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澤田智洋「ガチガチの世界をゆるめる」

大げさかもしれないけれど、このゆるスポーツというのはちょっとした革命なんじゃないか、と思った。誰も血を流さない、誰も傷つかない、誰も困らない、そしてみんながすっごく笑っちゃって、気付けばどっぷり新しい社会に入り込んでいる、みたいな。
著者の澤田氏が取り組んでいるのは、「ゆるスポーツ」の振興。「世界ゆるスポーツ協会」の代表理事を務めている。公式サイトによれば、ゆるスポーツとは、

それは、年齢・性別・運動神経に関わらず、だれもが楽しめる新スポーツ。
超高齢社会でスポーツ弱者が多い日本だからこそ生み出せるみんなのスポーツ。勝ったらうれしい、負けても楽しい。多様な楽しみ方が用意されているスポーツ。足が遅くてもいい。背が低くてもいい。障がいがあっても大丈夫。

との説明がある。このゆるスポーツを創り出すのが、世界ゆるスポーツ協会である。例えば、本の表紙に描かれた、緑色の寝袋のようなものを身にまとって転がっている女性。これは、イモムシラグビーという。5対5のやるラグビーで、下半身が動かせなくなるというイモムシウェアを身につけてプレイする。ラグビーなのに立って走ることもタックルすることもできない。ただ全員寝そべって、ゴロゴロ転がって動き、パスも基本的にはボールを転がす。そして反則したらひっくり返ってイモムシフリーズしなければならないというルール。

実はこれは、車いすの人が、自宅で車いすを降りて這って生活しているということを目にしたことから着想を得たという。実際このスポーツをやると、車いすユーザーが圧倒的に強い。結果的に、車いす生活の人の疑似体験ができるというわけだ。ただ単に手足を拘束するのではなく、はらぺこあおむしみたいな緑のウェアを着ることで、見学者から見れば、10人のプレイヤーがイモムシになって転がっている状態になる。ちょっと笑える。これなら、手足を拘束されて、障がい者って大変だね、という感想ではなくて、イモムシウェアを着てるみたいな状態でもどんどん動けちゃうかっこいい存在になる。澤田氏は、障がい者は障がいを乗り越えて頑張っている、とか湿っぽい感じにしたくなかったという。そんな予定調和では、ドカンと理解することはできない。身体で実感して、驚いて、感動して、違いを感じることができるということだ。
著者がゆるスポーツをクリエイトすることを始めたのにはいくつかきっかけがあるという。子どもの頃からスポーツが苦手だったこと、全く英語が話せない状態でパリの英語学校に通い人生終わったと思うくらいの辛かった経験、その後、アメリカで多民族の学校で過ごしたこと。そして極めつけは、生まれてきた子が、目が見えなかったこと。これは本当にショックで、一度自分の中が空っぽになったような感じになって、仕事も手につかなくなったという。けれども、たくさんの障がいをもつ人たちと関わりをもつことで、澤田氏は子どもの目が見えないという事実を受け入れただけでなくて、前向きを超えて、ポジティブにとらえるようになった。

彼の取り組みが革命だと思うのは、障がい者体験のPOPな形だけを追求しているわけではないからだ。スポーツだけでなく、音楽や、仕事や、色んなことに、この考え方を応用している。そもそも、誰一人として「普通」ということはないのだ。自分は普通だと思っていても、色んな側面から検証していくと、普通ではない自分に気付かされる。誰もが全く違うのだ。それを笑いながら気付かせてくれて、違うことの良さを見出させてくれるのが、「ゆる」なのだと思う。
「ガチガチの世界をゆるめる」の先には、老・若・男・女・健・障、すべての人が生きやすい世界が本当に存在する。そんな気がする。

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