大木サッカーとは?~後編~

前編では’18シーズン開幕序盤の「大木サッカー」の分析をご覧いただきました。後編となる今回は、開幕直後とシーズン終了となった現在で何か変化した点があるのかを用語の簡単な説明を交えつつを見ていきたいと思います。

結論として、ポゼッションサッカーをベースとしポジショナルプレーを採り入れている大木サッカーの特徴的なゲームモデルに1年間を通して変化はみられませんでした。一部では大型連敗後、所謂ドン引き縦ポンサッカーに変わったのではないかと囁かれているようですが決してそんなことはありません。ただし、17’シーズン及び’18シーズン序盤とそれ以降にかけては幾つかの異なる点が見られます。

その中で1番重要な変更点は攻守の切替の速さではないでしょうか。

数年前からサッカー界で流行している用語の1つに「トランジション」という言葉があり、現代サッカーには欠かせない要素であるとされています。トランジションとは、「ボール奪取あるいは喪失直後の短い時間帯」と定義付けすることができるでしょう。従来のサッカーには攻撃と守備の2局面しかないという考え方に対し、実際の試合では、攻撃→攻撃から守備への移行期(ネガティブトランジション)→守備→守備から攻撃への移行期(ポジティブトランジション)→攻撃といったように4つの局面が状態が繰り返されているという考え方です。

ではなぜこの考え方が大切なのか。一般的に、ボールを奪ったチームは攻撃をするために守備時に収縮していた陣形を散開しようとします。そこでボールを再び奪うことができれば相手の守備陣形が乱れた状況でカウンターアタックを発動することが可能になる。逆に言えば、ボール奪取直後に再びボールを失えば高い確率で失点してしまう。勝つためにはトランジションの際にどういった動きをし試合をコントロールするのかが重要になってきます。

この移行期を管理し試合を優位に運ぶための手段として、FC岐阜がパス15本の法則や5レーン理論、ポジショナルプレーを採り入れたポゼッションサッカーを展開し、攻守において優位な陣形を作りを1つの目的としていることはすでに前編で述べました。しかしそれだけでは十分ではありません。局面の瞬間的な変化に対応するためには、攻守の切替を物理的に素早くする必要がありました。

そこで導入された戦術がゲーゲンプレッシングです。ゲーゲンプレッシングとは、簡単に言えばボールロスト直後に即時奪回を狙って仕掛けるアグレッシブな「再プレッシング」です。ボール喪失直後のプレッシングは、ネガティブトランジションでの敵のカウンターを阻止するだけでなく、ボール再奪取直後のポジティブトランジションにおいて、極めて効果的なカウンターを発動するための準備でもあります。

 現在世界で主流となっているゲーゲンプレッシングには大きく分けて3つの種類があります。クロップ式ドルトムント型(プレーエリア制圧型)、ハインケス式バイエルン型(パスの受け手制圧型)、ベップ式バルセロナ型(パスコース制圧型)であり、ゲーゲンプレッシングを採用している大抵のチームはこの3つの内いずれかを使用しています。それぞれに覚えやすいよう、それを使用した監督名と当時率いていたチーム名が付けられていますが、この中で岐阜が使っているのはハインケス式バイエルン型(パスの受け手制圧型)となります。

ボール喪失の瞬間、つまりネガティブトランジションに移行したと同時にチーム全体が守備のスイッチを入れ、連動しながらボールに対して短時間限定で強烈なプレスをかけます。具体的には、相手ボール保持者の1番近くにいる選手がプレスをかけパスコースを制限。他の選手は自分本来のポジションにはこだわらず、周囲にいる敵に対しマンマークに近い形でポジションをとります。つまりパスの出し手ではなく、受け手側にいつでもアタックできる状況を作り出すのです。そうすることで攻撃時に密集陣形を敷いている岐阜は、受け手に対し頻繁に2対1の局面を作ることが可能となり、悪くとも1対1の状況が作れます。そうして迎える2対1や1対1は、フィフティフィフティのイーブンな状態での勝負ではなく、岐阜にとっては準備されているエリアでの勝負となるため優位に進めることが可能です。そしてボール奪取後も、構造的に作りあげられている有利な状態で攻撃に移行する事ができるというメカニズムを持っています。これが上手く行っている時は、喪失直後に中盤や前線の選手がボールを奪取しショートカウンターに繋げ得点を生む場面を目にすることができます。或いは前編でも触れた岐阜の攻撃がずっと続く状態を作る要因にも成り得ます。

しかしデメリットとして、選手間の距離が極端に広がっていたり数的不利の状況では効果が薄くなります。そのため、そのような状況の場合や相手の強力な選手がいるエリア、逆に自分たちの弱点となっているエリアではゲーゲンプレッシングの使用は避けるなどの対処をとらなければなりません。

ボールロスト後の僅かな時間で瞬時に敵味方の布陣や位置関係を適切に判断し、使用の可否をチーム全体で意思統一をするのは非常に難しく、結果的にはそのバランスをとれなかったことが大型連敗の1つの要因となってしまいました。この時期は前線や中盤の選手1人だけがプレスに行き周りが全く連動しない、或いは一拍遅れて連動するためプレスが掛からず、逆に全体が間延びして中盤やバイタルエリアにスペースが生まれて相手に有利な状態になってしまうという場面が多くみられました。夏場の体力的にきつく判断力が鈍る中で、状況が見極められず効果の薄いゲーゲンプレッシングを乱用してしまったことは来季に向けての反省点と言えるでしょう。

