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稽古は都度変わる

落語の稽古をつけてもらうとよくある場面。

指導してもらった内容を直してくるも、次の稽古では、違う内容として指導されること。
「えっ、直してきたけど、また直されるの?」ととまどうことが、あるあるです。

直してきたことをさらに直されることは、つながっていないように見えるのだけども、実はつながっているようだ。今の自分の次元では見えないのだが上段者にはしっかりと見えている。下段者が課題をクリアしたときの景色が見えているのだ。

下段者の自分には見えていない。ここで大切なことは「素直」に信じて従うことだと、僕は思うのです。そのときは理解できなくてもいい。むしろ理解しようとしない。ただ、信じて従う。

発表会本番、高座で指導してもらった稽古通りに演じた。お客さんには大ウケした。袖には、にっこりしてこちらを観ている師匠がいた。

もし刺さる根多でしたら、木戸銭歓迎です。寄席代にして、さらなる刺さる根多を仕入れてきます。