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河井孝仁編著「市民は行政と協働を創れるか」

まず最初にこの本の好きなところは、タイトルです。「行政は市民と協働を創れるか」ではなく、「市民は」なのです。あくまでも主語は市民、主役は市民。そこに魅力を感じています。
行政課題が複雑化してきて、行政だけでは担いきれないので、市民と連携して、というような文脈で、市民協働という言葉が使われるのが、個人的には気になっていました。というか、わずかに嫌悪感を覚えながら、それでも使うこともありました。昔から気になっていたのではないかもしれません。
けれど行政の外に出て、色んな人と関わるようになると、何だかそんな言葉遣いをするのに違和感を覚えました。
行政課題というのは、行政が感じている側面であって、社会課題のごく一部でしかないと思います。実際、行政課題、社会課題と検索してみると、行政課題は社会課題の2分の1、世の人が多く情報発信しているのは社会課題、ということになるのだと思います。もちろん、行政が全ての社会課題を取り上げることができるわけではないわけですが、それを分かっているのだろうか、と思うことがよくあります。
何か先進的な取り組みを民間事業者や団体が始めたときに、「とてもよいことだからもっと広めよう」ということを言う人がいます。確かに、もっと多くの人がそのサービスを享受できるようにするのは良い側面もありますが、手法をもらって補助金を出して、他の事業者にさせるというのは違うような気がします。
逆になんでもかんでも困ったことがあれば、「役所にやってもらおう」とするのも違う気がします。
ではどこで線引きするのか、というのも、地域の実情や時代によって一定にはならないのだと思います。
ただ、最近よく感じるのは、民間事業者や市民団体の方たちの目のつけどころは本当にすごいな、というところです。

2年前の春先、あの流行り病のせいで飲食店が厳しくなった中、「飲食店応援プロジェクトのクラファンをやろう」と言い出した方がいました。他市でもやっているところがあるのは知っていたけれど、身近なところで声があがって、不思議な感じがしました。仕事で関わることのあった職員10名くらいが声をかけられて、協力してほしいと言われました。誰かが連絡係を、ということになって、私は手を挙げました。その時は前年からずっと準備していた事業の募集開始を遅らせざるを得なくなっていたこともあって、対面で合うのを控える時期だから、打ち合わせはslackとzoomでやる、ということだったから、まだ未就学児のいる私でもできるかも、と思いました。
仕事をしている人も多かったから、zoomでの打ち合わせも昼休みなどを利用して参加可能な人が参加する形、私はそこで決まったことを職員に伝えたり、行政が絡む部分でメンバーの中にその部署の職員がいない場合は私が調整をしたり、情報収集して返したりしました。
zoomはオンラインセミナーに参加する際に使っている程度だったのですが、自分もがっつり発言したりして使うのは初めてでした。slackもすごく便利で、googleで共有したファイルをみんなで同時に編集したりして、驚きながら、こんな体験ができるなんて、手を挙げて良かったなと思いました。クラファンが終わってから返礼のチケットを発送するときは、休暇をとり、少人数で集まって封入を一緒にやりました。封入しながらお互いにこれまでの話をしました。とても楽しかったです。みんな私よりずっと年下でしたが、自分が若い頃を思い出すと、こんな風に地域に関心を持っていることを不思議に感じると共に、そのことをとてもとてもありがたく感じました。
これは一応行政の中の人間として声をかけられてはいたけれど、個人としての関わりでした。ボランティア活動の一環みたいな感じだったと思います。その後、民間事業者との公民連携を仕事としてやったり、基本は行政だけど、一部、立ち位置が微妙かなと思うこともあったり(その部分は休暇を取得してあくまでもボランティアという立場で)、色んなパターンがありましたが、どの件に関しても、とても学ぶことが多かったです。
一方で、内部ではかなり苦労することもありました。民間と一緒にやるためには、いろいろ行政も変えなければいけないところはたくさんあります。同じ市役所の中であっても、部署によって、あるいはその体制によって、考え方がどうしても違ってしまうところもあります。責め立てられて精神的にどん底に落ちたり、悔しくて眠れなかったりしたことも。きっちり全てを準備し、根回しできて、想定問答も完璧で、とできたら良かったのかもしれませんが……。もちろん、変えられるところはギリギリまで頑張り、そうでなければ、線引きをして、できないことを民間側に伝え、できる範囲で一緒にやりましょう、と言わなければなりません。
ですが振り返ると、この2年間の間にも徐々に変化して、行政の内部での柔軟性は増えた気がします。私が関わっていた仕事などほんのごく一部で、様々な部署で新たな取り組みが行われてきました。あの時に関係課に真っ向から断わられてできなかったことも、今なら、こういう進め方をすればできるかも、と思うこともあります。単に当時の私が実力不足だったというだけではなく、事例の積み重ねによって、少しずつ変わってきたと感じています。

「市民は行政と協働を創れるか」

その答えはイエスだと思います。でもその程度は、その自治体の文化や、窓口となる職員の気持ちや行動力の大きさに左右されてしまうものでしょう。でもそれは絶対に動かせないものではないと思います。なぜなら、窓口となる職員も人間、簡単ではない場合もあるでしょうけれど、その気持ちや行動力も絶対に変わらないというわけではないはずです。
この本の中に登場する職員たちは、市民の協働の働きかけを受け止める以上に、逆に行政の方から、こんなこともやってみようよ、と働きかけたりしているのがすごいと思います。ある意味、気持ちも行動力もものすごい城代だったと思います。そしてそれを受ける市民の方も、「タダでどこまでさせんねん」と言っていたことがあっても、最後には、経験させてくれたことに感謝の気持ちでいっぱいになった、というのはすごいと思います。もちろんそこには、絶妙なバランスがあり、触媒があり、熱があり、化学反応が起きる条件がそろっているということなのでしょうけれど。
この本は、読んだ職員や市民の心に働きかけて、その人自身の物語が始められて、新しいことが生まれる力を持っているような気がしました。私自身もたくさんパワーをもらって、また頑張ろうという気持ちになりました。

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