もう一つのリューリア作戦(4)

前(第3話)

 本国への撤退は、決めてしまえば楽なものだった。船員たちの暴動は予想されていたがそれも無かった。皆俺に付いてきてくれているのか、それともクンバカルナが沈んだと聞いて意気消沈しているだけだろうか。ともあれ、分艦隊は帝国軍の監視網をやり過ごしながら北へと進んだ。
『タム2より定時報告。地平線まで敵影なし。タム3と交代する。』
「ドーヴィル管制了解。タム3到着まで待機せよ。」
艦橋要員の通信を聞きながら、俺は椅子に座り直した。
「タジ中佐、今どのあたりかな?」
「はい、我々はヨダ西方・ラッジリア東方を通過し、現在ゲノラグルの北西25ゲイアスほどに位置しています。」
 このまま進むと来たときより東寄りの航路で帰ることになる。とはいえ第二艦隊旗艦の撤退を目撃していることもあり、西でも東でも危険性は変わらないと判断出来た。それゆえ、どの航路を選ぼうと大差ないと言える。
「このまま行くとバレグ付近を通過してエルデア軍港に戻ることになるな。敵艦隊の配置が分からないのが不安だが……かち合ってもやり過ごすしかないな。」
「幸いにも雲は出ていますから、地上基地からの観測は避けられそうですね。」

 駆逐艦リ=ライカーの艦長はルガ・ツェニー中佐といい、彼の報告から連邦軍の混乱ぶりが分かってきた。第一艦隊と第七艦隊の残存戦力とは戦闘終了後すぐに連絡がとれなくなり、第五艦隊からの定期通信も途絶。空には連邦の連絡機が昼夜問わず飛び交い、母艦からはぐれた第五艦隊所属機が助けを求めてきたので甲板に下ろして機体は投棄したそうだ。分艦隊がジェット気流の中にいる間に、連邦艦隊はすっかり統制を失ってしまったらしい。
 得られた情報をもとに地図にマッピングしていると、無線機が音を立てて通信が入ったことを伝えた。
『ザリザリ……こちらタム3。地平線上に複数の動く物影を確認した。かなり遠く、航空機か飛行艦か、連邦か帝国かは分からない。警戒を継続する。』
「未確認機か……」
 この状況での未確認機は判断が難しい。味方艦であれば合流して安全を確保したいものだが、敵艦だった場合はもちろん回避したい。脅威となりえない輸送艦や少数の小型機であっても、現在位置を通報されれば健在の帝国艦隊に追われることになる。
「雲に隠れたあと、連邦の無線周波数で未確認艦に呼びかけよう。返答がなければ敵とみなして回避行動をとる。」
 俺の指示とともに分艦隊は雲に沈んだ。水に飛び込んだように周囲に雲がせり上がってくる光景は、艦隊に入らなければ経験できなかっただろう出来事の一つだ。
「回線開きます。……こちらはリューリア作戦特設独立分艦隊旗艦ドーヴィル。応答願います。」
 10秒、30秒、そして1分が経過した。返答はない。
「敵の哨戒部隊か……艦長、どちらに進路変更する?」
「西ですね。東に転針するとバレグに接近しすぎてしまいますから。」
 このように、敵部隊を回避するのは先に発見してしまえばそれほど難しくない。問題はその後の行動の方だ。転舵してしばらく後、フリッチャー艦長がバツの悪そうな顔で発言した。
「司令官……報告が。」
「艦長、何があった?」
「ここから北西方向、およそ30ゲイアスの間にわたって、分艦隊がおさまるサイズの雲が存在しません。気象状況が変化しつつあります。」
 そういうと、艦長は俺に気象図を手渡した。言われてみれば、確かに窓の外の光景も雲が薄くなっている。もし隠れる雲がなくなれば、帝国の地上基地から観測されることは間違いない。
「……時間はかかるが、バレグの東を通ろう。向こうを通れば雲があるかもしれない。食料は一日くらいならどうにかなる、敵の基地が多い国境付近で攻撃される可能性を考えるとここでリスクを取るのはまずい。」
「了解しました。各艦に通達します。」
 艦長が無線機のマイクを取った瞬間、緊急通信の赤いランプが光った。
『こちらウィンダム!後方約20ゲイアスに敵艦隊を確認。我々よりはるかに有力だ!』

