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強い体

男と部屋にいる。医者と付き合うのは難しいと言われているが同じくらい私が存在することも難しかった。私は自分で言うのもなんだが究極の状態だった。絶対に幻想じゃない。同クラスの男子が私を可愛いと言ってるのを幾度となく聞いたり友達が聞いたと教えてくれたし5000人のフォロワーを持つルナも近所の小学生もインスタで知り合った男も絶対にそんなこと言わなそうなお兄さんまで可愛いと言ってくれた。そしてそれ相応の努力もした。毎日メイクと髪型と洋服を研究して作り上げた完璧体だ。



ただの男が好きならここまで体型を、メイクを、髪型を確実に仕上げようとは思わない。それは執刀できる由良くんと付き合いたかった、それだけのための全部だ。ただナイフで刺されるのでは興奮しない。本物のメスと本物に限りない場所と本物の服装をした本物の人間。昔から心臓の手術の動画を見るのが大好きだった。小学校高学年になって男女の行為を知ってもそれがエロだとはあまり感じなかった。むしろ心臓を細かく弄り回す方が私にとってはエロだった。その赤黒い血管が、そしてそれを弄る銀色が私をドキドキさせた。そして胸打ちながらその自分の「ハート」がグロテスクに振動するのを想像しては快感に襲われた。



高校に入ってから、私は全てのことを楽しいと思えなくなった。

友達と話したり写真を撮ったり家族と過ごしたり、私はいつも適当にニコニコした。適当に笑っておけば周りからは全く不審に思われなかった。疲れるししんどかった。周りの友達は何日も連続で遊びに行ったり部活をかけ持ちしていたりしているのが不思議だった。他人と交流するのなんてストレスでしかなかったし疲れた。だからといって1人でずっと絵を描いたりゲームをしても幸せにはなれなかった。



だからこそ1度くらいは新たなことをやってみようという前向きな気持ちにもなった。最初はレイヴに行ったら楽しいのではないかと思った。しかし行ってみると快感は得られなかった。初めてちゃんとした漫画も書いてみることにした。思っていたような快感は得られなかった。どれも快感が得られないどころか金や忙しい時間を使ったことへの罪悪感、楽しめないという焦燥感でむしろ不快になった。



それを機にさらに、心臓を弄られるという行為に強い憧れを抱いた。

そんなことは出来なかったが、だからこそ逆に楽しいのだろうという気持ちが募った。もし私が心臓を弄られても死なない強い体であれば、そのようなことはとっくにやってみたけど楽しくなかったリストに追加されているだろう。叶わない最後の夢だった。



「可愛いは、夢を叶えるためにある!」
幼稚園の頃好きだったアイドルのアニメの主人公がそう言っていた。あの頃の私は毎日がとても楽しかった気がする。今では毎日がしんどいことしか感じられなくなり死にたい気持ちしかない。大抵の名言は生きるのに必死で気持ち悪いがこのセリフだけは今でも大好きだ。私はこうやって女子高生というブランドを、体を、可愛いを、夢を叶えるために惜しげなく使った。由良くんに刺されるために可愛くなる。夢を叶える。そう思いながら毎日頑張った。そのために美を追求した時間は紛れもなく楽しかった。心がワクワクした。



よく考えればあの男はネクロフィリア、屍姦好きなのかもしれない。でも由良くんがどんな目的であろうと、自分も欲求を満たせるなら良かったし、自分も大概なのでどうでもよかった。そんなことより執刀できる若い男が自分の心臓を切ってくれることが嬉しかった。感じたことの無い気持ちに胸を踊らせる。



上半身下着だけになった私の体を、メスを持った由良くんが撫でる。私は心の中で呟いた。可愛いは夢を叶えるためにある。したいことを叶えてくれる最強のJKブランド。大人でも子供でもない若く若く強い体。そしてこの体はもう後1、2秒で突然と無抵抗の弱い体になる。彼の持つメスが皮膚に触れ、ぷすっと小さな音を立て中に入る。一瞬で壮絶な痛みに襲われ体を逸らすが、多分心臓に届く頃にはもう意識がなかった。私は物理的にとろけていた。心臓が血を吹き出し、グロテスクにうごめいた。強い体を支えていたハートはあまりにも弱かった。

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