見出し画像

「うまくいかない」を選ぶ理由

 願いは叶う、心に想ったことは現実化する、というのは明らかな法則。
 にも関わらずそれができない、体験できないのは、その法則を信じていないから。

 例えば、子どもの時に親が厳しくて自分の思いを聞き入れてもらえなかったとか、そいうのを積み重ねてきた人って「信じることが難しい」ってありがちですよね。理想を思い描くとか、どうしたいか自分で決めるとかが苦手な人とか。

 それ以外にも、過去生からの繋がりで今世でその過ちを清算したり、追体験することで何かを克服することへのチャレンジとか、そういうのもある。

 霊的なゾーンを一切信じていないと、それができないのは当然のこと。霊の知性と自分の知性という、陰陽のように対である関係が調和して作用することで、現実というスクリーンに望んだ物事が現れるから。

 どこかの有名な神社に行っても、新月の夜にお願いごとをノートに書いても、叶わないのは心の奥底で目に見えない存在の力を信じていないから。それが確固として存在しているから。

 だから、なぜ、自分は信じることができないんだろう、という問いが必要なんです。「目に見えない存在の力は存在しない」をなぜ自分は信じているのだろうか、と。

 もちろん、単にそういうものだから、「存在しない」がスタンダードの環境で生きてきたから、というのはあると思うんです。だけど、そこでも、なぜ、自分がそういう環境を選んで生きてきたのか、という問いがとても大切なんですよね。

 うまくいきたいのなら、そのうまくいかない理由を選んでいるメリットを知って、「もう自分には必要ない」と宣言して手放していくことを淡々としていくことなのです。

 私も、プライベートでは周りに信仰のある人は一切いませんし、だけどみんなどこかで何かしら、物質ではないところからキャッチしたりそれを表現しているのは日々の中で感じられます。だって、人という生命は、霊の知性が働いて誕生したものだから。

 目に見えるものだけを信じて生きる、というのは限界があって、そうじゃないところを見ていく先にある、壮大なものを体験していくことがやることなのだなぁ、と思うのです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?