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【創作小説】見るに耐えない⑧ 実験


誕生日の日にちは精神年齢を表す。
これは嘘である。
例)◯◯年◯月3日→3歳

ヒョウカは余白が残りすぎるコピー用紙をずっと眺めたまま、微動だにせずソファー席に座り続けている。

テーブルを挟んだ向かいに座る彼女、サクシャという名であり、この怪しげなメモを渡した本人であるが、かれこれこの状態で数十分もの間、ヒョウカからの言葉を期待しながらずっと構え続けている。

…………何でもいいから喋ってくれ。嫌だ。なんでさ?なんとなく。

無言の圧と無言の鉄壁。硬直状態を解いたのは、頼まれもしないまま辿々しく説明をし始めるサクシャだ。

「血液型の性格における影響って、実際は根拠ないらしい、ので。」
テーブルの上で両手の指同士をぶつけながら、そのまま話続ける。
「例えばこれも、どこかの媒体にふわっと掲載したら、どうなるんだろうって思ったんだ。」


春のうららかな風が吹き込み、店の前に並べられた観葉植物の葉をさらさらと揺らす。通い慣れた喫茶店の半個室の席は、しかし何処かぎこちない空気が漂っている。

「…………やってみれば。」

ようやく口を開いたヒョウカの声は、とてつもなく低い。かと思えば、半オクターブ上がった棒読みの演技をし始める。
「うわーどうなるんだろうねえ。楽しみだねえ……とでも言うと思ったか?」
何か嫌なんだよなと呟き、無糖のアイスブレンドコーヒーを啜る。

一呼吸置いてから、しっかりとした口調で始めた質問は、さながら尋問のようだった。
「発信源が分からないミームでも作ろうとしている?これをSNSか掲示板だかにふわっと出して、どこかにこんな戯言を信じる人間が出てくることを期待しているでしょ。」
「どうなるかは全く、分からないよ。」
「明から様な嘘書いて、人間を馬鹿にしようとしている。」
「そんなつもりでは。」
「趣味が悪い。」
いつになく辛辣なコメントにサクシャは肩をすぼめる。指先が冷えていくのを癒そうと、蜂蜜ベルガモット付きアフォガードイースターうさちゃんクッキー添えに手を伸ばすが、それも冷え切っている。


「別に止めはしないし、これも創作活動の一環だって言い張るなら構わないんだけどさ。」
コピー用紙を向かいの席にそっと返すと、漸く姿勢を崩し、改めて腰掛け直してから尋ねた。
「あのさ、創作しないの。」

アフォガードを握っていたサクシャの目が泳ぎ、顔をわずかに背ける。黙っていれば真剣に見える面立ちである。
「物語を作りたいんじゃないの。」
針金ハンガーを頭に挟むと首が回転する。そんな雑学を彷彿させるような速度で、ゆっくり顔が真横に逸れていく。
「アタシに聞いてくるぐらいだし、前に見せてきた童話みたいなやつの方がよっぽど……。」

「やっぱり字数なのかな。」
ヒョウカの言葉を遮るように、サクシャは声を張り、机に突っ伏してしまった。
「漠然と何か作りたいな、って気持ちだけが先行してしまって、色々思いつくんだけど、その先に行けない。」

まあ分かるよ、とヒョウカは腕を組みながらコピー用紙を一瞥する。そして
(『嘘である』という部分に予防線を張ろうとしている所もダサい。)という言葉を飲み込んだ。

突っ伏したままサクシャの顔は晴れない。もやつく頭の中で言葉を探すが、何が分からないかすらこの頭も分かっていない。
「一生懸命考えているんだろうけど、なんて声かけたらいいか最近分からなくなってきたわ。」
ヒョウカは目を閉じ、首を捻る。
「もう少し、ネタを掘り下げていけないの。」
「もっと長い文章書くってこと?」
「まあそう。」
テーブルに転がるストローの袋を、指先でいじり始めながら呟く。
「……どうも飽きてしまう。」

駄目だなこりゃ、とため息が漏れる。
何度かこうして見続けてきたが、どうにも疲れを感じている。始めはただ軽く構えていたはずなのに、本人の迷いがまるで伝染してきているような。自分が思っている以上に、期待し過ぎているだけかもしれない。こちらももっと冷静になろうと、残り少ないアイスブレンドコーヒーを飲み干す。


じゃ帰るか、とヒョウカは席を立ち上がった。
「ええ、もう帰っちゃうの?」
「タイムセール始まるんだよ。」
サクシャが引き止める仕草をした途端、コップに腕を引っ掛けてしまい水が溢れた。
溢れた水はテーブルを伝い、サクシャが弄っていた歪な紙縒りと化したストロー袋に水分を含ませて膨張し、それはまるで手入れされたトイプードルかのような出立ちへと変わった。

この予想外の出現物に各々の時間が止まる。見れば見るほど本物のような出来の良さに、腹筋あたりがむず痒くなる。
「狙ってやったか?」とヒョウカは目配せしたが
「いや全く。」と本人まで驚いている。

製作者の動揺を背中に受けながらも、トイプードルは凛と大地を踏み締めている。


(終)

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次話▼


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