じいちゃんの最後の思い出

ふいに何年ぶりかにじいちゃんの顔が頭をよぎった。
これが俗に言う虫の知らせってやつ?
まさかじいちゃん…じいちゃん…
…いやいやいやないないない。
なんせ俺のじいちゃんは15年近く前に亡くなっている。

東京で一人暮らしをしていた15年近く前の夜。
母親からの着信にしては不自然な時間に電話がかかってきた。
「…おじいちゃんが死んじゃった…心臓が爆発したみたい…爆発やって…ふふふ」
母はそう言いながら涙声で笑って泣いていた。
それから母とばあちゃんはどうしてるのかとか、葬式はどうなるだとか、とにかく早く帰るとか色々話したけどあまりはっきり覚えていない。
とにかく急だったけど、じいちゃんは急だったから苦しまないで済んだ最期だったみたい。
すぐにじいちゃんのところに行きたかったけど、東京駅へ向かう電車すらももう走っていなくて、寝る気にもなれず、何も出来ることがなくて、でも、何か、したくて、羽毛布団を、一人暮らしの、部屋から、すぐ、近くの、コイン、ランドリー、に、持って、行って、洗った。

数日前から「布団洗えます!」と書かれたノボリが店頭に置かれていたことが何も出来ない夜に脳裏に駆け巡ったんだと思う。
物心ついてから初めての身内の死と言う人生初めての非日常を非日常でかき消したかったのかもしれない。

しっかり乾燥までかけて温かくなった羽毛布団を抱えて部屋まで持って帰った頃には眠気もしっかり思い出していて温かい羽毛布団に包まって少し寝た。

目が覚めたのは始発なんてすっかりとうに過ぎて通勤ラッシュも落ち着いた9時過ぎ。
ま、早く帰っても死に際に会えるわけでもないしなと開き直って東京駅に向かったあの朝。

あれがじいちゃんの最後の思い出かな。

東京へ行くと伝えたその日から「こっちに戻ってこい」と言ってくれていたのは冗談じゃなく本気で言ってくれてたんだと今なら分かる。

ダメージジーンズを履いていた頃に「ボロを履くな。これで新品買ってこい」と言って握らせてくれた一万円をパチンコで使ったと言ったら笑いながらまた一万円を握らせてくれた愛情も今なら分かる。

じいちゃんを急に思い出した。
元気してっかな。亡くなってるけど。

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