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僕は"顔がない国"に行った。


僕は旅人だ。
自分探しの旅をしている。

"自分探し"なんて
カッコイイ表現かもしれないけど、
先月34歳になった僕は
少し前に会社をクビになった。

コロナウイルスが与える日本企業への
経済効果はリーマンショックを
超えるレベルで凄まじく、
クルマのエンジンのパーツを
ひたすらに組み上げる作業員として
働いていた僕は工場の生産台数が
減ったことによりリストラされたのであった。

車も買ってなければ、家も買ってない僕は
自分の生活を無借金経営していたが、
大した稼ぎがなかったから
そもそも大きな買い物をしようと
思えなかったのが本音である。
持たざる者な僕は
身軽だったからこそ会社をクビになることは
そこまで深刻ではなかった。
何の才能も飛び抜けていない
僕という存在が中途半端に思えた僕は
何かに突き抜けたいと思い、
これも転機かなと思った僕は
重たいバックパックを背負って
自分探しの旅をするために
海外に行ったのである。

今まで色んな国に行ってきた。
ヨーロッパ、アフリカ、南米、北米、アジア圏
など5大陸の国をまわった。
あらゆる世界遺産を見て、
全てが日本と違いすぎて感動の日々だった。
同時に日本という国が
改めて島国だということを思い知った。
島国である特性上、
他国の言語が話せないのが当たり前だし、
文化的な障壁か高い。
多くの出来事にあまり寛容ではない日本人は
規律を重んじるばかりか
周りと比べて変わっていないことを
重視することが正義だと考えられがちだ
ということを旅を通して理解していった。

旅もそろそろ終盤。
中央アジアのとある国に陸路で国境を超える際の入国審査で足を止められる。

「あなたは日本人ですね。
ビザはお持ちですか?」

この国は入国する際にビザが必要なのか!
調べが足りなかった僕は

「持っていない」

と答えすぐにビザを取得するように伝えた。
その際に入国審査官が

「ご存知かもしれませんが、
我々の国に入国している間は
一時的に顔をお預かりします。」

と伝えてきた。

?????
顔を預かる?
何を言ってるんだ。

話によるとこうだ。

これから入国しようとしている国は
社会主義国家で
顔がひとりひとり違うことで
潜在的にルックスが美しい人が
平均所得が高く経済的な格差を生んでしまう
という考えから
このような自体を防ぐために
国民は全員顔がなくなる
DNA注射を打ち、
全員平等に顔をなくしたままに
生活をおくっているとのことだ。

だからこそ、
海外からの入国者は
特殊な裁断機で一切の痛みもなしに
顔を切断し預かり、
出国時には何も無かったかのように
元通りに復元し出国してもらうらしい。
所要時間は90秒とのことだ。
顔面を切断したり修復することが
カップラーメンを作るよりも早いということに
驚きを覚えたのは言うまでもない。

「まぁ、痛みもなくて
元に戻れるなら別にいいか。」
と思った僕は入国時に顔を預けて入国した。

「顔がないことはすぐ慣れますし、
人生においては顔がない方が幸せですよ?」

といった入国審査官の言葉は
異様に記憶にこびり付いたが、
経験をしたことが無いことは僕にとって
刺激であった。

こうして僕にとって生まれて初めての
"顔がない生活"をすることになったのである。

首都に入国し、街を見渡す。
それなりにインフラが整っており
町は割と綺麗だった。
長旅で治安が悪い空気を
察知できるようになった僕は
「この国は全くもって大丈夫そうだな。」
と入国した瞬間に悟った。

宿までの道のりをタクシーで向かう。
物価は日本の3分の1程度で、
日本という国の裕福さに感動させられる。
日本はオワコンという人もいるが、
なんだかんだ犯罪率も少ない母国は
旅をすればするほどに愛せるようになっていた。

そんなことを考えながら車窓から街を眺める。
この国の人達は本当に顔がない。
舞踏会につけるような仮面を全員全く同じものを付けている。
当然僕にも同じものが支給されており、
それを付けている。
いわゆる義顔の世界である。

服こそ少しばかりの
オシャレが認められているが、
目を引くようなハイブランド服を
着ているような人もいなければ、
奇抜な服を着ている人もいないようだ。
誰もが似たような見た目をしている。
正直不気味だったし、
精神的に不安な気持ちにもなった。

前日の出国の準備で寝不足だった僕は
入国したばかりのその事実を受け入れることには頭のメモリーが足りていないようで、
とりあえず宿を取って眠るようにした。

足早にチェックインした宿は
清潔なベッドとシャワールームが
各部屋に完備されており
何も不自由に感じることはなかった。
宿ででてきたご飯は魚料理で
値段の割にはとても美味しかったが、
皮肉にも頭部が切断されている魚だった。
普通は皆それを新鮮で美味しいものだと
思うだろうが、
この国に入国した僕には
メッセージ性の強い食事のようにも感じた。

次の日から僕は観光をした。
自然豊かな国だったので、
猛々しい山、
ナイアガラの滝と引けを取らないような滝、
街灯のない場所で見る眩しすぎる星々、
先住民族達が自分たちの力を誇示するために
作られたであろう岩でできた遺跡。
あらゆるものを見た。

タクシー、電車、バスなど
色々な交通期間で移動したが
道に困っていれば必ず通りすがりの誰が
助すけてくれたし、
電車でトイレと席を往復していたら
すぐ近くの座席の女性が整腸剤をくれた。
国民性は今まで行った国のなかでは
ずば抜けて良く、国民全員が優しい。
そんな国だった。

