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高瀬隼子「おいしいごはんが食べられますように」

タイトルから、読み終わったらほっこりする想像をしていたのだけれど……だいぶ予想を裏切られました。

この物語は小さな会社を舞台にしています。芦川さんという、女性を中心に動いています。わたし(押尾さん)以外にも、芦川さんと密かに職場恋愛している二谷さんが語り手になることもあります。
芦川さんは、自分の気持ちを大切にするというか、無理はしないというか、こうやって生きると良いよ、と言われていることを体現しているような女性です。無理はしない、自分を大切に、誰に対しても優しく、食べることを大切にし、丁寧に生きる、といった感じです。
例えば頭痛がひどいのでと頻繁に早退し、薬を飲んで眠ったら元気になったからとお菓子を焼いてみんなに振る舞ったりするのです。これを申し訳ないから気を遣ったのだと思うか、お菓子を焼けるくらいなら、もうちょっと頑張れたのでは、と思うか人それぞれだと思います。
ですが、結果的に、芦川さんは無理をさせちゃいけない人、という共通認識を勝ち取っています。

押尾さんは、ずっともやもやしています。
なぜ他の人のために残業をしなければいけないのか。
芦川さんが帰った後、組織として仕事をしなければならないので、誰かが埋め合わせをしなければいけません。
その頻度がたまにというのであれば、納得できますが、明らかに不均衡だと、溜飲を下げるのは難しいです。

芦川さんが早退したのは、14時頃だった。前触れもなくそろりと立ち上がった芦川さんが藤さんのところに行き、藤さんが支店長に声をかけて、芦川さんはいつものように帰って行った。
芦川さんと共同で進めていた契約書の作成がストップしたので明日の稟議回付は間に合わないかもしれないと藤さんに相談すると、仕方ないよねと言われた。君1人でできないなら仕方ないよね、と言われているみたいだった。ですが、でもという言葉が出そうになったが、飲み込む。代わりに「申し訳ございません」と謝った。その声が自分でも驚くほど尖っていた。藤さんがため息をつく。しんどそうにする。芦川さんの早退の話は、労わるように微笑んで聞いていたくせにとむかつく。むかついても仕方ないと分かっているのに、むかつく。平等に扱われるなんて事は無理だ。

本人達というよりは、その周りに、腹立たしさを感じるのだと押尾さんはいいます。

芦川さんと二谷さんが付き合っていることを知りつつ、知らないふりをして、近付きます。芦川さんのどういうところが苦手かという話に共感した二谷さんに、こんな提案をしてしまいます。
「二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」
それに対して、驚いたことに、二谷さんは「いいね」と答えるのです。

最初は、こうやって芦川さんの知らないところで二人で飲みに行ったりすることが、いじわるなのかと思っていたのですが……実際には違い、他にもよく思ってない人がいたために、思わぬ展開になります。

今の時代、できないから、と冷たくしたりすることは許されません。だとしたら、給与に反映されればよいのでしょうが、評価というのもまた難しいのが現状です。目立つ仕事は高く評価されがちですが、地味な仕事を切り回し、周りに貢献している人というのは分かりにくいです。また、残業もしてめいっぱい仕事していることがよいとも限らず、非効率な仕事のやり方がゆえに時間がかかっていることもあります。
評価が難しい以上、自分を守るためには、「この人は仕方ないよね」と思ってもらえるだけの弱さと見せかけて実はふてぶてしさを、持っていなければいけないのかもしれません。

この本では、たくさんの食べるシーンが出てきます。料理だったり、お菓子だったりするわけですが、おいしいものだけでなく、おいしいと感じられないときの描写も秀逸です。おいしいはずの素材が、どうしても食べなければいけないシチュエーションになると、ただの気持ち悪い物質に化けてしまうのが、悲しい感じです。
食べ物に愛情を込める事はできると思っていましたが、受け取る側の気持ちも重要なのだなと思いました。

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