「クロエ大佐か!?敵艦隊が後方にいるのか!詳しく情報をくれ!」
『分かった。本艦の偵察機によれば、敵艦隊の編成はグレーヒェン級戦艦1、ヴァーレン級重巡3、ガリアグル級軽巡2、ゲダルン級駆逐9。グレーヒェン級の塗装から見て、出港8日目に目撃した戦艦隊と、同日に交戦した巡空艦隊の生き残りだ。』
「クソッ、執念深い連中だ……だが何でこっちの向かった方向がバレたんだ?道中で見つかってたか?」
 クロエ大佐は悔しそうに言った。
『恐らくはそうだろう。むしろ、早い段階で行動を把握された上で泳がされていた可能性もある。第五艦隊に対応するために持ち場を離れられない間は我々を監視させ、第五艦隊の撤退によってフリーになった事で我々を追いに来たのかもしれん。』
「とにかく、このオンボロでは国境を超える前に追いつかれるな……ドーヴィルを殿にして敵を食い止められないか?」
 すると、話を聞いていた艦長が冷徹に言った。
「無理でしょう。ドーヴィルが囮になったところで、敵は高速艦のみを分離してドーヴィルなしの分艦隊を追撃できます。「グレーヒェン級対ドーヴィル」・「グレーヒェン級抜きの敵艦隊とドーヴィル抜きの分艦隊」という構図では、勝負にならないのは目に見えています。」
「なるほど……とにかく転舵はやめだ。雲がない空域を突っ切ってでも北に進むぞ。少しでも国境へ近づいておこう。運が良ければ、撤退した他艦隊が再出撃して援護してくれるかもしれない。」
『楽観的な見方だな……まぁ他に助かる道もあるまい、了解した。人事を尽くして天命を待つとも言うからな。』
 雲を抜けた分艦隊は、白い帯を引きながら北へ向かう。雲の尾は我々の命運が尽きるまでの導火線のようだ。そして、これを出来るだけ引き伸ばすのが今出来る精一杯だ。

「軽巡ヴィネッタより入電!前方に敵艦隊を発見しました!ようやく追いついたぞ、アダルベルトの仇め!」
「大変よろしい。どこへ逃げようと無駄だ、私の部下を殺した責任、その命で償ってもらうぞ……」
「それにしても、第五艦隊への警戒任務を稲妻部隊が引き受けてくれて幸運でしたね。あのままだと我々はリューリア東方に釘付けでしたから。」
「……ああ。リューリア大管区のエグゼイ閣下も敵討ちを了承して下さってありがたい事だ。背中を押されたからには必ず勝つぞ。」