最後に観光で見たのは古城。
どうやらこの国は50年前に革命が起こされて
王様が暗殺されたらしい。
玉座の間には血のような染みと
銃弾の跡が複数残されていた。
痛々しく陰鬱な古城だが、
聞くところによると王様は王としての力を
政治ではなく私利私欲を満たすために
使っていたらしい。
顔がとても整っていた王様は
顔が良い女性を周りに囲わせて
見るもの全てが美しい方がよいと
過剰なまでに美意識を追求したとのことである。
その結果、
王族に近しい男女問わず、
血縁関係者はルックスが良く、
そうでないものはルックスが悪い。
このように国民が区別されてしまった
とのことである。

そして革命後に全人類が平等であるべきだと
謳った一般層、貧民層、テロリスト達が
顔を無くすという政策を立てて
今に至るとのことだ。

なんてめちゃくちゃな理論なんだ。
と思いつつも
正直な話ルックスが全く整っていない僕は
そんな暮らしも悪くないなとも思った。

彼女は数年前に1人いたきりで今はひとりだ。
コミュニケーション能力は人並みだったが、
外見が整っていない僕は
男友達はそれなりにいたが、
女性からは見向きもされない人生だった。
そんな僕に彼女ができることは奇跡だった。
女性への接し方が分からなかった僕は
インターネットで調べて
それを恐る恐る実践するしかなかった。
その結果僕の初めての彼女から

「好きじゃなくなっちゃった。
○○くんにはもっと素敵なお似合いの人が
いると思うから。」

といった連絡がきて無慈悲に
3ヵ月で別れることになった。
ある日街を歩いていたら彼女はもう既に
別の男と仲睦まじく腕を組んで歩いていた。
僕よりも若くルックスも整っていた。
悔し涙を流しながら二度と女性なんて信じない。
そんなふうに悟り結婚はもう諦めていた。

顔がない国だったら
もしかしたら僕は結婚できるのかもしれない。
そう思った僕は
ある日の夜にバーに潜入してみた。
50人くらいが賑わって入っているバーでは
国民的なスポーツのスカッシュが放送されており
大盛り上がりだった。
ここなら知り合いを作れるかもしれない。
といった仮説は的中し、何人もの友人ができた。
お酒が出る場でも割と皆行儀よく飲んでおり、
口論や喧嘩の類は一切感じずに
全員がその空間を楽しもうとする
とても気持ち良い空間だった。

顔がない国だからこその悩みなのだが、
人の事を顔で覚えることができない。
きちんと人の所作、言動、声質、人間性を
観察して名前と紐付けないといけない。
これは人間観察力を試されるが、
すぐに慣れ始めてきた。

また年齢もおおよそ程度でしか分からない。
これに関しては相手の発言を
信じるしかなかったが、
本質的に考えれば日本においても同じだろう。
日本で友人の年齢を聞いた時に
わざわざ免許証を見て年齢を確認するだろうか。
いや、しない。
だからこそ、
日本は見た目年齢で整合性を判断するのだが、
この国においては顔がないので
見た目年齢が分からない。
よって相手の年齢を信じる以外に
手立てはないのだ。
なんとなく話している内容や落ち着き方や言動で
ある程度相手の年齢を
想像出来るようにもなってきた。

誰が何歳くらいだろうか。
そんなことも気にならないくらいに
お酒が回ってきた頃に女性と仲良くなり始めた。
そんな彼女は27歳、
最近彼氏と別れたとの事だった。
どうやら憂さ晴らしに1人で来たらしい。
なんで彼氏と別れたのか。
と聞く模範解答のように
「浮気された」
と言った。

どうやらこの国な人は顔がないので
人間性や内面を重視して
交際するとの事だった。
例えば
・席を老人に譲るかどうか。
・乱暴な言葉を使わないか
・明るいかどうか
・人を蹴落とすようなことをしないか
・積極性を持って生活をしているか
・知的好奇心があるか
・芸術的な教養があるか
など
挙げ始めたらキリがないが、
おおよそ人の内面を見て
好意を抱くとの事だった。

それを聞いて僕は思わず

「それなら僕よりも
君を幸せにできるような逸材はいないから
デートして欲しい。」

とお酒の勢いではなく、
自分の意思で気持ちを真っ直ぐに伝えた。

そうすると彼女は
少し困ったような笑顔をしながら
別日で会うことを承諾してくれた。
その日は互いに初対面と思えないくらいに
盛り上がり最後には連絡先を交換して解散した。

そこからは話が早かった。
日本のことは好きだったが、
日本在住し続けることに未練がなかった僕は
外見だけで判断をしない
"顔がない国"にいることに
心地良さを覚えており、
移住をしたのであった。

ビジネスビザに切り替えるために
仕事を探したが幸いにも職はすぐに見つかった。
同じような工場勤務だったが、
資金が溜まり貯金も少し崩して
日本料理店をオープンさせた。
これが繁盛して街に
日本料理が流行り始める火付け役となった。
やはり和食は世界において
トップレベルの料理であり、
繊細な職人技であることを改めて思い知った。

そんな料理家に転身した僕は子供が2人いる。
男の子と女の子で2人とも天使のようにかわいい。
隣にはあの時のスポーツバーの女性が伴侶として付き添ってくれている。

僕にとっては"顔がない国"は天国だ。
人を外見だけで判断しない。
国民全員が良い会社、良い伴侶、良い友人に
恵まれたいがために内面を磨く。
その結果、
優しい国民性になり優しさが優しさを生み続ける
優しさのインフレーションを起こす。

あの時の言葉をたまに思い出す。

「顔がないことはすぐ慣れますし、
人生においては顔がない方が幸せですよ?」


#嘘の記憶
#嘘の旅
#ナンパ師の未来

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