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昔話のモードに入らなくてさ

最近、note で
「思い出話」みたいなのを
書いていないと常々思っています。

別に書けないわけではないんですが、
取り立てて書きたいことがない
というのも実際のところです。

note をはじめたばかりの頃は、
結構、昔の話を書いていました。

それこそ、何十年も前の
子どもの頃の思い出や、
今よりも若かかった
20代頃の話とか、

でも、最近は、そういうことを
書きたいという欲求が
あまり沸いてこないんですね。

別に忘れたわけでもないですし、
個人的に思い出して、
感傷に浸ることもありますが、

敢えて、それを文章化して、
人に伝えたいという思いが
希薄なんですね。

そういう思い出を話したい
という欲求も、
ひと頃に比べると
薄まっているかもしれません。

この変化は、
なぜなのかと考えてみたのですが、

たぶん、今の私は、
「今」にある程度満足しているのだな
という結論に達しました。

私自身もそういう潮目の時があるし、
別に悪いこととは思わないですが、
やはり「昔」に固執している時って、

「今」がうまくいっていないことが
多い気がするんですよね。

極端な言い方をすると、
「今」が好きじゃないから、
「昔」に逃避しているんだと思います。

全然、悪いことだとは思いません。

むしろ、そういう思い出が
たくさんある方が
人生は豊かだと思いますし。

別に、今の私は
「今」に満足しているわけでもなく、
不満も多いんですが、

まぁ、「昔」に
逃げたくなるほどではないんだなと。

こういうのは周期があって、
また、「昔」に気持ちが
揺り戻る時がくるでしょう。

もしかしたら、
今の私の話よりも、

昔の思い出話の方が
おもしろいと思ってくれている方も
一定数いるかもしれませんが、

書こうと思っても、
昔話のモードに入らないので、
しばしお待ちください。

たぶん、どうせ、
また昔話が恋しくなる時が
くるはずです(笑)

でも、やっぱり、
思い出は少ないよりも
多い方が得な気がします。

そういう意味では、
私は昔のことを
よく覚えている方なので、
得している気がするんですよね。

もちろん、数じゃなくて、
中身の方が大事なのは、
なんでも一緒ですが。

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