 出港から14日。敵艦隊は速度を緩めず、俺たちも最大船速で逃げ続けた結果、距離はじわじわと、しかし着実に縮まりつつあった。幸運なことにどの船も機関故障を起こすことなく、最大船速を保ち続けた。だが、幸運はそれまでだった。導火線はもうほとんど残っていない。
「敵艦隊は現在後方12ゲイアス、間もなく赤道付近で交戦距離に入ります。」
「ああ……連邦艦隊や地上基地との通信はどうなってる?」
「3日前、エルデア軍港と一度話せたのが最後です。どうやら大量の損傷艦が入港し大混乱が発生しているらしく、事態が収束し次第動ける艦をかき集めて救出するとのことです。」
「そうか……長距離無線機は壊れてしまったし、その後連絡がつかないという事は、あまり期待できないな……」
 国境を超えるまで丸一日。全艦隊で逃げるには確実に間に合わないが、重巡アルボランとこの艦で敵艦隊に特攻すれば、敵艦隊も全艦で対応して、前衛戦隊だけは生きて帰れるかもしれない。タジ中佐と艦長とで考えてみるべきだろうか……そんなことを考えていると、艦隊の先頭を行くウィンダムから通信が入った。
『こちらウィンダム、前方に友軍艦隊を発見!輸送艦8隻に護衛のパノラマノラ3隻と国境防衛艦2隻、補給艦隊がどうしてこんなところにいるんだ!?』
 進路上の補給艦隊は足の遅い民間徴用船ばかりで、ドーヴィルにもまして敵から逃れることは出来なさそうな船も多かった。
「いったいどこからやってきたんでしょう?第一艦隊か第七艦隊の補給部隊だったんでしょうか?」
「いずれにせよ彼らは我々の進路上にいます、このままだと戦闘に巻き込まれるでしょう」
 艦長の言う通りだ。彼らを守らなければならない。だが、どうやって?
「補給艦隊は敵から24ゲイアスほどの距離にいます、もしかしたらまだ発見されていないかもしれません。我々がどうにか敵艦隊の注意をひければ、補給艦隊は逃げおおせる可能性はあります」
「そうか……連邦の船乗りとして、最後の意地を奴らに見せてやろう。」

『諸君、国境まであと少しというところですまない。我々は敵艦隊の進路上にいる補給艦隊から注意をそらし彼らを逃がすため、敵艦隊に対し突撃を敢行する。これはほとんど自殺任務に等しい。だが、我々連邦艦隊の存在意義は、帝国軍の魔の手から市民を守ることだ。徴用輸送艦の船員たちは民間人であり、守られるべき市民なんだ。私が第一の任務を遂行するために、どうか力を貸してほしい。』
 俺の作戦に対し、全ての艦が賛成してくれた。加えて補給艦隊のパノラマノラと国境防衛艦までもが作戦に志願した。まともな軍艦に乗っているならともかく、気嚢艦や浮き砲台では生還の可能性は万に一つもない。どうか彼らに幸運があるように願いつつ、彼らを艦隊に組み入れた。
「現在の戦力を確認します。旗艦ドーヴィル、重巡アルボラン。以上の2隻が主力戦隊を構成します。補給艦ヤサールは機銃以上の戦闘能力を持たないため、徴用輸送艦の護衛に回してあります。巡空艦ウィンダム、艦隊護衛艦アンティゴネ、駆逐艦コニス、駆逐艦リ=ライカー、軽駆逐艦サナア。気嚢砲艦11号、14号、15号。これらの艦は護衛空母仕様に改装されており、それぞれユーフー1機を艦載しています。国境防衛艦4号、21号。以上の12隻と、その艦載機15機が、我々の保有する戦力の全てです。」
「数だけ見れば12対15、勝てなくはないようにも思えてきますな。」
 艦長が苦笑しながら冗談を言った。質に天と地ほどの大きな差があるのは隠しておきたいところだ。
「分艦隊は火力で大きく劣っているため、この戦いの目標、すなわち補給艦隊への追撃を諦めさせるだけの損害を与えるためには、巡空艦と駆逐艦による空雷攻撃を成功させることが絶対条件になる。色々策は考えたが、結局運頼みだな。」
「人事を尽くして天命を待つ、まさしくですな。」
「ああ。作戦は伝達してあるな?発煙弾と発光信号ののち全艦回頭、旗艦ドーヴィルを戦闘に突撃を開始する。」

