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悲しい男、石川啄木。

石川啄木は誰もが知る歌人です。
もっとも有名な歌は「はたらけどはたらけど猶わが生活(くらし)楽にならざりぢっと手を見る」でしょう。
他には「たわむれに母を背負いてそのあまり軽きに泣きて三歩歩まず」「友がみな われよりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻としたしむ」が知られているでしょうか。

教科書に載っているようなこれらの歌から見えてくる啄木の人物像は、貧しいながらも家族を大切にする生活感ある歌人。誰もがそう感じるでしょう。

しかし、そんな啄木のイメージは真実でしょうか。

啄木のことを少し調べただけで、出るわ出るわクズエピソードの数々。
友人知人からの借金は現代の価値で一千万円以上。
妻子は長い間、北海道に置いてきぼり。
ちょっと金が入れば女。
近所の火事に興奮して踊りだす。
夜中、母親にまんじゅうが食べたいと言って作ってもらうと、遅いと言って投げつける。

最初に挙げた歌からは想像もつかない啄木の行動の数々です。
有名な「たわむれに母を背負いて」の歌も、没後に妹から「あのわがままな兄がそんなことをするはずがない」と言われる始末。

このような傲慢不遜な性格を表すような歌を啄木は残しています。

「一度でも我に頭を下げさせし人みな死ねといのりてしこと」
「わが髭の下向く癖のいきどおろしこのごろ憎き男に似たれば」
「おほいなる彼の身体が憎かりきその前にゆきて物を言ふ時」
「実務には役に立たざるうた人と我を見る人に金借りにけり」

これらの歌から浮かび上がる啄木像は極めて卑屈。
不満はあるけどなにもできず。プライドだけは高いという啄木の素の性格が見えてきます。
教科書には載っていない啄木の姿です。

でも、こうした感覚は誰しも持ったことがあるのではないでしょうか。
別に相手が悪いわけではないけど気に入らない。前にあった嫌なことがいつまでも頭にチラつく。
そう、あなたの心の中でもちっちゃな啄木が駄々をこねていませんか?

また、啄木はこんな歌も詠んでいました。

「この次の休日(やすみ)に一日寝てみむと思ひすごしぬ三年このかた」
「しかられてわっと泣き出だす子供心その心にもなりてみたきかな」
「己が名をほのかに呼びて涙せし十四の春にかへる術すべなし」
「夢さめてふっと悲しむわが眠り昔のごとく安からぬかな」
「やはらかに柳あをめる北上の岸辺目に見ゆ泣けとごとくに」

当時ツイッターがあればプチバズりそうな、人々の共感をさそう歌ばかりです。
なんにもうまくいかない、あの頃に帰りたい。そんな人生の悲しみに翻弄されながらもそこから言葉を抽出して人々の心の代弁者になった。
これもまた啄木の本当の姿の一つなのでしょう。

これらの歌は啄木の歌集『一握の砂』に入っています。
なんだか今夜は啄木と一緒にメソメソ泣いていたい。そんな気分になる歌集です。


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