このような正しく使いこなせれば効果的なものの、非常に扱いが難しい戦術を採り入れざるを得なかった背景には、現代サッカーへの適応、他と比べ乏しい資金力で結果を出さなければならないといった事の他に、庄司という絶対的なゲームメーカーを失ったことがあると考えられます。それが支配率の低下に繋がり、必然的に攻守の切替回数の増加に繋がったことは言うまでもありません。開幕当初に行っていた試行錯誤の結果、穴を埋める事が難しいと判断し途中からビルドアップのメカニズムを変えたことは明白です。序盤の数戦以外はアンカーのポジションに、レジスタタイプの小野ではなくボックストゥボックスタイプの宮本が重宝されていたのも恐らくそのためだと思われます。
とはいってもトランジションをより意識してゲーゲンプレッシングに挑戦し、’17シーズンより進化した攻守の切替の速さは’19シーズンを戦う上ではとても大きな武器になるのではないでしょうか。

また、ビルドアップに関しても苦しんだ末に成長の跡が見られました。’18シーズンは前述の通り庄司を失ったこと、対戦相手に研究されたことで自陣内からのビルドアップに非常に苦しみました。自陣内で人数を掛けたハイプレスを使用され数的不利な状況を強いられるケースが多くみられました。DFラインで数的不利を被っているということは、前線では逆に数的有利か同数ができているはずです。シーズン序盤の好調時こそビルドアップが上手くいかない場合は、自陣内深くに相手を引き付けロングボールを送ることにより、WGに置いた古橋のスピードと技術による質的優位を活かし裏を取る。ライザを古橋の周囲にポジショニングさせることにより量的優位も確保。そこで相手を引き付け中盤の選手や逆サイドのパウロのマークを薄くして位置的優位を得るといった周到な戦い方ができていました。それにより体力的にもリスク管理の面においても、ハイプレスの継続を難しくさせて相手を押し込み多くの時間を敵陣内で進める事により、こちらは常にコンパクトな状態を保ちベース戦術であるビルドアップからのポゼッション&ポジショナル或いはゲーゲンプレッシングにスムーズに移行し、効果を発揮できる環境を維持するという相乗効果も生んでいました。

しかし古橋の移籍や相次ぐ攻撃的な主力選手の怪我・不調により、チームはバランスを失います。効果的なロングパスが使用できない状態となり、DFラインからのビルドアップしか打つ手がなくなりました。よく「(ロングボールを)蹴れないポゼッションは怖くない」と言われますがまさにその通りでしょう。ロングボールがないと分かっていれば相手はリスクを恐れずラインを高く保ってコンパクトにし、前線での数的有利を常に維持できます。そしてそこから、効果的なハイプレスやカウンターが繰り返されます。当然岐阜は全体的に自陣の低い位置に押し込まれ、全体が間延びし前線が孤立するという状態に陥ります。

それを解消したのが、4-1-2-3から4-2-1-3へのシステム変更。そして山岸のWG起用でした。中盤の構成をアンカー+2人のインサイドハーフからダブルボランチ+トップ下という形に変更することにより、まずは単純にビルドアップ時の人数を増やしてチームに安定感をもたらします。それに加え、長身でフィジカルに優れた山岸をWGに置くことにより質的優位を得てロングボールを収め基点作りが容易になる環境を整えました。また山岸の周囲に同じくポストワークに優れたライザを配置し質的&量的優位を確保。トップ下には風間を採用しスペースとギャップを埋めることにより前線の選手の孤立を防ぎ、チーム全体の間延びを防止すると同時に、山岸・ライザとの連携やライザの空けたスペースをパウロと共に効果的に使用し位置的優位を出す。また、守備面に置いても福村を青木に変更して、左SBのポジションをビルドアップの起点という役割から解放し守備に専念させ安定感を出す。それと同時にダブルボランチにして中盤のスペースを埋め、全体の重心を少し後ろに持っていくことにより、ゲーゲンプレッシングの乱用や無駄打ちを少なくし、必要な時だけ使用するよう全体の意識付けを徹底していました。重心を低くしたことにより、一見するとロングカウンターサッカーへの変更に見えたのかもしれませんが、実はそうではなく好調時に見せていた現代的なポゼッションサッカーの形に戻すことに成功したのです。

つまり’18シーズンの大木サッカーとは、ポゼッション・ポゼショナル・トランジションという3つ戦術的な特徴・プレー原則を持っているサッカーであったと考えられます。そしてこれらは、各々が密接な関係で繋がっており、3つの内どれかが1つでも上手くいかなければ効果が半減してしまうという、非常にハイリスク・ハイリターンではあるものの、17’シーズンより進化した見応えのあるサッカーであった言えそうです。

ここまでみてきたように’18シーズンの序盤は主力選手の移籍に伴い、’17シーズンから継続してきたポゼッション+ポジショナルという比較的クラシカルなスタイルが予想以上に機能しませんでした。これを受け、ゲーゲンプレッシングを本格的に導入することによりトランジションを強化し、ポゼッション+ポジショナル+トランジションというモダンなスタイルに生まれ変わり一時は7位浮上という結果を残します。その後は古橋の移籍等の影響も受け低迷してしまいましたが、終盤には何とか戦術を再構築し残留に成功。20位という成績は最低限のものでしかありませんが、FC岐阜の規模で計4人・2度にわたった主力選手の離脱を、戦術の変更及び若手の育成で乗り切った大木監督の手腕に関しては、一定の評価をしても良いのではないでしょうか。

’19シーズンがどういったサッカーになるのか非常に楽しみです。この稿を書いている12/12現在の移籍市場を見る限りトランジションに重きを置いた路線を継続するのではないかといった感想を持っていますが、本格的な動きはまだまだこれからでしょう。補強の雑感なども今後機会があれば触れていきたいと思います。

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