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英雄たちの丘

「第6連隊から苦情が来てますよ、なんでもアキエリ砲戦車の補充を要求したらゾロトゥルン突撃砲が来たとか」
「う~ん、間違って送ったかな……マッケンナ君、補充を送ったのは何日前だっけ?」
「5日前です」
「ああ、それなら間違って送っちゃったんだな。あの日はアーキル国軍の大所帯が殴り込んできて大変だったから」
「行軍中にパンノニア兵に戦車を盗まれたからその分を補填するとか言って、ここに置いてある整備中の車両を持っていこうとしたんですよね」
 ここは自由パンノニア軍第38補給基地。南北が睨み合うニルギス平原の前線からわずかに離れた場所に位置する小さな、しかし仕事の多い補給基地だ。私、アマーリエ・マッケンナ少尉の、士官学校卒業後初の任地でもある。
 私の仕事は補給物資の仕分けだ。ここに来てから2ヶ月ほどになるが、基地司令官カリヴォダ少佐の気遣いもあり、どうにか平穏無事に仕事を続けている。
「そろそろ昼か……マッケンナ君、補給トラックが来るから、出迎えと荷降ろしの準備をしておいてくれ。終わったらみんなで昼食にしよう」
「了解です。長距離無線の修理部品も来てるといいですね」
「もう3週間も待ってるんだから、期待しない方がいいと思うけどね」

 司令室(とはいっても単なるバラック小屋だが)を出て基地のゲートに向かうと、そこに止まっていたのはトラックではなくアーキルのデーヴァ戦車だった。上部ハッチから顔を出した士官が、何やら切羽詰まった様子でゲートの警備兵に話しかけている。とにかくもうすぐトラックが来るのだから、ゲートの前からどいてもらわなければならない。
「あのう、アーキル国軍の方ですか?そこはもうすぐトラックが通るのでどいてもらえるとありがたいんですが……」
「何?この基地には連絡が行ってないのか!補給トラックなんて言ってる場合じゃないぞ!」
 アーキル士官らしい補給を軽視した発言だ。補給科の人間として、ここは一つ言っておかねばならない。
「あのですね、補給トラックなんてとおっしゃいましたけど、あなた方の使っているデーヴァ戦車だって、弾も燃料も補給トラックが……」
「違う!そういう事を言いたいんじゃあない!本当に知らないみたいだからここで話すが、帝国軍がすぐここまで来るんだぞ!前線が突破されたんだ!我々はその前線から来たんだよ!」

 驚くべき知らせを持ってきたアーキル国軍の戦車隊指揮官を司令室に通す。このハーミド大尉という男は連邦軍第43装甲大隊で中隊長をしていたが、自分たちの戦車6両を除いてその部隊は全滅してしまったというのだ。もっとも人員はそれ以上生き残ったようで、彼の戦車隊はエンジングリルや戦闘室の上に兵士が満載されていた他、戦車の中からもすし詰めにされていた定員の三倍近い兵士が出てきて、私達を驚かせた。
「いやあ、長距離無線が壊れてしまっていてね。教えてくれて助かった」
「とにかく、帝国軍がここに来るまでに半日とかからない筈です!敵は我々の6倍以上いるのですから、何もせずにいるとこの基地もやられてしまう!」
「そうだなぁ、しかしハーミド大尉、この基地は単なる補給基地で要塞じゃないし、出来ることはほとんどないぞ。いっそ基地をたたんで後退するかね?」
「馬鹿おっしゃらないで下さい!ニルギス平原には帝国軍の足を止めるような地形なんて全くないんです、我々が後退すれば、敵は一気にパンノニア平原まで進んでしまうことになりますよ!」
「それは困るなぁ」
 カリヴォダ少佐はこんな状況でも全く緊張感がない。冷静沈着と言えば聞こえはいいが、そのせいでハーミド大尉の顔は怒りでバルーンリンゴのように赤くなっていくばかりだ。彼の怒りを鎮めるためにも私が話を進めなければ。
「とりあえず、この基地にある車両で使えそうなものをリストアップしましょうか」
 しばらくして完成したリストを眺める。修理、あるいは前線への配備のためにこの基地に持ち込まれたもののうち、稼働可能な砲と車両のリストだ。試作戦車1両、アキエリ砲戦車3両、ダッカー豆戦車6両、19fin対艦高射砲2門、対空機関砲3基、ミッカド軽便砲6門。これで全てだ。
「少ないな……帝国軍の戦車隊は大隊規模だった、この量じゃ正面からぶつかっても蹴散らされるだけだ」
「塹壕を掘るのはどうですか?ブルドーザーがありますから、基地の回りに掘る程度なら夕方までには終わりますよ」
「悪くないな。場所を指示するから、戦車壕も掘っておけ。よろしいですね、カリヴォダ少佐?」
「ああ、私は戦車のことは分からないから君に任せるよ」

