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蔭山洋介「スピーチライター 言葉で世界を変える仕事」

実はスピーチライターというお仕事は、この本を読むまであまりよく知らなかった。オバマ氏の演説も、温かみもある力強い言葉だなと思ったけれど、書いた人がいるということはあまり意識していなかった。ドラマの相棒でスピーチライターの話が出てきたのを少し記憶しているくらい。ゴーストライターという言葉の方が身近で、あまりその二つの違いについて理解できていなかった。
蔭山氏の仕事は、ある目的のためにスピーチをする際に、最大の効果が発揮できるように様々な側面からサポートすることである。単に何を話すかについてアドバイスするだけでなく、プレゼン資料や会場、演出、場合によっては一緒にスーツを買うところも支援したりするとのこと。確かに相棒に出てきたスピーチライターも服装や話し方、舞台の演出までコミットしていたなと徐々に思い出してきた。
スピーチを話す人は、あやつり人形ではない。だから、その人が考えていることを理解した上で、言葉にできていないものを言語化したり、その人の考えの中から、多くの人に共感を与えたりする話し方や、記憶に残るフレーズを引き出したりするといった話が出てくる。これはとても難しいことだけれど、洗練されたスピーチはそんな風にしてできてくるのだ、と思った。
実はこの本は深い目的があって読んだわけではなくて、夫の本棚にあったのを見つけて面白そうだと思って読み始めただけだった。けれど途中から、この本を読むことで、自分自身がどんな風に人前で話せばよいかのヒントになるのではないかと思い始めた。実は私は人前で話すのが好きではないし、書く方が好きなので、もしこれが、「人前であがらずに話す方法」だったりしたら、手に取らなかったかもしれないし、仮に読んだとしても、頭に入ってこなかったかもしれない。でも逆に、スピーチについて、人にアドバイスする話だったからこそ、「ノウハウ」なんだ、ということが明確に理解できた。そして、身につけてみたいという気になったりもしたのだ。
実はこの本の中で、日本にスピーチライターがなかなか必要と認識されてこなかった事情について語られている。日本は寄合文化で、そこも議論ではなく、情報を持ち寄ってそれを延々と話すことが繰り返される。どちらかといえば、「付き合い」が重視され、場の空気が大事にされているわけだ。でも少しずつ時代が変化してきて、「付き合い」が重視される傾向が減りつつあり、そうした世の中では、論理的で説得力のあり、かつ共感を呼ぶスピーチが人を動かすと考えられるようになってきた、というのだ。今こそ、スピーチライターが求められる時代になってきた、と著者はいう。
ふと自分の組織について考えてみたが、どちらかといえば、まだまだ古い体質ということもあり、場の空気が重視されるような気がしている。すごくいい話をした人がいたとしても、簡単には動かない感じもあった。でももしかしたらそれはスピーチの力が圧倒的に足らなかったのかもしれない、と思うようになった。確かに思い起こしてみれば、誰か論理と思いのバランスの込められた意見によって場の雰囲気ががらっと変わった瞬間に立ち会ったこともある。
そうやって考えていくと、私も、スピーチの能力を身につけたいな、と思うようになった。この本の中には、具体的にどんな風にスピーチのサポートをしたかという事例が2つ挙げられている。
一つ目は人前で話すのがすごく苦手だという方の話だった。その方の苦手な感じがすごくよく理解できるので、とても共感した。その方が、外資系の企業に新社長として就任する際のスピーチに向けて、3回のサポートを受けることで、ぐんぐん話せるようになったという。あいさつ、経歴紹介、事業計画、まとめ、といった構成を想定していたのを、あいさつの後に家族の話を、事業計画の前に、ビジョンの魅力を語るという形にアレンジしたのだけれど、家族の話やビジョンを入れたのも、対話の中で引き出されたことであり、その挿話の話し方についても、単なるアイスブレイクというのではなく、その後に続く話の印象を変えるための大切な布石にするのだ。結果、以前は、人前で話した後、誰もそのスピーチについて持ち出さないくらいの感じだったのが、サポート後の本番の後、周りからあのスピーチは良かった、と1ケ月経った後でも言われるようなものにできたという。
二つ目の話は、企業の新たな事業計画の発表について。こちらもメディアに記事にしてもらうための工夫をいろいろと考えていて、その中では、提示された情報の中からどれに重きを置いて発表するか、というだけではなく、そこに書かれていない切り口などについても探っていき、提案するというやり方だった。こちらも、紆余曲折ありながらも、最終的には単に企業が提示してきた以外の情報についても取り上げることで、視覚的にも印象に残り、記事にしやすい発表になったという。
二つ目の話の方は、今の自分の仕事にも関連してくるような話だと思った。

とても興味深い本だったので、他の著書はないのだろうかと検索していたところ、著者はスピーチ原稿を書いたことがない(依頼者と話し合いながら原稿を作り上げているという趣旨)と発言していることについて、スピーチライターという職業を名乗るのは誤解を招くと考える人もいるということだった。
そうした職業についてのことは分からないけれど、人前で話すということについて、いろいろと考えるきっかけを与えてくれる本であることは間違いないと思った。またスピーチライターとして活動するために考えておくべきことについても丁寧に書かれていて、目指している人にとって参考になると思った。


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