センセイのこと

私が小学校6年生のとき、センセイは30歳になった。これは、センセイの誕生日の話。

「お誕生日おめでとうございます、先生。」
先生は生徒に恐れられていたので、祝ったのは私と他数人であった。先生が最初に提示した『ルール』を破ったものに対しては非常に厳しく、私でさえ教室の外に出されたことがある。先生のせいで何人の生徒がやめていったことか。
私にとっても、先生は怖い人、であったけれど、それだけではなかった。先生は小学生の私を子供扱いすることは決してなかった。授業中は厳しく鮮やかに解を出していくのに、時々寝癖をつけたまま授業に来た。夜に質問に行くと疲れはててそのまま寝てしまった。人の名前は全く覚えず、あらゆる生徒を、お嬢ちゃん、だの適当に呼んでいた。ヘビースモーカーでだらしなく、絵が上手かった。


「死ぬまであと50年か、長いなぁ」
「どうしてですか、生きてて楽しいですよ」
「……お前かっこいいな」

小学生の私はなにもわからなかった。生きることに疑問を持たなかったし、先生と居られるその時が幸せだった。

「死後の世界ってどんなだろうな、お前わかる?」
「わからないですよ」
「お前、調べてこいよ、今すぐ」
「えっ」
「うそうそ、冗談」

先生はよく私をからかう。

「じゃあ、先に死んだ方が、死後の世界のこと教えに来たらいいですね」
「嫌だよ、めんどくさい」
「私はいきます。先生が先だったら、先生が来て下さい」
「嫌だっつってんじゃん」
「いいじゃないですか」
「気が向いたらな」

「先生、お誕生日、おめでとうございます」
「ああ」

私は今も時々、このやり取りを思い出す。きっと、センセイは来てくれないのだろうな。私は行くのに。今は私も、あと何十年も生きるの、長いなって思いますよ、センセイ。センセイは私の名前も忘れちゃってますよね。来世も会えますよね、センセイ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?