 緑色の発煙弾が宙に打ち上がり弾けると同時に、ドーヴィルの巨体がゆっくりと旋回を始めた。やがて分艦隊の僚艦たちもその後に続き、敵に艦首を向けた。分艦隊はドーヴィル、アルボラン、ウィンダムの3隻を先頭に突撃陣形をとり、徐々に距離をつめていく。
 先に発砲したのは敵のグレーヒェン級だった。6ゲイアスの距離から浴びせられる30fin砲弾が、ドーヴィルをかすめて飛んでいく。
「射撃開始!」
 艦長の号令とともに、ドーヴィルも最大射程で反撃を開始した。舷側に砲塔が搭載されているドーヴィルの利点として、舷側砲塔と正面砲塔合わせて主砲6射線を正面に指向出来ることが挙げられる。敵のグレーヒェン級は4射線だから、1.5倍の火力を発揮できることになる訳だ。とはいえ防護力は6割程度、射撃精度も劣っているため、正面から撃ちあっていても有利とは言えない。
「艦首狙撃砲発射!」
 8門の艦首狙撃砲が帝国重巡に向かって火を吹く。20fin砲弾の2発がヴァーレン級に命中したが、さしたる被害を被った様子もない。ヴァーレン級は帝国重巡の中でも特に重装甲なのだ。敵艦の注意がこちらに引きつけられ、反撃の25fin砲弾が甲板上の対空砲に命中し吹き飛ばした。
「狙撃砲室に被弾、火災発生!」
 再び放たれた25fin砲弾が艦首装甲を貫通し、火災を引き起こす。狙撃砲を撃ち切った後でなければ誘爆していたかもしれない。
 空雷部隊の突撃の下準備として、こちらの攻撃は敵の巡洋艦に集中されている。18fin重パゼン砲の射程に入ったガリアグル級軽巡の一隻が、ウィンダムの主砲連射によって火を吹いて脱落した。これを見た敵艦隊は重巡の射程内で戦おうと回頭し、追撃を阻止するため駆逐艦を突撃させた。こちらの待ち望んだ展開だ。
「煙幕弾射撃開始!空雷部隊突撃!」
 先頭の3隻が煙幕弾で敵大型艦の射線を遮ると同時に、後ろに隠れていた小型艦が最大船速で突撃を開始した。煙幕作戦、これこそが俺たちの最大の策だ。雲がないなら作り出せばいい。
「空雷部隊を援護するぞ!ドーヴィル回頭!アルボランも続け!」
 側面を敵に向けたドーヴィルとアルボランが舷側に配置された副砲を撃ちまくり、敵の駆逐艦隊の突撃を阻止する。白い煙幕を背景にした敵駆逐艦は狙いやすく、弾幕にまともに突っ込んだゲダルン級駆逐艦の一隻が爆発を起こしバラバラになるのが見えた。
「アルボラン被弾!艦首砲塔が爆発、炎上しています!」
 当然だが、敵もやられてばかりではない。駆逐艦隊の突撃失敗を悟った敵艦隊はこれを呼び戻すとともに、戦艦と重巡で煙幕越しにこちらを狙う。もしこちらが追う側になれば、空雷部隊は敵に追いつくまで、その強烈な火力を浴び続けなければならない。
 空雷部隊にはパノラマノラと国境防衛艦も混ざっていたが、彼らはその火力の犠牲となっていった。脆い気嚢艦を発見した敵艦が対空砲を撃ちまくりパノラマノラの周りで炸裂させると、装甲化されてすらいない気嚢に穴が開いて沈むか、あるいは着火して爆発を引き起こした。国境防衛艦は主砲で駆逐艦を狙ったが、射撃したことによって注目を集め、小型艦の集中砲火によってやはり撃破された。
「航空隊、空雷部隊を援護しろ!」
 ドーヴィルの直掩にあたっていたユーフー、セズレ、レイテアが一斉に離れ、敵艦隊に向かっていく。敵艦隊からも直掩のグランバールが飛び立ち、たちまち激しい空中戦となった。だが空中戦を仕掛けることが目的ではない。ユーフーとセズレが敵機を引きつけているうちに、レイテアが敵艦隊の側面に回り込んだ。
『タム1、煙幕散布開始!』
 レイテアの翼に懸架された煙幕発生装置が起動し、またも空雷部隊への射線を遮断していく。駆逐艦用の発煙缶を改造したありあわせのものだが、しっかりと目的を果たしているようだ。
 煙に包まれる敵艦隊を見ながら再突入命令を出そうとした時、ウィンダムのクロエ大佐から通信が入った。
『こちらウィンダム、突撃待ってくれ!こっちに策がある、レイテア隊をあと三分だけ持ちこたえさせられないか?』