 夕方になり、壕が掘り終わった。今やこの基地は半円状の塹壕に囲まれ、その周りには戦車が車体を隠すための戦車壕が点在している。この基地にあった戦車にはハーミド大尉が連れてきた戦車兵たちが乗り込み、戦闘準備を万端に整えている。
「ところで試作戦車っていうのはどこに……あっ!」
 基地の正面に掘られた戦車壕の中に、巨大な砲塔を備えた異様なシルエットが見て取れた。間違いなくあれが試作戦車だろう。近づいて後側から眺めると、砲塔の後ろ側には装甲が無く、戦車兵たちがむき出しだ。
 手元の書類を開くと、“セゲド速射戦車”のページに全く同じ姿の戦車があった。一週間ほど前にこの基地に送られてきたこの戦車の主砲は5発1組の弾倉式で、多数の敵戦車に対して高い火力を期待できる。と、この書類には書いてある。しかし、ただでさえ重い8fin砲弾を5発もまとめたら、弾倉が30kg以上の重さになって装填が困難なのではないだろうか?そのような理由もあって今日までこの戦車を受け取ろうとする部隊はおらず、不格好な巨人はこの基地に死蔵されていた訳だ。かわいそうな装填手を視界の後ろに残し、私は塹壕に向かった。

 夜の闇があたりを覆い月明かりが地面を照らす頃、私はカリヴォダ少佐、ハーミド大尉と共に臨時司令室(ただの天井付き避難壕だ)で作戦指揮の打ち合わせを行っていた。
「ハーミド大尉が戦車隊の指揮、マッケンナ君が歩兵隊の指揮だね」
「はい、私はあの試作戦車に乗り込んで、自車とアキエリ砲戦車の指揮を執ります。デーヴァⅢ6両とダッカー6両はそれぞれ部下に任せています」
「ええと、私は歩兵隊と高射砲、対空機関砲の指揮を執ります」
「マッケンナ少尉、高射砲要員と歩兵隊にも私が連れてきた戦車兵が混じっているんだぞ。彼らのためにもしっかりやってくれないと困る」
 言われなくてもそのくらい分かっている。私達補給科の人間をまともに銃を撃ったこともない連中として軽く見ているのだろうが、軍人としての心構えは前線の兵士たちにも劣らないつもりだ。私はハーミド大尉を睨みつけた。
「まあまあ二人とも、これから肩を並べて戦うんだからもう少し仲良く……」
 険悪な雰囲気を感じ取った少佐がこれを宥めようとしたとき、短距離無線機が割って入った。
『こちら前進偵察隊!敵戦車隊を目視で確認しました!数およそ40両、こちらに向かっています!位置の露見を避けるため後退します!以上!』
 通信が切れるとともに、外が真昼のように明るくなった。それはまるで鏑矢のような、帝国軍の照明弾射撃だった。

 アーキル人の多くはニルギス平原を真っ平らだと思っているし、実際に空から見れば平らに見えるのだろう。だがこうして地に立てば、細かい起伏があり完全に平らな場所は少ないことがよく分かる。そして第38補給基地は緩やかな丘の上にあり、月明かりのもと迫ってくる帝国軍戦車隊がよく見えた。偶然だが守るには好都合だ。
 やがてまとまった発砲音が響き、こちらの陣地から離れた場所にクレーターを作った。10両ほどのダック210が基地から4レウコほどの距離にある丘に陣取って砲撃しているのだ。そうそう当たるものではないとはいえ、この状況下では逃げ出したくもなるというものだ。特に敵を引きつけて撃つため、壕に入って狙いを定める戦車隊にとっては耐え難い時間に違いない。
「うわっ!」
 不意にひときわ大きな轟音が響き、地面が赤く照らされた。余剰の弾薬を積んであった陣地の後ろ側に砲弾が落ち、誘爆したのだ。凄まじい量の塵が舞う。そしてこれを合図にしたかのように、ゼクセルシエ空挺戦車とヴァゼ機動砲車からなる敵の本隊が突撃を開始した。

