大木サッカーとは?~前編~

今回はFC岐阜の監督である大木武氏の特徴的な”大木サッカー”について分析いきたいと思います。

(※注:前編は’18シーズン開幕直後にツイッター上であげたものに少しだけ加筆・修正したものです。そのため、最新の大木サッカーとは若干異なる点がありますのでご注意ください。)


大木監督の代名詞のように語られるポゼッションサッカーですが、実はチームとしてはパスを繋ぐ事を目的としている訳ではなく、パスはあくまでも目的を達成するための手段として用いられています。これは'18シーズンの開幕戦終了後に監督自身がパスサッカーを目指しているわけではないとう旨のコメントを出していることからも明白だと思われます。

では、その目的とは何か?

なぜ細かいパスを繋ぎ支配率を高める所謂ポゼッションサッカーを採り入れているのか。ここにポゼッションサッカーをベースとしポジショナルプレーを採り入れている大木サッカーの特徴が色濃く出ていると思います。

ポゼッションサッカーを一言で定義付けするのであれば、「ボールを保持しつつ陣形を整え新たな攻撃に転ずることで主導権を握るサッカー」となります。

対してポジショナルプレーという言葉は日本ではまだ輸入されて間もなくはっきりとした定義付けはされていませんが、「攻守の両局面において優位性を保持するための手段」或いは「優位性を保てる状態でボールを受け取るプレー」とも言えるでしょう。

マンチェスター・シティの監督であるグアルディオラの言葉にパス15本の法則というものがありますが、これは効果的に攻めつつもネガティブトランジションに備えられる陣形を作るには少なくとも15本のパスが必要であるという考え方です。

つまり大木サッカーは第一段階として、「攻撃開始時に細かいパスを繋ぎその間に攻守の両局面に対応できる有利な陣形を作ること」を主な目的としています。ポジショナルプレーを構成する3つの重大な要素の中の1つである”量的優位性”を活用することにより、これを実現させようとしています。

具体的には、ベップ式の5レーン理論を採用しています。’17シーズンを例にすると、アンカーがCBの真ん中に落ちCBはサイドに幅をとって広がる。両SBは所謂偽インテリオールのような位置をとる。またそれと同時に偽9番が中盤に落ちてくることにより、ビルドアップ時に最終ラインと中盤において数的有利な状態を作る出すと共に小さな三角形を多数作りボールを奪われにくくする。そして本来の目的であるポジティブ・ネガティブの両トランジションに備えられる陣形を作ります。大木さんが9番(ストライカー)タイプの選手をスターターとして重宝しないのは恐らくこのためです。

この陣形さえ出来てしまえばかなり有利に試合を進めることができます。岐阜の試合を観ていると良い時間帯は、奪われたボールに対しプレスを掛けすぐに奪い返し、暫くの間はずっと攻撃が続くというような事があると思いますが、それはこの有利な陣形作りに成功しているからです。

しかしデメリットとしてこの有利な陣形を作り終わる前に最終ラインでボールを奪われると大惨事になります。今まで皆さんが多く見たであろうお決まりの失点パターンがそれです。前線からハイプレスを掛けてくる相手はこれを狙ってきます。また、あくまでも局地的に数的有利に立つことを目的としているため、一箇所に多くの人が集まります。つまり折角攻めてもゴール前に人がいないという、こちらも多くみられるパターンに陥りやすいです。そしてこの陣形作りの段階においてはある程度時間を掛ける必要があるため、当然対戦相手にも時間的余裕が生まれ相手の戦術によっては退いてブロックを作る時間ができます。

さて、この陣形作りの段階までは特に’17シーズンはかなり上手くできていましたが、問題はここから先のその陣形を使いどうやって得点を奪うかになってきます。ここで重要になってくるのがポジショナルプレーを構成する残りの2つの要素である”質的優位性”と”位置的優位性”です。