『隊長ぉ、空雷部隊は何をしてるんです!敵対空砲の射程圏内で格闘戦なんて正気じゃないですよ!』
「じゃあレイテア隊を見捨てて逃げるか、エルラクエ2!安心しろ、動き回っていれば当たらん!」
 煙幕散布を続けるレイテアに群がる12機のグランバールに対して、6機のセズレと3機のユーフーで対処しつつ対空砲をかわす。苦しい任務だが、逃げ出して敵に背を向けても撃ち落とされるだけだ。
 横をすれ違いレイテアを追いかける敵機へ機首を向け発射ボタンを押すと、光の帯がグランバールをバラバラに引き裂いた。これを見た2機が敵討ちとばかりにこちらに突入する。俺は垂直上昇し、そのまま反転降下して追ってきた1機を叩き落とした。だがもう一機は?……後ろだ!こいつは連邦機の得意な垂直上昇に付いてこず、降下攻撃を見越して滞空していたのだ。
 敵機のパイロットと目が合う。戦慣れした奴の目だ。敵はこちらを得意な旋回戦に引き込もうとしているようだが、その手には乗らない。降下すると見せかけて再度上昇する。俺の機体に向けて、敵機は機首榴弾砲と翼端パイロンの噴進弾を撃ち込んでくる。
「そんなすっとろい弾当たるか!」
 俺は機体をひねって敵弾を回避する。時限信管の設定された噴進弾が後方で爆発し、機体が悲鳴をあげるのが聞こえた。上から狙われることになった敵機は帝国軍お得意のスライド移動でかわそうとするが、こちらの方が一枚上手だった。敵機の動きに合わせたスリップ機動が、相手にとって予想外の一撃となった。内蔵を撒き散らし落ちていくグランバールを横目で見ながら、俺はため息をついた。その時、無線機からエルラクエ3の声が聞こえた。
『隊長、西を見てください!ウィンダムが突入してきます!』

「いいぞ!速力を緩めるな!弾薬庫が空になるまで撃ちまくれ!」
 煙の向こう側が着弾光で輝き、敵駆逐艦が墜落する。煙幕越しの視界ゼロでも正確な射撃が可能な高性能共振器は、帝国やアーキルには真似できない超技術の塊だ。これと自動装填装置付きの18fin速射砲が合わされば、その火力は1個駆逐隊にも相当する。
 ……そう、これが狙いだ。煙幕越しの猛烈な弾幕は、こちらに空雷部隊がいると誤認させるに十分なはず。彼らが突撃を成功させるまで囮を続けるのがこの艦の役割だ。
((ウィンダムの装甲はそれほど厚くない、そう長くはもたせられないが……同胞たちのためだ……!))