 セゲド速射戦車の照準器に敵戦車を捉え、号令を待つ。ゼクセルシエが主砲を連射しながらこちらに迫るが、動く敵戦車から壕で身を隠したこちらの戦車に弾を命中させるのは難しいようだった。やがて彼我の距離が1レウコを切った時、ハーミド大尉の号令が響いた。
「撃てェ!!」
 こちらの戦車と砲が一斉に火を吹き、何両もの敵戦車が爆発した。このセゲドが放った砲弾もゼクセルシエの正面装甲を貫き撃破したようだ。
「距離そのまま。目標、前目標右隣の敵戦車」
 他の戦車が装填に手間取る中、弾倉が砲弾一つ分砲尾に引き込まれ、あっという間に装填が完了する。再び発砲すると、砲弾は素直な弾道で敵戦車に吸い込まれ、これを火で包んだ。装填時間のうちは撃たれないと思っていた敵戦車の乗員は驚愕しているだろうが、情けをかける余裕はない。
「近いものから自由射撃!」
 戦車長の号令に従い、次々と砲弾を撃ち込む。あっという間に全弾を撃ちきったころ、隣のアキエリ砲戦車がようやく2発目を放った。排出された空弾倉をどかし、装填手と一緒にとてつもなく重い2本目の弾倉を取り付ける。弾倉を取り付けている間に、隣のアキエリ砲戦車は4発を放った。これでは弾倉式の意味がない。ともかく6発目を放とうとした時、半レウコもない距離にいるゼクセルシエが砲塔をこちらに向けているのに気づいた。間に合わない。そう思った時、セゲドが火に包まれた。

 近くで大きな破裂音がして、塹壕の中の私は身をすくめた。見ると、セゲド速射戦車の砲塔が吹き飛んでいる。セゲド速射戦車の砲塔は重量軽減のために申し訳程度の装甲しか貼られていない。それが仇となったのだろう。
生存者を探してセゲドに近づくと、そこにはアーキル士官の服を着た血まみれの男が倒れていた。ハーミド大尉だった。
「大丈夫ですかハーミド大尉!しっかりして下さい!」
「ううっ……私はまだ戦える……」
 骨は折れ装甲の破片が皮膚に突き刺さっているが、見たところ即座に生命を失うような怪我ではないようだった。まるで戦車のように頑丈な男だ。
「大尉、自分では分からないかもしれませんが酷い有様ですよ!今臨時司令室に運ばせますから辛抱してください!」
「そうか……部下を頼む……」
 大尉はそう言うと気絶してしまったようだった。その場にいた兵士がハーミド大尉を持ち上げ司令室に連れて行く。夜空は撃破された戦車の炎と煙で赤黒く染まり、夜であるにも関わらず明るい。この丘が地獄に変わってしまったかのようだ。私はふとそう思った。

 敵戦車は塹壕から300メルトほどの距離で前進をやめ、その背面に乗っていた歩兵が一斉に飛び降りた。戦車跨乗戦術だ。見晴らしがよく敵の火力が強力な拠点を攻撃するとき、兵員輸送車両は狙い撃ちにされ、かえって損害が増える。つまり、敵は今の状況にピッタリの戦術を選んだということだ。
 たちまち塹壕に設置された機関銃が火を吹き、帝国歩兵をなぎ倒す。だが敵のヴァゼが機関銃に照準を合わせ、これを榴弾で吹き飛ばそうとする。その時デーヴァ戦車の放った砲弾がヴァゼに命中し、砲塔を天高く吹き飛ばした。今や敵はその人相を判別できるほどに近づいていて、放たれた砲弾は必中する距離だった。
 撃破されたヴァゼの横をゼクセルシエが突進し、塹壕ごとこちらを踏み潰そうと迫る。私は悲鳴をあげそうになって踏みとどまり、ミッカド軽便砲に射撃命令を出した。だが返答はない。軽便砲のあった方をみやると、ゼクセルシエの主砲が着弾した跡がくっきりと残っていた。どうやら砲要員は負傷したか、あるいは冥界に旅立ってしまったようだ。だが私も同じ目に遭う訳にはいかない。私はこの戦争が終わったらソルノークの実家に帰って、あのパンノニアトマトとチーズの煮物を食べると決めているからだ。
 軽便砲の元に走りロケット弾を装填するが、気づいていないのかそれとも気にしていないのか、ゼクセルシエは正面から向かってくる。おざなりな作りの照準器で狙いをつけて引き金を引くと、放たれたロケット弾が白い尾を引きながらゼクセルシエに命中し、正面装甲を破壊した。火の手が上がるゼクセルシエから帝国兵たちが出てきて、脱兎の如く逃げていった。

