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剣の修行の旅に出た時の日記 (2024/2/9-11, ウィーン)

以降の内容は https://under-identified.hatenablog.com/entry/2024/07/14/101151 に投稿したものと同一の内容です. どのサービスが一番文書を書きやすいかを調べるために, いくつかのサービスで同一の内容を投稿しています. 目次がなかったり見出しの表示がおかしかったりするのは, noteでその編集を加えようとするとフリーズするためです. 実はできないのでしょうか?

はじめに

2月の話を書き忘れていたので今更だが書いた.

脂の木曜日早朝のワルシャワに到着し, 1日中ポンチキを両手に抱えてひらすら頬張りながらワルシャワ市内をうろつき, タカリに絡まれたり笑われたりして過ごした後,  PKP Chopin に乗りウィーンに到着した. ワルシャワから19時台発でウィーンHbf到着が4時台なのでろくに眠れない. 現地人が仕事を始める時間帯までひたすら駅でぼーっとしてから, ブリギッテナウへ向かった.

今回ウィーンへ来たのは, Dreyneventに参加するためである. DreyneventはウィーンのHEMA団体であるDreynschlagが主催するイベントで, 毎年2月に開催される. このイベントではHEMAに関するワークショップと,トーナメントの両方が行われる. 2021年はCOVID-19の影響でビデオ発表のみの開催になっており, ユーチューブで公開されている.

主催しているDreynschlagには歴史研究により関心がある人が多いためか, ワークショップの講師の常連にはプロの歴史学者も何人かいる. 今年は20周年であり, HEMAのイベントとしてはけっこう歴史のあるほうらしい. ユーチューブとかでよく見かける業界の有名人が何人もうろついていた.

ドイツ語圏からの参加者が最も多いようだが, ヨーロッパのそれ以外の国や, 北米から来ている人もいた. そのため, 会場では基本的にドイツ語もしくは英語でコミュニケーションがなされていた. そして日本どころかアジアから来ているのは自分だけのようだった. しかし, 会場で日本語を話せる人間が, 私以外になぜか少なくとも3人いた.


ウィーンHbfのHEMAは特に関係ない

会場には YouTube とかでも見かける人間がたくさんいた. 国外からの参加者が多いので説明は英語でなされることが多いが, やはりオーストリアとドイツからの参加者が多数派なので, 会場で話される言語のほとんどはドイツ語か英語だったように思う. 日本人どころかアジア系が私しかいなかった. しかし日本語を理解できる人間が, なぜか少なくとも3人はいた.


ワークショップの風景

私はとにかく参加するのに手一杯で, 撮影する暇がなかった. だが, ポールアームのワークショップの様子が投稿されているのを見つけた.

Arne Koets

Arne Koets 氏はかなり競技人口の少ない, 馬上武術を研究し, 学校も開いている人物である. ちなみに馬上武術は馬上槍試合 (jousting) とは異なる. さすがに馬術のワークショップを体育館で開くことはできないため, 座学の講義のみだった.

会場にかなりキメキメな格好で現れていた.

Björn Rüther

Rüther 氏は, Mayer流の剣術を長年研究している武術家で, YouTubeにもよく動画を投稿している. どちらかと言うと古い文献の技術の再現に関心があり, 「研究者肌」だが, 体格にも恵まれていることもあり試合をしてもかなり強いらしい.

YouTube にそこそこの頻度で動画を投稿している.

長剣を持っているはずなのだが, 小さく見える.

今回は講師側として参加していなかったようだ. 冒頭に上げたポールアームの紹介動画でも受講生側にいる. 彼に限らず, 講師として参加している人も, 自分の出番以外は受講生として参加することが多く, 人を上下関係で隔てるようなものが全く感じられないような雰囲気は, このイベント全体を通してあった.

### [Daniel Jaquet, Ph. D](https://www.djaquet.info/)

この人はスイスの歴史学者である. YouTube で本格的な甲冑を着たまま走り回る人間の動画を見たことがあるかもしれない. その手の動画は高確率でこの人がやっている. 例えばこのような動画がある.

甲冑を着て寝転がってから起き上がって見せたり, 文献に残っている甲冑武術を再現して見せる, などの内容の動画 (フランス語)


甲冑を着てマラソンしたり薪割りしたり側転したりボルダリングしたりする動画

甲冑を着てウィーン市内やKHM (芸術歴史博物館) 内を徘徊する動画. ちなみに博物館のこの柵はまたぐと警報が鳴るので真似してはいけない.


中世の甲冑と同じくらい重い, 現代の消防士や兵士の装備を着た選手と障害物競走

この人はこういった実演ベースの研究を多くしている. 今回も, 中世当時に使われた練習用の剣を再現したので試してみよう! というワークショップというか研究成果の発表をしていた. 具体的には, ある武術書の挿絵には剣を大きく湾曲させる人物が描かれている. 現代の剣術家たちが使っている練習剣はここまでしなることはない. つまり, 現代の練習剣は形状だけを昔のものに似せているというのが実態である. そこで, スイス国内の博物館に所蔵されているいくつかの練習剣の個体をモデルとして, 非破壊検査でできる範囲で刀身の組成を分析して, より当時のものに近い性質にしたという剣を3振り持ち込んでいた. 短時間だが, 参加者は自由に手に取ることができた.

アルブレヒト゠デューラーの武術書 (Libr.Pict.A.83) の1ページ, Staatsbibliothek zu Berlin デジタルアーカイブより

なお, 私は金属製の練習剣を持つのは今回が初めてだったので体感での違いがよくわからなかった…

当日持ち込まれたサンプルの1つ

Dierk Hagedorn

多数の武術書を翻訳している人で, 今回も Orlenburger Fechtbuch という武術書を新たに翻訳したことについてプレゼンしていた. 会場内を中世風の服装でうろついていた. 後で紹介する Enzi氏も, 剣術の講習中は中世式に再現した革靴を履いているが, この人も服装が重要な要素と考えているのかもしれないし, 単なる趣味かもしれない.

