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「喫茶店で松本隆さんから聞いたこと」読書感想

作詞家・松本隆先生が「ぼくと彼は20年ほど歳の差はあるんだけど、なんだか気があって、よくカフェで時間をつぶしたりします」と評する京都の本屋・ホホホ座の山下賢二さんが、喫茶店で松本先生に聴いたお話をまとめた一冊です。

■書籍情報

【タイトル】喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
【著者】山下賢二
【出版社】夏葉社
【出版年】2021年7月16日初版
【ページ数】116ページ
【ISBN】978-4-904816-37-0

■ざっくり感想

・全体的な感想

対談とかインタビューとかいう形式ではなくて、あくまで松本先生のお話された言葉をまとめたという形式の本です。1つのトピックに対して数ページの短いお話が並んでいるので、とても読みやすいです。キリをつけやすいので寝る前にいくつか読む、とかもできてありがたいです。

割と淡々とした雰囲気で、もう達観という境地にいらっしゃるのかなと思いきや、今の数字に執われるような在り方には静かな怒りというか、疑問を呈すようなところもあって。
私には分からない「あの時代」に戦って戦って自分の存在証明をしてきた人なんだというのを強く感じました。

お話の内容としてはもちろん松本先生が歩んで来た道がベースにある訳なので、バンド時代の話なども出てきます。正直「はっぴいえんど」というバンドのことは知らないのですが、知らなくても別に問題無く読めます。
自分がどんなに優れているかを話すために過去の話をすることは無くて、自分がこう考えるに至った道を示すためにはこの情報が必要だから、ということで事実として過去の話が出てくるくらいなので。

・松本隆というひと

大変失礼ながら、本を手にとった時にはお名前を聞いてもどうやらどこかで聞いたことがあるような気がするぞと思う程度でした。そしてなんとなくその方が良いと思ったので、あえて事前に調べずそのままの状態で読み始めました。

で、いざ読み終えてから改めて調べて驚きました。
あー!木綿のハンカチーフの人なのか!松田聖子にたくさん提供してるんだなぁ。ルビーの指輪!あれもこれも……えっ、硝子の少年!?てことは、あのスワンソングを書いた方なの!?

びっくりしました。そして同時に無知を恥じました。
まさか平成のヒットソングを手がけた方だったなんて。(ちなみに、マクロスFの「星間飛行」も松本先生だったのでガチでビビりました。キラッ☆

世の中には妙に説得力がある人というか、ことあるごとに意見を聞いてみたくなる、考えを聞かせて欲しくなる人が存在します。
私にとって今回の読書は、まさにそういう方の話を伺う感覚でした。
御年70を超えて、当たり前にinstagramを活用して。iPhoneで写真を撮って調べ物をして、便利だよねとYoutubeを見てSNSをやって。音楽のストリーミング再生について思いを馳せる。すごい。

年齢を重ねても新しいものに興味を持って良いところを見つけて、そして自分も活用していけること。これって本当にすごいことです。
私も常々そういう歳の重ね方をしたいと思っていることもあって、一気に憧れの対象になりました。

・スワンソングの歌詞

本の内容には関係のない話なんですが。
前述した通り、松本先生はKinKi Kidsの29枚目のシングル「スワンソング」の作詞をご担当されています。
2009年の歌なんですが、実は個人的にKinKi Kidsの中でもかなり好きな曲です。特に好きなのがこの部分。

聞いて 私たち
生きてる重みは
自分で背負うの
手伝いはいらない

「スワンソング」KinKi Kids https://www.uta-net.com/song/86143/

なんて歌詞だよ……!と思ったのをまだ覚えています。初めて聴いたときに自然と涙が出たし、今だにしっかり歌詞を噛みながら見ると泣けてきます。
生きてる重みは自分で背負うの、まではまぁそうねって感じなんですけど、そこに<手伝いはいらない>が続くっていうのがすごい。
このフレーズによってこの歌がただの恋愛の歌ではなくて、独りの人間としての自立の歌なんだって感じることができるんですよね。

歌でいうとここは2番のサビ直前の歌詞で、この後に<青空に目を伏せて>という歌い出しでサビに入ります。
すごくないですか。
かなり強い決別の言葉の直後、青空っていう場面転換でサビに入る展開。この青空って、スワンソングという歌から連想するに、冬の雲ひとつない痛いくらいの青天、凍晴(いてばれ)ってやつだと思うんですよ。一面の雪景色、乱反射して光る水、そして刺さるくらいの青。

これが歌詞の力なんですよね。歌と、曲と、歌詞。全てで作品ができている。
全てが噛み合うことで曲の向こうにさらに映像が見えてくるし、音が聴こえてくる。

ただ心地が良い、耳が気持ちいい、なんとなく好き。それも素晴らしい体験だし大切にしたいしするけれど、やっぱりこういう1つの作品を噛んで噛んで噛み締めるような体験もやっぱり楽しいし大切にしたい。
そうしたいと思える作品に出会える幸せを改めて感じています。そういう作品って、時代も世代もあらゆるものを超えて誰が世に放ったものでも、受け手がいつ出会っても、変わらず良いものなんですよね。
(余談ですが、個人的にKinKi KidsのアルバムではJ albumが一番好きです)

■まとめ

1つ1つのお話が実はとても鋭利で、それで優しく深く刺されるような。すごく素敵な本です。
苦いけどおいしいコーヒーを飲んだような気持ちになれます。

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