 戦闘開始から30分ほどで、既にデーヴァ戦車2両が撃破されていた。これに対し敵は15両以上を失っていたが、攻撃の勢いを少しも緩めない。ハーミド大尉の負傷によって、戦車隊の指揮も(形だけではあるが)私に任されていた。大尉が戦車壕に入れてもやられるだけだと言って、陣地後方に予備戦力として控えさせていたダッカーがあったはずだ。ゼクセルシエ相手には望み薄だが、あれをぶつけるべきだろうか?そう考えていると、凄まじい騒音と航空機のプロペラの音が聞こえた。

 それは、アルパド型護衛艦1隻とグリペン級戦闘空雷艇3隻からなる航空支援だった。不意に通信機と双眼鏡を持ったカリヴォダ少佐が現れた。いつも通りの顔だ。
「カリヴォダ少佐!あれは何です!?」
「実はハーミド大尉が戦車に乗ってやってきた後、伝令を出して援軍を要請しておいたんだよ。だが私も護衛艦まで出してくるとは思わなかったね。君、オレンジの発煙弾はあるかね?」
「ツェカドランチャー用のものならあります」
「敵戦車のあたりに撃ち込んでおいてくれ」
 持ち主のいなくなったランチャーを塹壕の土から引っ張り上げ、装填した発煙弾を発射する。これに呼応して艦隊が向きを変え、艦首を地上に向けた。
「最高のショーが見られるぞ」
 カリヴォダ少佐がそう言うと、まず三隻のグリペン級が敵の戦車隊に突っ込んでいった。戦車隊の散開を待たずして重低音とともに対艦機関砲が連射され、ゼクセルシエとヴァゼを次々と鉄屑に変えていく。
 続いて、聞き覚えのない声が無線に割り込んできた。
『こちらはアルパド型護衛艦“タシュナド”。我々の到着が遅きに失していないことを祈る。自由パンノニアに栄光あれ』
 通信が切れるとともに、タシュナドは機首を下げ、ついには30度ほどの角度で緩降下し始めた。その姿は獲物を狙う残忍な肉食魚のようだ。敵戦車はどうにか射程から逃れようと後退し始めたが、その判断は遅すぎた。タシュナドの艦首固定対艦砲が一斉に火を吹くと、視界が白飛びし、轟音と振動が過ぎ去り、地面が消し飛んだ。砂埃が収まると、敵戦車の姿はそこに無かった。
「助かった……」
 生き残りの兵士たちが塹壕で歓声をあげる中、私は不意に安堵の声を漏らした。