 質的優位性とはその名の通り、選手の能力・特徴に依存するものです。パワーやスピード・テクニック等がそれにあたりますね。

先に述べたように、局地的に数的有利の状況を作り出すということは、ピッチ全体で考えた場合どこか別の場所では数的不利になることを受け入れなければならないという意味ですが、’17シーズンのグランパスは同じような戦術を採用しつつもこの部分で我々を決定的に上回っていました。

例えばボックス内に枚数が少なくてもシモビッチの高さ・決定力という質によりそれを一気に解消してしまう。或いはシャビエルの卓越したテクニックやプレービジョンにより数的不利な局面を個人の力で一気に打開してしまうといった具合にです。

この様に書くと、個人能力で名古屋ほど秀でていない岐阜の選手では成立しないのではないかと思う方もみえるかもしれませんが、そんなことはありません。岐阜は今まさにそこを試行錯誤している段階なのですが、この戦術を採り入れている他チームでよく使われる方法としてはミスマッチを作ることです。例えばロングカウンターとポジショナルプレーを組み合わせているチームであれば、あえて背の高いCFタイプの選手をWGとして配置する。その選手にボールを当てることにより前線で基点を容易に作り自分達が優位になりやすい状況を維持するなどが考えられます。

岐阜の場合で言えば、大木監督がホーム開幕戦で出した答えが古橋のCF起用でしたね。この試みはあえなく失敗に終わりましたが、考え方としては面白くスピードの部分でCBとのミスマッチを作ろうという試みでした。この試合に限らず、山岸・中島・難波といった様々なタイプのCFとパウロ・古橋・ライザ等をはじめとするWG陣がポジションチェンジを交えつつ質的優位性を掴もうとする相手DFとの駆け引きは狙いの1つであり見どころだと思います。特にライザのコンディションが整えば、WGに今までにない大きな体のパワー・スピード・テクニックが揃った選手をWGに置けることになり面白い存在になると考えられます。

またこの試合では、パウロ・島村といったキープ力に優れたタイプの選手を両WGに配置して外に張らせDFを引き付けることによりハーフスペースを空け、そこにヘンリー・長沼といった偽インテリオールを侵入させることによりアタッキングサードを攻略しようという意図が見て取れました。これらは’17からの継続で、大本・福村といったコンビもハーフスペースに侵入する意識は高く持っていましたね。

この他にもCFがサイドに流れたり中盤に落ちて作ったスペースに、他の選手が入り込み得点を窺うパターンも見て取れます。開幕戦に先発した山岸などはこのスペースを空ける動きをかなり意識していました。DAZNの解説者によれば、どうやらこの動きを大木監督は花道を作ると表現されているみたいですね。相変わらず言葉選びのセンスが高いです。また昨年を例に挙げると、左サイドでパスを繋ぎ敵を密集させた上で、シシーニョがサイドチェンジを行い右サイドを攻略する攻撃パターンが効果的でした。

そしてこれらが、最後のポジショナルプレーを構成する要素である位置的優位性となります。スペース・視線の死角などを利用し、空間やギャップを作り出し優位に立とうという考え方になります。

勿論、先に述べた優位な陣形を築けていればボールロスト後のネガティブトランジション時に、量的優位性を活かしプレスを掛け奪ったボールを素早くゴールに繋げることも可能になります。小野も攻守の切替の速さというのは盛んに口にしているため、意識して狙っているプレーだと思います。岐阜サポの皆さんが一番見たいのはこのようなプレーかもしれませんね。

ここまで見てきたように、大木監督のサッカーは攻防一体のタクティカルなサッカーです。パスが繋がっていくさまを見ているだけでも十分に楽しめるのですが、上記のようなことを意識して試合を観るとまた違った面白さを発見できるかもしれません。そしてまだまだ発展途上であり、可能性のあるサッカーです。よく試合を観られる方ほど、パスを回してばかりでなかなか攻められないじゃないかと思われるかもしれませんが、まずは何も考えずにあのようなプレーをしている訳では無いということを理解してもらえると同じ岐阜サポの仲間としては嬉しいです。

~後編に続く~

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