「艦長、司令官!ウィンダムが単艦で敵と並走しています!」
 タジ中佐の言う通り、ウィンダムは煙幕の向こう側の敵艦隊に猛烈な連射を浴びせ、敵艦隊もまた猛烈な弾幕でウィンダムを近づけさせまいとしている。数発の小口径弾がウィンダムの装甲表面に命中し、光とともに弾けて消える様子が見えた。
「いくら煙幕越しの優位があるからと言って、あれでは自殺行為だぞ!」
 俺がそう言うと、艦長は微笑んで言った。
「いや司令官、よく見て下さい。ウィンダムが敵の頭を押さえるように動いた結果、敵艦隊は進路を変え空雷部隊に側面を晒しています。ウィンダムが好機を作り出したのです!」
 回頭しウィンダムから距離を取ろうとする敵艦隊に対し、煙幕に紛れて空雷部隊が突撃する。敵艦隊もウィンダムが囮である事に気がついたようだが、既に駆逐艦たちは接近雷撃の適正距離にまで近づいていた。
『全艦、一斉雷撃!!』
 駆逐艦たちから空雷が発射され、白い尾を引いて敵の大型艦に向かっていく。敵も対空砲の弾幕を張って決死の抵抗を試みるが、その運命は変わらなかった。
 戦艦の周りを固める巡空艦たちが、これを庇うように土手っ腹に雷撃を受けた。一撃必殺の大型空雷を2発も受けたヴァーレン級は、一瞬装甲が波打ったかと思うと大爆発を起こして落ちていった。もう1隻の巡空艦は艦底に一撃を受け、爆圧で折れ曲がり真っ二つになった。
 だが代償も大きかった。軽駆逐艦サナアは空雷を撃ちきって離脱しようとした所を後ろから撃たれた。25fin砲弾が艦尾をとらえ、推進プロペラと舵、そして浮遊機関を吹き飛ばした。浮力を失ったサナアは、静かに燃えながら砂漠へ沈んでいった。国境防衛艦の生き残りは必死に攻撃をかわしながら駆逐艦を撃ち続けていたが、戦艦の副砲弾幕に捕まりバラバラになった。艦隊護衛艦アンティゴネは空雷を再装填し再度突撃を試みたが、やはり艦尾にグレーヒェン級の30finを受け、舵を吹き飛ばされた。もはや助からないと思ったアンティゴネは決死の突撃を戦艦に仕掛けたが、敵軽巡の生き残りが文字通り盾となった。アンティゴネはガリアグル級の側面に突き刺さり、艦首がめり込んで動かなくなった。それでも一矢報いようと発射された空雷はしかし、射線上に割り込んだ最後の敵重巡の側面装甲に防がれた。アンティゴネは反撃の主砲一斉射を受け、粉々に吹き飛んだ。離脱に成功したのはリ=ライカーとコニスのみで、この2隻も空雷を撃ちきっていた。もはや分艦隊に敵艦を止める力は無かった。

 艦橋の窓には、未だ健在のグレーヒェン級と、これに付き従う満身創痍のヴァーレン級1隻、ゲダルン級6隻が見えた。これに対峙する分艦隊はドーヴィルとアルボラン、ウィンダムにリ=ライカーとコニスの5隻のみ。大型艦の損傷が激しく、弾薬も欠乏していた。空雷を撃ちきった今、もはや勝ち目はない。
「補給艦隊は……補給艦隊はどうなってる?退避完了してるか?」
「はい。彼らはもう地平線の向こう側、無事に連邦領まで辿り着けるでしょう。」
「はは……!!俺たちの勝ちだな!」
 俺は力なく笑った。払った犠牲は大きかったが、少なくとも守るべきものを守ることは出来た。
「リ=ライカーとコニスを分離して撤退させよう。しかし被弾損傷したドーヴィル、アルボラン、ウィンダムは逃れられないだろうな……艦を自沈させて降伏するか?」
 俺がそう言うと、艦長は笑って返した。
「もっといい案がありますよ。ドーヴィル単艦で突撃して、アルボランとウィンダムも撤退させるんです。この老いぼれは間違いなく助からないでしょうが、装甲がもてば時間稼ぎは出来ます。あとの2隻は助かるかもしれません。」
 前々から思っていたのだが、フリッチャー艦長は落ち着きのある人に見えて時々とんでもない提案をしてくる。どんな軍歴を踏んでくればこの人間が出来上がるのだろうか?落ち着いたら聞いてみたい所だったが、もう二度と聞く機会は無いようだった。
「よし、いいだろう。最低限の人員以外を退艦させその後回頭、敵艦に突撃する。……タジ中佐、お前は退艦する人員の指揮を執れ。」
「司令官!司令官と艦長だけ死なせる訳には行きません!私も残ります!」
「気持ちは嬉しいが、これは命令だ。それから……これ。航海日誌だ。お前に預けるから、これをエルデア軍港まで届けてくれ。頼んだぞ。」
 俺が航海日誌を差し出すと、タジ中佐は悔しそうにこれを受け取り、敬礼して艦橋から出ていった。
「いいんですか?ザーレ司令官。」
「いいも悪いも無いよ。未来ある艦隊士官を特攻作戦に巻き込むべきじゃない。……俺も艦長もこのドーヴィルも十分働いたが、タジ中佐はこれからだからな。」
 艦長は俺の横顔を見ながら頷いた。ドーヴィルはゆっくりと転舵し、砲口をこちらに向けた敵艦隊へと向かっていく。退艦したタジ中佐たちを載せて離れていくアルボランとウィンダムを尻目に、俺はこれでいいんだと自分に言い聞かせた。

