見出し画像

市来広一郎「熱海の奇跡 いかにして活気を取り戻したのか」

まちづくりの実践者の本を読んでいると、いつもどこかの箇所で泣いてしまう。この本も例外ではなかった。
市来氏は中学生くらいの頃から熱海のまちをなんとかしなければ、と考えていた。バブルが崩壊し、社員旅行のニーズもなくなり、温泉街は衰退の一途だった。大学を卒業し、東京で就職するが、熱海を何とかしたいという思いに気付いて、熱海に帰り、ゼロから地域づくりをスタートする。
まず最初にサイトをオープンする。次にイベントをやってみる。まちを知ったり、里山を実感するための体験ができる。参加する人は、地元の人。自分たちがまちがいかに知らなかったかに気付く。そして少しずつまちが好きになる。それからみんなが集まれる拠点を作る。最初は、カフェのような場所、そこでまたイベントをやって、少しずつみんなに来てもらえるようにする。面白いと思えるお店が1件でもあると、そのまちが変わっていくという。そこからさらにゲストハウス。外からも来てもらえるようになる。
こうやってただ話の流れをかいつまんで書くと、スムーズに事が運んだように聞こえてしまう。でも実際にはうまくいかない時期があり、批判もたくさんされ、でもそれでも、強い志を持って、続けていく。かなり追い詰められた気持ちになることもなったようだけれど、ふと自分以外の誰かが、自分ごとに必死になって取り組んでいることに気付く。それは単なる応援じゃない。自分のためにしてくれているということでもない。その人自身が、そうしたいと思っているのだ。もうそれは、自分だけのまちづくりじゃなくなっているという証拠なのだ。
そういう小さな積み重ねが、やがて大きな動きになっていく。その時期をとらえて、目的が達成できたと思ったら潔くやめて、新しいフェーズに移行する。まちを変えていくためには、一つのフェーズにとどまっていてはいけないのだ。もちろん、まちをつくるみんなが全て変わっていかなければいけないということではない。どこかまちの求心力になる人や場所が、姿を変えていかなければいけないということなのだと思う。
正直なところ、まちづくりといえば、ハードの話だと思っていた。もちろんハードも大事なのだろうけれど、その前提に、そこに集まる人があり、行われることがなければならない。どんなまちにしたいかは、そこでどんなことをしたいか、がまずある。主役は人なのだ。
この本にもこんなことが書かれていた。

熱海市観光経済化産業振興室の方から、こんな話がありました。
「熱海市として創業支援の取り組みをしていくことが決まった。予算化もされたので、何をしていったらいいか知恵が欲しい」
その中で起業家向けのインキュベーション施設をつくるのはどうか、という話がありました。行政がそういう施設をつくって起業家向けに提供するというアイデアでした。(中略)私は率直にこういいました。
「行政がハコモノをつくってどうするんですか。そういうのはもうやめようと話してきたじゃないですか。場所は僕らが民間でつくります。ただし行政も、民間の方と同じように場所の会費を払って入居してください。産業振興室が市役所の場所にいる必要はない。街なかに出て、民間の人たちや起業家のいる場所でこそ、事業者のニーズもわかるはずです」

大事なのは中身、人の想い、なのだ。だから、まちづくりの実践者の話を読んでいると、その強い熱量に心動かされて、涙が出てくるのだと思う。

この記事が参加している募集

#読書感想文

191,797件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?