 取り残された帝国兵たちは、勝ち目がないことを悟りこちらに降伏した。丘に陣取っていたダック210軽戦車は撤退しようとしたが、温存されていたダッカー隊が突撃をかけ1両を撃破すると、残りの9両の乗員たちは車両を放棄して降伏した。
 こうして戦闘は終わった。結果を見れば圧倒的に少ない戦力で帝国の戦車部隊を跳ね返し、逆に全滅させたことになるが、それでもこちらはセゲド速射戦車とデーヴァ戦車2両、1門の高射砲、そして40人以上の兵士を失った。輝かしい勝利と呼ぶ気にはなれなかった。
 やがて朝になり、パンノニアとアーキルの部隊がやってきて負傷者と死者を収容し始めた。塹壕の前には昨日あれだけ苦しめられたゼクセルシエとヴァゼの群れが、鋭い朝日の前にその残骸を晒している。あの激しかった戦闘も、終わってみれば夢のようで現実感がない。
 煙草を吸いながらそんな事をぼんやりと考えていると、後ろから肩を叩かれた。振り返るとそこには全身に包帯を巻いたハーミド大尉がいた。杖もなしに歩いている。昨日の今日に大怪我をしたとは思えない、凄まじい生命力だ。
「何やってるんです、重傷者は寝てて下さいよ!傷が開いたら治りが遅くなりますよ!」
「連邦軍人たるもの命尽きるまで市民のため戦うものだ。これしきの怪我で寝ていられるものか。私も負傷者の収容作業をやるぞ」
「あなたは収容される側でしょう」
 そう言われると大尉はバツの悪そうな顔をして救急テントへ向かっていったが、何を思ったのか振り返った。
「初めてここに来たときは気に食わない士官だと思ったが、噂によれば一人でゼクセルシエをふっ飛ばしたそうじゃないか。内心失礼なことを思ってすまなかった。倒れる前に部下をあんたに預けてよかった。礼を言うよ、あんたは真の連邦軍人だ」
 そう言って敬礼する大尉に、私は返礼することしか出来なかった。

 あの戦いからしばらくして、第38補給基地は本格的な基地に格上げされることになった。工兵部隊がやってくると監視塔や防壁が建てられ、飛行場が整備され、テントではない病院、屋外ではない修理工場、バラックではない司令室があっという間に完成した。
 私とカリヴォダ少佐は引き続きこの基地で務めることになった。もちろん仕事は戦闘ではなく、元の補給科の仕事だ。しかし変わったこともある。私、カリヴォダ少佐、そして病院で療養中のハーミド大尉が“第38補給基地を防衛し、帝国軍のパンノニア平原侵攻の企図を挫いた”として、基地完成の式典で勲章をもらえる事になったのだ。ソルノークの家で待つ母もきっと喜ぶことだろう。
「しかし、私なんかが勲章をもらっていいんでしょうか?指揮も満足に執れず右往左往していただけなのに、申し訳ないです」
「それは私のセリフだよ。君は立派にゼクセルシエを撃破したらしいじゃないか?それに動機や行動はどうあれ、事実として帝国軍の攻勢はあの丘で頓挫したんだからね」
 少佐――もうすぐ中佐になるが――の言う通り、あの戦車隊は帝国軍の攻勢主力の一部だった。戦車の集中運用で前線を突破し、一気にパンノニア平原を縦断してケリをつけようという帝国の作戦は、高速の艦隊を機動的に運用して地上支援を行い、帝国艦隊が来る前に素早く後退する、自由パンノニア軍の機動防御によって防がれたのだ。噂では南パンノニアの反帝国地下組織が本作戦に合わせて艦隊や航空隊の出撃を妨害したとも聞く。
「自由パンノニア軍はこの防衛作戦の成功を内外へ大々的にアピールするために、英雄を欲しているのかもしれないね」
 少佐は海藻茶を飲みながら、さもどうでも良さそうに言った。
 英雄。私よりも、あの丘で死んでいった兵士たちの方がよほど英雄にふさわしい。無論彼らにも勲章や二階級特進、遺族年金などが手配されるだろうが、所詮は命あっての物種だ。私だってあそこで死んでいたかもしれないし、今日は生きていても明日があるかは分からない。

 かくして、私は前線に向けて荷物を送り出すとき、あの丘を思い出すようになった。英雄たちの丘。忘れもしない、赤い夜空の下の第38補給基地を。


帝国第96装甲大隊
第1中隊:ゼクセルシエ空挺戦車×7
第2中隊:ゼクセルシエ空挺戦車×4、ヴァゼ機動砲車×6
第3中隊;ゼクセルシエ空挺戦車×4、ヴァゼ機動砲車×6
第4中隊:ダック210軽戦車×10

自由パンノニア第38補給基地臨時防衛隊
セゲド速射戦車×1
アキエリ砲戦車×3
ダッカー豆戦車×6
19fin対艦高射砲×2
ミッカド軽便砲×6
デーヴァⅢ装甲戦車×6(アーキル連邦軍第43装甲大隊所属)

第38補給基地救援隊
アルパド型護衛艦“タシュナド”
グリペン級戦闘空雷艇“カヴァ”“ベハル”“ニーレシュ”

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