 ――その時、俺たちの目の前でヴァーレン級が粉々に吹き飛んだ。
「何だ?弾薬が誘爆したのか?それにしては不自然な……」
 俺が訝しんでいると、通信兵がドタドタと艦橋に乗り込んできた。
「報告します!発光信号を受信、発信元は戦艦ラオデギア!内容は次の通りです!ええと、"騎兵隊のお出ましだ"……とのこと!」
 雲のない青空を背景に、ドックに入っていたはずの巨体が姿を表した。見間違うはずもない、紛れもなく戦艦ラオデギアだ。
「ラオデギアだ!救援艦隊が来たのか!……しかし事故から二十日くらいしか経ってないぞ、どうやってドックから出てきたんだ?艦長、とにかく突撃は中止だ!回頭するぞ!」
 俺の命令撤回に、艦長は嬉しそうに笑った。
「やれやれ、ラオデギアの誰かさんのお陰で、私もこの艦も死に損ないましたな。ありがたい事です。」
 ラオデギアは数隻の巡空艦や駆逐艦を伴い、ゆっくりと敵艦隊に向かっていき、その32fin砲を浴びせかけた。被弾した敵駆逐艦が浮力を失い沈んでいくと、敵艦隊は彼我の戦力差を悟って撤退を開始した。ドーヴィルがラオデギアとすれ違おうとしたその時、馴染みのある声で短距離通信が入った。
『こちらはラオデギアの艦長、アジャール中将だ。ドーヴィルは無事か?私の大事な教え子はまだ生きているかね?』
 アジャール中将の声を聞いた途端、俺の心の中に「無事に帰ってこれた」という実感が溢れ出し、俺は堰を切ったように喋りだしてしまった。
「中将!あなたが助けに来てくれたんですか!ドーヴィルはひどく打ちのめされましたが、この通りまだ浮かんでいます!俺も五体満足です!ああ、俺はここでこのまま死んでしまうものと……」
「その様子だと相当切羽詰まっていたらしいな?話は帰ってから聞いてやる、ここはラオデギアに任せろ。」

 翌日、ドーヴィルはエルデア軍港に戻った。大型艦用ドックには被弾損傷した戦艦や空母が並んでおり、修理溶接の火花が戦闘の激しさを伺わせた。帰還した分艦隊には、”数に勝る敵艦隊に対し奮戦し、補給艦隊を守るべく死力を尽くした”として連邦緑旗勲章が与えられた。もっとも戦況が余談を許さないことから、授賞式はいつになるか分からないようだ。
 帰港の翌日にもなると精神が落ち着いて、これまでの慌ただしく刺激的な出来事も現実感がなく、夢のようにすら思えてきた。あの戦いで失ったものは多くとも、得たものや残ったものは少ないからだ。書類仕事に一区切りついた所で、俺の部屋をアジャール中将が訪れた。
「よう、元気か?」
 中将は小さい椅子に窮屈そうに腰掛けると、俺に笑いかけた。
「おかげさまで。これ、戦闘詳報です」
 俺が差し出した戦闘詳報を受け取ると、中将は表紙をめくりながら聞いた。
「ずいぶん分厚いな、向こうじゃ散々な目にあったとは聞いたが、これほどとはな……読むのに時間がかかりそうだ。お前、コーヒーか何か無いか?」
 コーヒー。その言葉を聞いて、あの戦いから得たものもあったと思い出した。
「コーヒーですか?それなら、イスマイロフ中佐に教わった淹れ方がありましてね……」

もう一つのリューリア作戦 完

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