10年以上前のDreyneventでは甲冑武術の実演をしていたこともあるようだ.

会場の物販コーナーには, この人の翻訳した武術書がいくつも置いてあった. Orlenburger は売り切れてしまったので, Hagedorn 氏から自分が今個人的に持ってるやつを売ってもいいよ, と言われた. しかし, 今回の翻訳は現代語訳のみで英訳はまだ掲載されていないということだったので残念だが辞退した. この後の旅程もあるので荷物は最小限にしたかったので, 代わりに甲冑武術の文献として最も有名な『グラディアトリア』の英独併記版を買った.

Martin Enzi

この人は数年前に日本へ招待されて講習会を開いたことがあるので, 知っている人が多いかもしれない. langesmesser (ランゲスメッサー) の専門家である. 来日イベントの際に通訳を兼ねて同行してきた Bernhard Siedl 氏も, 独自にワークショップの講師を務めていた. こちらは langesmesser の技は理論上長剣でもできるのでやってみよう, というコンセプトだった. 総時間で言えば丸一日やっていた日本でのワークショップのほうが長いため, どちらもあの講習会に参加していた人ならすぐにできるようになるだろう.

これはコロナ中にオンライン開催された時のビデオ発表

ちなみにlangesmesser の講師として, 他にも Oskar ter Mors 氏がいた. 受講生として乱入し, 講師が質問ありませんかと言うと激しく自己アピールしてきたので「君はこれから1時間質問禁止ね」とあしらわれていた.

金属剣は所持していないので借りるしかない

Mors 氏のワークショップには私は参加しなかった. 自身で動画を上げているようだ.

Torsten Schneyer

昔は今のように高性能な防具はなかったし, 古い文献の挿絵でも防具を付けずに剣術を楽しんでいる. ということで, 防具を一切付けないスパーリングをやるという内容のワークショップだった. 防具を着込んだ競技では, 剣が当たってもあまり痛くはないし, ルール上でも制約されている危険な攻撃手段がいくつもある. このような環境ではどうしても相手より先に1撃を入れることが重視され, こちらも当たれば死ぬ, という意識が希薄になる傾向にある(例えば, そういった競技化と実戦のジレンマが, 現代フェンシングの種目にフルーレとエペの2種目を誕生させている.). それに, 多くの武術書の挿絵では防具を着けずにスパーリングしているふうに描かれている (もちろん, 挿絵を根拠に実際に防具を一切着けずに訓練していたとは断言できない. わかりやすさのためにそう描いているだけなのかもしれないし, 実際に古い練習用の防具がいくつか現存している.). そこで, 剣術が使われていた当時への理解を深めるため, 防具なしでスパーリングするとよいのではないか, ということを彼は提案している. もちろん, 防具がないので代わりに安全意識を高めて実施する必要がある. お互いに非常にゆっくり動くという原則を守り, 最初は基本的な攻撃だけを行い, 少しづつ使って良い攻撃を増やしていくことで馴れてからスパーリングを行った. 発想は極めて単純ではあるが, 会場で参加者がそれぞれ防具を着けずに思い思いにスパーリングしているのは Meyer の武術書の挿絵の光景にそっくりで, ここで初めて自分がよくわからないが感動した.


こんな感じ. Leipzig University Library 電子アーカイブより https://digital.ub.uni-leipzig.de/mirador/index.php

## Diana Matthes

中世ドイツの武術書には, Fühlen という用語が出てくる. 相手と自分の剣が互いに触れている時, 次に相手が押してくるのか引き下がるのか, どう攻撃してくるのか, といったことを剣の感触で感じ取れ, という意味であり, 戦い方を組み立てる起点となる重要な概念である. Fühlen は視覚ではなく触覚を使うものだから, Fühlen ができているなら目を瞑っていてもできるはずだ, ということで, 彼女のワークショップは目隠しをしてスパーリングをしよう, という内容だった.

このワークショップも, 最初は独自の準備運動から始まる. 目が見えない状態では平衡感覚を失いやすい. そこで, 目隠し状態で不意に押されても転倒しないように, 押されても倒れないようにうまく体重移動して躱す練習をしてから, 剣を取ってスパーリングを始める. といっても, 剣を振る必要はない. 相手の剣の位置や角度を感じ取って, 次に来る攻撃を防ぐように, 相手の剣を捉えたままこちらの構えも変化させるだけで十分である. この練習であれば, 日本でも何度もやっていた. このスパーリングでは, 4人1組になって, 2人がスパーリングし, 残り2人が誘導したり危険を感じたら制止したりする.

## その他

私は長剣とメッサーしかやったことがなかったので, 参加したワークショップもそれらのものだけだったが, 格闘・レイピア・サーベルなどいろいろなジャンルのワークショップがある.

このイベントは毎回, 開催のたびに夕食会もやっているようだ. 公式にアナウンスされているのは一夜だけだが, 結局毎日どっかの店に行ってビールを飲んですぐ寝て起きて練習の繰り返しだったので, 自分でもよく体調崩さなかったなと思った. なお, ウィーン滞在中はなぜか気温が10度を下回ることがなく, 2月のヨーロッパとは思えない温かさだった. かなり寒くなることを想定した服しか持っていなかったため, 運動用の短パンと登山用ダウンジャケットというかなり変な組み合わせで出歩かざるを得なかった.


ターフェルシュピッツうまかった

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