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叶わない恋を楽しむ

 好きな人に思いを伝え、スルーされてしまってからはや一ヶ月が経とうとしている。
 熱もないのに体が怠く関節が痛くて起き上がれなくなり、仕事を休んだり、休日に一日中ベッドにいたりしていたのだが、心の方はあんまり不調にならずに過ごしている。
 実はこの「恋が叶わない」と分かって、でもまだ相手のことが好き、という時間が私は結構好きなのである。

 人を好きになるのはもちろん楽しい。でも相手の気持ちが分からない状態だと、何ていうか、自分の行動の全てが相手へのプレゼンみたいな感じがして、気が休まらない。
 ちょっと相手のことを思い出して(私の場合、好きな人がいるとその人のことばっかりずっと考えているが)、差し入れしたい、お土産が買いたい、ただそれだけのことでも、悩みに悩んでしまう。「いやいや、抹茶って嫌いな人いるよね?」「お酒って好みあるからな」「手作り苦手な人っているからなぁ」なんて考えていたら何日も経ってしまう。
 でも、相手が自分のことを好きじゃない、と分かれば自由に振る舞える。相手のジャッジは終わっているワケだから、そんなに気を使う必要はない。「あれ、今の笑った方が良かったのかな?ノリ悪いって思われた?」とか「何か今の返事そっけなかった…」なんて落ち込むこともない。しかも、相手は自分が相手のことを好きなことを知っているので、好きバレするんじゃないか、と心配することもない。

 私の職場には時々カウンセラーさんが来て話を聞いてくれるのだが、この間は開店休業状態だったようで、暇をしていた私がカウンセリング室に呼ばれた。
 前にカウンセラーさんにお会いした時は、好きな人がお土産を喜んでくれた、と言って大騒ぎしていた。彼の言動を事細かに説明して、彼が私のことを好きかどうかカウンセラーさんの見解を教えて欲しいと迫った。「好きか嫌いかで言ったら好きだと思いますが、どういう種類の好きかは分かりません」と言われた。
 今回は振られたご報告になってしまった。でもカウンセラーさんはまだ諦めなくて良いという。スルーしていることについても、相手は何も考えていないだけなんじゃないか、と。そこまで何も考えない人というのがいるのか、と苦笑してしまった。

 その時、カウンセラーさんから陽性転移について面白い話を聞いた。
「僕もあるんですよ。あなたが私のことを好きじゃないなら、私がカウンセリングに来る意味はありません、って言われたこと」
 まぁ割とモテそうな風貌をしてらっしゃるから、さもありなんと思って聞いていた。
「そんなに頻繁にはないですけど。フロイトに言わせると、頻繁にあることなんだそうですが。その頃ね、診察を受ける人と言ったら、貴族の女の人が多かった。恋愛感情を持つことを許されていなかった。そして自分の力で生きていくことも出来なかった。だから救ってくれようとする人を好きになってしまって、その恋が叶わないなら死んでしまいたい、ってなってしまうことが多かったんです。
 Ikumiさんが、好きな人がいて、その人からパワーをもらいながらうつ状態から脱して、でもその人と上手くいかなくても理性を失わずにいられるのは、あなたが経済的に自立していて、一人で歩いて行ける力を持っているからだと思います」
 その言葉はなかなか感慨深かった。私はずっと結婚に憧れて来たし、専業主婦に憧れて来たし、一人で歩いて行ける自分になりたかったワケじゃなかったけど、それならこれからも一人で歩いて行ける自分を守りたいな、と思った。

 最後にカウンセラーさんはこう言った。
「あなたが相手の気持ちを知りたいと思って、行動に移したことが、あなたの心の健康さを表していますね。
 僕はね、個人の力をあまり信じていません。でもね、関係性の中で生まれてくるもの、は信じているんです。だからあなたが好きな人と関係を続けていく中で、何か新しいものが生まれてくる、そんな可能性はあるって思いますよ」

 そうか。じゃあ諦めは悪いけど、自分らしく、理性は失わずに、彼のこともう少しの間好きでいさせてもらおうかな。

 

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