうか?あるいは多少騒ぎを起こしてでも時間通りにやる必要があるのだろうか?そう考えていると、軍港の管制から通信が入った。
『アジュメールへ、出港許可が出た。誘導船が向かうからもう少し待ってくれ。……それにしてもブロイアー、お前から出港させてくれだなんて随分仕事熱心になったじゃないか?密輸はもうやめちまったのか?』
「こちらアジュメール、了解した。密輸はやめねぇ、ライフワークだからな。ちょっとスケジュールが変わっただけだ。」
 余計なことを喋るなよ、というベルティル大佐の無言の圧を背中に受けつつ、艦長は適当にごまかした。
 ――それから5分が経った。来るはずの誘導船は一向に現れず、管制からの指示もない。何かおかしな事が起きている。
「ブロイアー少佐、これ以上待てない。管制に連絡しろ。」
「へいへい、分かりましたよ……こちらアジュメール。誘導船はまだか?出港許可はどうなってる?」
 艦長の通信に答えたのは低い声の男だった。さっきまで話していた軽薄な男の声ではない。
『アジュメールへ、出港許可は取り消された。指示があるまでその場で待機せよ。』
 艦橋に静寂が走った。いったい管制室に何があったのか?そう思いながら外に視線を戻すと、何人かの兵隊がこちらに走ってくるのが見えた。黒いコートに腕章。間違いなく憲兵だ。
「艦長!外に憲兵が!」
 僕がそう叫ぶと、ベルティル大佐が右舷デッキに駆け込んできた。憲兵隊を目にすると、大佐は艦長に命じた。
「艦長!今すぐ出港しろ!停船命令があってもすべて無視するんだ!」
「クソッ、自分が何言ってるか分かってんのか!……ホフマン!機関室!大急ぎで船を出す、準備出来てるな!」
『勿論じゃ!』
「こうなりゃヤケだ、出港する!全速前進!」
 浮遊器官に循環液が送り込まれる低い音とともに、艦は少しずつ進み始めた。すると、桟橋にいた憲兵たちが、ただちに停船せよと叫びながらこちらに銃を向けた。
「艦長!停船命令です!憲兵が銃を向けてます!」
「ブロイアー艦長!分かっているな!」
「あああ、五月蝿い!このまま出港する!それでいいんだろ!」
 艦が速度を上げると、憲兵たちはすぐさま発砲してきた。銃弾が船体に当たる鈍い音がすると、僕はすぐに顔をひっこめた。
「シウール准尉、テンダール上等兵。対空銃座につけ。もし攻撃してくるなら反撃しろ。」
「それって……友軍と戦うって事ですか!?」
 僕が驚愕して言うと、ベルティル大佐は頷いた。
「これは極秘任務だ。友軍相手でも説明してやる事は出来ない。友軍を攻撃する事になってもやむを得んという事だ。分かったらさっさとしろ、これは命令だぞ!」
 緊迫感が限界に達したのかほとんど叫びながらに命令したベルティル大佐は恐ろしく、僕とシウール准尉は銃座へ向かった。輸送船に過ぎないこの艦にも自衛のため最低限の武装が搭載されている。15fin重対空砲1門、連装機銃2基がその全てだ。相手が駆逐艦以上なら全く歯が立たない、気休めレベルの武装だ。銃座は後部貨物室の側面上側にあり、桟橋の上で叫ぶ憲兵がよく見えた。艦は軍港のゲートをすり抜け、珍しく晴れた帝都の青い空へと飛び出した。

 冷たい艦橋の中、ベルティル大佐と俺だけが残されていた。出航前に聞き出せなかった事、出航中に増えた疑問。あれこれを聞くチャンスだろう。俺は口を開いた。
「爺さんは機関室、残りの2人は機銃。アンタの部下は貨物室で宝物の番。東にかわしたおかげで追っ手もナシでまた2人きりだ。そろそろ任務について教えてくれたっていいんじゃないか?ベルティルさんよ。」
「上官には敬語を使う物だと習わなかったか?」
 予想通りはぐらかして来た。よっぽど任務について話したくないらしい。
「そこだよ、あんた本当は大佐じゃないだろ?」
「何故そう思う?」
「その歳で大佐なんて無理だ。俺みたいにエースパイロットじゃなきゃな」
「エースパイロット?……ジークムント・オヴ・ブロイアー……もしかして、あのブロイアー・サーカスか?」
 ベルティル大佐は急に合点がいったようで、驚きの目で俺を見た。
「気付くのが遅いな。今じゃ輸送艦に縛り付けられて、サーカスなんて出来っこないがな。」
 俺――ジークムント・オヴ・ブロイアーは、3年前までそこそこ有名なエースパイロットだった。愛機は錆止めオレンジのグランビア、通算撃墜機数は41機。軍人一家のブロイアー家にあって、陸軍軍人の父親に反発して空軍に入った俺にとってはまさに天職だった。基地に来た高級士官が部屋に女を連れ込んでいたのをうっかり見てさえいなければ、もっと積み上げられたはずの記録だ。
「そういう訳で、俺はこんな輸送艦で腐って密輸なんかやってるのさ」
「それで高級貴族だの高級士官だのが嫌いなのか?私怨だな」
「私怨で悪いか。いいからお前も本当の所属と階級について話したらどうだ?」
 俺が問い詰めると、ベルティル大佐は露骨に目をそらした。
「駄目だ。任務の秘匿性に関わる」
「そうかい。お前が口を割らなくたって、大体のことは検討ついてるけどな」
「何だと?」
 驚くベルティル大佐を横目に、俺は推理を喋りだした。
「まず勤続章。持っているうちで最長のものを必ず付ける必要があるのに、お前は付けてない。軍歴が5年以下で付けるモノが無いか、軍歴がバレるのを恐れて隠しているかのどっちかだ。次に訛り。さっき俺の部下に命令するとき、六王湖あたりの訛りが出てたよな?結論。お前は六王湖自治政府の人間で、あそこの貴族連中のために後ろ暗い仕事をしてる。少なくとも正規の帝国艦隊の指揮下にはない。どうだ、当たってるか?」
 俺が推理を言い終わると、ベルティル大佐は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「随分探偵ごっこが上手いな。当たっていたとして、それでどうしようと言うのだ?」
「別に?ただお前が俺の情報を持ってて、俺はそうじゃないってのが気に食わないだけさ。任務について言うことは無いのか?」
「何もない。ただあれは我々にとって重要で、ギッザスに届くのが早ければ早いほどいい、それだけだ。」
 そういうと彼女はそそくさと部屋を出ていった。帝国だとか帝国軍ではなく"我々"。引っかかる物言いだった。

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